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株式会社 日立製作所 執行役副社長 德永俊昭 / 漫画家・文筆家 ヤマザキマリ氏
日立製作所のITを束ねる德永俊昭と、ベストセラーコミック「テルマエ・ロマエ」の作者でありエッセイなどの文筆家としても知られ、世界各国での暮らしを体験されてきたヤマザキマリ氏との対談を5回連載でお届けします。
テーマは、ポストコロナの社会とビジネス。第1回は、コロナ禍の世界にあって、ITへの期待が高まるなか、ITの発展には理系の知だけでなく文系の知も重要であるとの共通認識で意気投合。話題は多面的なものの見方や価値観の変え方の重要性へと展開し、ポストコロナに向けて、いかに想像力を修練させるかが鍵となるとの方向性が示されます。

文理融合を考える

德永
まずは自己紹介をさせてください。私はヤマザキさんと同じ1967年生まれ。茨城県日立市で生まれ育ち、父親が日立勤めだったので、当たり前のように日立を就職先に選び、基本的にこれまでITを中心に仕事を続けてきました。

ヤマザキ
その頃って、まだITはすごく先駆け的なものですよね。

德永
そうですね。私が就職した1990年は、確かにITは社内でもメジャーではありませんでした。私は理系出身ですが、IT事業の同期100人のうち、半分以上が文系出身者でした。

ヤマザキ
文系からITって面白い。

德永
実際のところ、文系のほうがシステムを作る仕事には向いているのではないかと思います。お客さまときちんと話をして、システムの仕様を作りスペルアウトする能力が求められるんです。理系だと、どうしても独りよがりになりがちで勝手に自分の中で話を進め、相手に伝わりにくい言葉で仕様書を書いてしまう傾向があります。

ヤマザキ
大変興味深いです。理系の世界にいらっしゃる中で、文系の知が必然、必要であるということは、これからどんどん問われていくことだと思います。

私はスティーブ・ジョブズの自伝をコミカライズしましたが、あの人こそまさに、理系と文系の知を併せ持つことが重要だと提唱し続けている人なのです。アップルの共同設立者だったスティーブ・ヴォズアニックのようなギークのサポートに回るには、どちらも分かる人じゃないといけないわけですよね。

德永
おっしゃる通りです。私は理系ですが、人と話すのが大好きだし、ITは自分の特性に合っている仕事と思ってここまで来ました。

ヤマザキ
続けられる仕事というのは、好きかどうかより、合っているかどうかですね。実は私の息子は、世界各国転々としてきた中で、例えばポルトガルで小中学校を出たあとに、今度はアメリカの高校に入ったんですね。言語も全部変わる中で数学ならいつもいい点を取れるからと理系に進んだものの、文学も好きなので、最終的にどっちも合わせられるようなものができればいいねと話をしていました。

德永
よく分かります。AIを動かしているのはプログラムでしかないわけですが、AIに何をさせるかは、とても人間臭い領域です。歴史も含め我々が過去から学んだことなどが非常に重要で、日立も説明可能なAIを頑張って作っています。

ヤマザキ
倫理的な問題や国によっての価値観から、AIにしなくていい部分というのもいろいろ出てくるでしょうね。技術として突き詰めていく人は必要でしょうが、グローバルにどこまでやるべきか、どのような効果や反応があるかなどは、文系の想像力も合わせて考えていくわけですね。

德永
おっしゃる通りです。色々な視座から見ることで、多くの気づきを得ますからね。

国境のない生き方が教えること

画像: 国境のない生き方が教えること

ヤマザキ
今はコロナ禍で難しいけれど、私にとって旅行は生きていく上で欠かせないものでした。旅は様々な価値観のありかたを教えてくれます。同じ場所に長くいると、そこで出来上がってしまった偏った物の見方に固執してしまうようになり、ものの見方や考え方が脆弱になっていくような危機感を感じるのです。

地球全体の、人としての俯瞰的なものの見方は、創作を生業としている私にとって必要不可欠なことなので、AIのあり方も広角的に解釈できる目線を保ちたいと思っています。

德永
旅行といえば、「国境のない生き方」(小学館)を拝読させていただき、自然と涙が出てきました。自分が出来ていないことをこんなにやっている人がいるということ。親からすごくポジティブな影響を受けていること。何とかなるわよ、うまくいかなくても命までとられないからと、乗り切っていることに共感しました。

ヤマザキ
父親が早くに亡くなり母親ひとりしかいないとか、他の子どもたちと比較をしても仕方のないある種の理不尽さの中で育っているので、失敗や悲しみという屈辱感にあってもそれは全て生きていくための糧だと捉えています。今までの様々な経験によっていつのまにか積み重ねられてきた悲しみ、孤独、屈辱、悔しさなどは、結果的に私を育む良質の栄養素になっていました。

母親の生き方自体が破天荒で、周りと足並みが揃っていないのに幸せそうで、生き生きしていたのも影響していると思います。

德永
あと、もの凄い知への欲求。普通の人は色々なものを見るとそれで満足するのに、他にまだあるはずという貪欲さにも脱帽です。

ヤマザキ
貪欲さはおそらく孤独を補うために身についてしまったものですね。寂しい、悲しいという思いを自分の中で取り繕っていくための手段と言いますか。文学や映画なんてまさにそうで、夢中で読んでいると寂しさが払拭されていくわけです。映画や書物というバーチャルな世界の中で自分の想像力を駆使して出会う人たちが楽しいのです。

孤独との向き合い方

画像: 孤独との向き合い方

德永
コロナ禍ではバーチャルで繋がる機会が多くなり、リアルではなかなか繋がれない状況にあって、どうやって孤独と向き合うかという点はとても重要なことですね。

ヤマザキ
おっしゃる通りです。さすがに私も去年の夏くらいに、自分の中で精神的に不調な状態に陥りました。旅をすることで補ってきたのに、それを遮断されてしまい、このままだとうつ病になってしまうという危機感を抱えていました。

そこで再び映画や本、落語や浪曲など友人に勧められたものも含め、今まで未知の世界だったあらゆる表現の媒体に接してみたら、自分が今まで内側で掘り下げていなかったところに行くようになって、とても頼りがいのある軸のようなものが作られていくのを感じました。

つまり、想像力の修練というのが、今このコロナ禍で稼働させられる大きなチャンスだと思うようになったのです。

德永
想像力というキーワードは重要ですね。

ヤマザキ
今、人々は本当に想像力を怠惰にしてしまって、外部から与えられる情報や言葉にしがみついている傾向がものすごく強くなっているように思います。自分から積極的に面白いことを探そうとはせず、SNSやテレビなどから自分の漠然とした気持ちを当てはめられそうな誰かの言葉を待っているだけ。賛同できると思ったらリツイートして、さぞかし自分が生み出した考えや言葉みたいに発信する。それこそまさに知性への怠惰の顕れであり、想像力に対しても同じことが言えます。

德永
誰かが発信してくれるのを待っている状態は楽ですけれども、考える機会を失っているということですね。

ヤマザキ
なにより、誰かが発信してくれる言葉にしがみつけば責任回避できますからね。楽だけど、人間というのが肉体と同じようにメンタリティもしっかり鍛えなければいけない生き物であるということを踏まえると、とても危険です。自分で得た考えをきちんと言語化できるかどうかは、ポストコロナがどういう方向へ向かうかという点でも、大きな意味を持つと思います。

画像1: <対談>ポストコロナの社会とビジネス
【第1回】ITの発展には理系の知と文系の知が重要

ヤマザキマリ Mari Yamazaki

1967年、東京都生まれ。1984年に渡伊。国立フィレンツェ・アカデミア美術学院で油絵と美術史を専攻。東京造形大学客員教授。シリア、ポルトガル、米国を経て現在はイタリアと日本で暮らす。2010年『テルマエ・ロマエ』で第3回マンガ大賞受賞。第14回手塚治虫文化賞短編賞。平成27年度芸術選奨文部科学大臣賞受賞。2017年イタリア共和国星勲章コメンダトーレ授章。主な漫画作品に『スティーブ・ジョブズ』、『プリニウス』(とり・みきと共作)、『オリンピア・キュクロス』など。文筆作品に『国境のない生き方』、『仕事にしばられない生き方』、『ヴィオラ母さん』、『パスタぎらい』など。

画像2: <対談>ポストコロナの社会とビジネス
【第1回】ITの発展には理系の知と文系の知が重要

德永俊昭 Toshiaki Tokunaga

1990年、株式会社 日立製作所入社、 2021年4月より、日立製作所 代表執行役 執行役副社長 社長補佐(システム&サービス事業、ディフェンス事業担当)、システム&サービスビジネス統括責任者兼システム&サービスビジネス統括本部長兼社会イノベーション事業統括責任者/日立グローバルデジタルホールディングス社取締役会長兼CEO。
2021年4月からは米国駐在から帰国し、国内拠点からグローバルビジネスを指揮している。

「第2回:コロナ禍で見えた現実とお国柄」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋

明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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