※本記事は、2021年8月5日時点で書かれた内容となっています。

僕は競争戦略という分野で仕事をしています。経営学者として考えたり、書いたり、教えたりしていますが、自分で実際に経営をしたことはありません。実務家からは、これまでさんざん「机上の空論」と言われ続けてきました。

一方で、大学には僕みたいに世俗的なことではなく、科学的な方法論に従って、基礎的な研究をしている人もたくさんいます。そういう研究者たちからは、「おまえの仕事には理論がない」と言われ続けてきました。東西両正面から攻め込まれるドイツ第三帝国のような立ち位置で30年ほどやってきました。

経営は「科学」ではない。これがいろいろと考えた挙句の僕の結論です。

「科学」の目的は、再現可能な一般法則を発見したり定立することにあります。法則の条件は一般性です。つまり状況とか文脈から独立しているということなんです。自然科学が典型ですけれども、E=mc²という法則は、いつどこで誰が、どういう気分で自然を観察しても、E=mc²として成立しています。人によってE=mc³になったり、場所によってE=mc⁴になったり、時間帯によってE=mcになったりはしない。これが「法則」です。つまり科学の本質は、人によらないということです。

アインシュタイン先生の法則の発見は、最初に特殊相対性理論が定立されて、その後に一般相対性理論に進化します。特殊相対性理論よりも一般相対性理論のほうが偉いんです。法則として完成度が高い。より一般性が高い。

経営学や経済学も、大きくは社会科学、ソーシャル・サイエンスに分類されます。僕も若い頃は、科学的な研究、社会科学的な学術論文を書いていました。科学の世界の業績というのは、専門家の間、学会の中でお互いに評価し合った論文がレビューを経て採択され、学術雑誌に掲載されることにあります。これが業績のすべてです。著書はおまけみたいなものです。

学術論文というのは非常にフォーマットがはっきり決まっていて、その分野での先行研究をレビューし、その上で自分の仮説を設定し、データを収集する。そして統計的な分析などで仮説を検証する。これが学術論文のフォーマットです。

統計的な分析の典型は、回帰分析です。たとえば企業の業績を検証する場合、その業績に影響を与えるであろう独立変数というもので仮説をつくります。つまり、こうであればあるほど、業績が上がるとか下がるとかいう一般的な因果関係をテストする。いろいろな独立変数がある中で、それぞれが説明したい変数に統計的に有意な影響を与えているかいないかを、統計分析によって検証していきます。厳密な回帰分析に耐え得るような因果関係をいかに見つけ出すか。ここでも大切なのは、一般性です。

学術論文で結構よくあるヘンな成り行きに、「そんなこと今さら言うまでもない」というごく当たり前の「発見事実」になるというパターンがあります。たとえば、企業のリストラの要因を研究した結果、非常に高い有意水準で支持された仮説が、「業績が悪くなるとリストラする」――そりゃそうだろうという話です。

自然科学とは異なる世の中の人間の営みにおける「一般的な因果関係」は、今さら言うまでもないことが結構多いのです。それを、ものすごい凝ったデータセットと非常に洗練された統計分析の手法で大騒ぎしてデータを回して、何がわかったかというと、「業績が悪くなるとリストラする」――結構しびれます。

商売では、組織の中だけではなくお客さんや株主など多種多様なステークホルダーが複雑に絡み合っています。それが経営というものであり、なかなか自然科学的な一般法則を見つけ出すのは難しい。僕の結論は、「商売に法則なし」。さらに言うと、「経営は科学ではない」。

よく言っている例なのですが、ファーストリテイリング創業者の柳井正さんと、ZARAを展開するインディテックスの創業者であるアマンシオ・オルテガさん。どちらも優れた経営者であることは間違いないわけです。しかも、同じ洋服屋さんです。ただ、柳井さんとオルテガさんが経営する会社をいきなり交代したとしたら、ファーストリテイリングもインディテックスも業績が落ちるのは間違いない。

つまり、科学や法則が「人によらない」のに対して、経営は「人による」ということです。そういう意味で、科学ではない。そもそも科学的な法則が経営において存在するなら、それを単純に適用すれば成果が出るわけで、経営なんて要らないということになります。

画像: 科学・論理・直観-その1
経営は「科学」ではない。

楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

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