「未来は歴史の中に」を問い直す
現在のコロナ禍にあって思い浮かぶ一人の人物がいる。長与専斎。「衛生」の語をつくり公衆衛生を学びとり猛威を振るったコレラと格闘した彼の原点は、医者としてすでに一家をなしながらもさらに深く西洋医学を学びたいと熱望して参加した岩倉使節団にある。
日本近代化の起点というべきこの「岩倉使節団」の派遣から、今年がちょうど150年目にあたる。この使節は幕末に徳川将軍が派遣したいくつもの使節とは名実ともにあきらかに違っていた。「将軍の使節」は幕臣の官僚が大副使を占め内容も儀礼的なものが多かった。しかし、この使節はまさに「天皇の使節」であり、右大臣外務卿の岩倉具視が大使、参議の木戸孝允と大蔵卿の大久保利通が副使という、維新革命の原動力となった最も重要な3人が参加していたことにある。そのうえ、次代を担うべき伊藤博文らの若手官僚や団琢磨らの俊英留学生を多数随行させていた。その意気込みは凄く、めざすは西洋文明をまるごと探索して、新国家の青写真を描くことにあった。
この寄稿『岩倉使節団が遺したもの-日本近代化への架け橋』は、明治期以降の富国強兵や殖産興業、教育など近代日本の形成に多大な影響を及ぼした岩倉使節団について、産業史的な観点からその偉業を見つめ直した6回の連載記事となっている。その内容は、閉塞感がただよう現代社会を生きるビジネスリーダーの方々にとっても、多くの示唆を与えてくれると思う。
岩倉使節団の研究者として知られ、この寄稿を執筆していただいたノンフィクション作家の泉三郎氏は次のように話す。
「いま新型コロナウイルスが世界中に暗い影を落としていますが、そればかりではなく現代は異常気象の頻発にみられるように、人間の生存に関わる重大な地球文明的課題に直面しています。我々は持続可能な社会を維持できるのかどうか、という近代史の大きな曲がり角に遭遇しているのです。「迷ったら原点に返れ」とは先人の言葉です。わが日本では社会制度の変革や殖産興業による近代化の起点となった明治創業時に立ち返り、文明そのもののありかたを、その歴史から学び直す必要があると思います。岩倉使節団誕生の背景とその目的を知り、多くの使節団員や随行留学生が何を見て、何を学び、新しい時代を創るためにどのように生きたのかを考えることは、未来への大きな糧になるものと思います」。
※寄稿の第1回から第3回は、すでに日立「Realitas」誌に掲載されたものを、泉三郎氏の許可を得てそれぞれ前編と後編に再構成している。
泉 三郎(いずみ・さぶろう)
岩倉使節団の研究会 NPO「米欧亜回覧の会」の理事長、ノンフィクション作家。
岩倉使節団を知ったのは、旅の記録『特命全権大使 米欧回覧実記』との出会いだという。志高きサムライたちのこの大旅行に憑かれてしまい、使節の足跡を追って8年かけてメインルートを辿った。その見聞をもとに何冊かの本を書き、1996年には同好の士を集めて「米欧回覧の会」をつくった。さらに研究をすすめ少しでも多くの人に知ってもらうためである。とくに今年からは岩倉使節団派遣150周年になるので、その記念事業としてまだ知られてない使節団のメンバーをはじめ関連する留守政府の人物や海外で出会った人物についても調べ、使節団の全体像を明らかにして各種のメディアを通じて紹介したいと考えている。
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