2020年12月3日(木)、Zoomにてオンラインミーティング『楠木建の一問一答』と題した公開取材が行われた。楠木建教授が22名の参加者一人ひとりとの質疑応答に臨み、経営や組織、センス、キャリアなど多岐にわたる疑問・悩み・相談に、独自の見解と鋭い舌鋒で回答。その様子を4回にわたってお届けする。

Q:新規事業がもてはやされる風潮に違和感。本業こそ大事では?

――比較的ニッチな製造業の会社を経営しています。最近、金融機関からM&Aによる新規事業開発のお誘いを受けることが多くなりました。わたしはいつも「いや、我々は本業を強くしたいのです」と言ってそのお誘いを断っているのですが、おそらく楠木先生の『逆・タイムマシン経営論』で言うところの「飛び道具トラップ」がこの新規事業M&Aで、その金融機関はまさに「飛び道具サプライヤー」なのではないかと。

世の中では「新規事業開発」がもてはやされていますが、上場してまだ間もない企業が「これからは新規事業に注力します」と言っているのを見ると、「え、もう本業は廃れたの?」と違和感を覚えます。株主からすると、その会社の本業に魅力や将来性を感じて投資しているはずなのに、と。楠木先生の見解はいかがでしょうか。

楠木
おっしゃることはよくわかります。まず、金融機関の御社への売り込みは、単にディール(取引)が欲しいだけでしょう。もはや、「飛び道具」以前の問題です。「そんなにその事業がおすすめなら、御社でやったらどうですか」と言ってあげてください。

画像: Q:新規事業がもてはやされる風潮に違和感。本業こそ大事では?

それで、ご質問に対するわたしの答えは極めてシンプルで、要するに長期的に儲かればいいのです。本業なのか多角化なのか、どちらがいいかはそれ自体では決められない。長期利益を生み出せることが正しいことなんです。ですから、ケースによっては新規事業をやったほうが今より儲かるかもしれません。でもおそらく、質問者様の会社は実際に儲けていらっしゃいそうなので、大きなお世話ですよね。ところで質問者様の会社は、上場していらっしゃいますか?

――上場はしていません。だから何事も自分たちで決められます。そこも大きいんですよ。

楠木
事業の多角化、特にいわゆる飛び地への新規事業創出は、上場企業にとっては一般にマイナスの面が大きいです。投資家に「ポートフォリオはこちらで組むから」と言われて、よく言われるコングロマリットディスカウント(※)に陥る。

例えば、上場しているIT企業がまったく関係のない食品事業にまで手を広げたら、投資家はその会社の将来性を判断しにくくなるでしょう。競合がだれなのか明確であることは、上場企業にとっては結構重要です。

※ 多くの事業を抱える複合企業の時価総額が、各事業の理論価値の合計を下回っている状態。

――今、世の中の先進企業はむしろ選択と集中で、専業に向かっていますよね。

楠木
それは経済の発展段階にもよります。高度成長期や開発経済の段階では、必ずコングロマリットが現れます。渋沢栄一や三井グループ、岩崎弥太郎の三菱グループというのは、明らかに明治の異常な開発経済の産物ですね。韓国も高度成長期には、ヒュンダイやサムスンという財閥が生まれました。今、フィリピンやインドネシアでも同じような状況が生まれています。一方で、日本のようにここまで経済が成長してくると、逆に専業の方向に向かうのは自然な流れだと思います。

――M&Aをやれば売上は上がるでしょうが、その代わり市場原理が働かなくなってしまうと思います。サプライヤーとの抜き差しならない関係を維持していく、市場原理の中で規律を保つということが、やはり会社を強くするのだと信じています。

楠木
わたしもそういう考え方に賛成です。株式会社ファーストリテイリングがなぜユニクロ事業で特定の工場と長期的な取引をしているのか、なぜその工場を買収しないのかというと、おっしゃるように市場取引でしか得られない規律があるから。そこがぴりっとしていないと、ビジネスは弱くなってしまうのです。

画像: オンラインミーティング『楠木建の一問一答』
その1 経営について。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』(2020,日経BP社)、『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:組織について。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

[特集]ポストコロナの社会とビジネス

破壊の先にある創造へ――。「グレート・リセット」後に求められる社会とビジネスのあり方を、各界の有識者の言葉から探ります。
※グレート・リセット:2021年夏に開催される予定の次回世界経済フォーラム年次総会、通称ダボス会議におけるテーマ

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

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