早稲田大学ビジネススクール教授 入山章栄氏/一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN理事長 市川芳明氏
企業が業界の枠を超えて情報を連携し、一企業ではなしえなかったさまざまな社会課題の解決に挑む。そんな従来にはない新たな取り組みをしているのが、2020年4月に設立された一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN(ネクスチェーン)だ。本シリーズでは、9月4日にEFOがイベント形式でオンライン配信した公開取材「ブロックチェーンを活用した企業間情報連携という新たな潮流」において実現した、早稲田大学ビジネススクール教授の入山章栄氏とNEXCHAIN理事長・市川芳明氏による対談の様子を5回にわたってお届けし、企業間情報連携の可能性をさまざまな角度から探っていく。

サイバー空間でたくさんの付加価値が生まれる経済へ

市川
入山先生、初めまして。今日はよろしくお願いします。

入山
初めまして。こちらこそ、よろしくお願いします。

市川
わたしが理事長を務めさせていただいている一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAINとはどのような組織か、まずは紹介させてください。

NEXCHAINが活動の目的に掲げているのは、「Society 5.0の実現への貢献」です。Society 5.0を内閣府ではこう定義しています。「サイバー空間とフィジカル空間を高度に融合させたシステムにより、経済発展と社会的課題の解決を両立する、人間中心の社会」。さまざまな解釈ができるかと思いますが、我々NEXCHAINは「付加価値がサイバー空間でたくさん生まれてくる、新しい経済の形」と捉え、ブロックチェーン技術を活用し、企業間における情報連携を推し進めています。

今、実店舗よりもeコマースによる販売が非常に多くなっていますが、実際に売られている商品のほとんどはまだまだフィジカルな実空間で作られていると思います。一方で、徐々にサイバー空間での付加価値が生まれている例もあります。例えば、書籍です。

著者に入ってくる印税が出版価格の10%だとすると、残りの90%は出版社の取り分になりますよね。従来からのこのしくみに対して、今は電子出版というしくみがあります。出版社を通さず著者側で書籍を完成できるので、出版価格の大半が著者の取り分となります。なぜそれが可能かというと、原稿を編集してくれる人、校正してくれる人、あるいはイラストを描いてくれる人を自分で探して発注するという作業が、サイバー空間上でできてしまうからです。メールやSNSでやりとりをしながら、おそらく一度も顔を合わせなくても電子出版ができる。しかも、出版社を通じたフィジカル空間での出版よりも大きな付加価値を生むことができる。これに近いことを、もっと幅広く考えてみようというのがNEXCHAIN設立のきっかけでした。

企業の皆さまからよくお聞きするのは、協創を行うのは難しいという現実です。「A社・B社と一緒に事業がしたい」と上司に申し出ても、「だれが責任を取るのか」「どこで活動するのか」という話になり、最終的に「ジョイントベンチャーでやるしかない」という結論に落ち着く。そうなると、どの会社がどのくらい投資するのかといった新たな難題が生じてしまいます。

異なる企業同士がもっと気軽に知恵を出し合って実験ができる場、特定の会社が中心になるのではなく、あくまでニュートラルな場が必要ではないかという考えから、NEXCHAINは一般社団法人という形をとっています。参画企業にとっては投資の必要がないので敷居が低く、どこの会社がボスということもない、「この指止まれ」方式でいくつものアイデアを練ったり実証したりできる場として、今年4月に設立しました。いわば、まだ離陸を始めたところです。

2020年9月4日時点で27社がNEXCHAINの会員になっていらっしゃいます。何よりの特徴は業種が幅広いことで、損保会社や銀行、ITメーカー、警備会社、ハウスメーカー、通信会社、エネルギー会社などにご参画いただいています。なぜこんなに幅広い業種の皆さまが集まったかというと、先ほど申し上げたサイバー空間ならではの付加価値を、ブロックチェーンを活用した情報連携によって生み出していけるのではという希望を、各社さまが持たれたからだと思います。

NEXCHAINというプラットフォーム

画像: 左から入山章栄氏、市川芳明氏

左から入山章栄氏、市川芳明氏

入山
市川さん、ありがとうございます。たいへん面白い試みだと思います。シンプルに言うと、NEXCHAINとは、これから世界中で実装されるであろうブロックチェーン技術を使っていろいろな企業間で情報をやりとりし、参画しているすべての企業が平等な権利のもとでコラボレーションする、そのための土台という理解でよろしいでしょうか。

市川
そのとおりです。場の提供と、実際にコラボするときの敷居を低くするためのしくみを提供する、その両方をめざしています。ブロックチェーンはもともと非常に情報の整合性が高い技術ですけれども、やはり一番大事なのは、NEXCHAINという場に企業が複数集まって自由にビジネスアイデアをひねり出して、それを試してみるということが手軽にできることです。

入山
ブロックチェーンと聞くと、やはり仮想通貨というイメージをお持ちの方が多いですよね。

市川
そうですね。取引における契約事が正しい順番で履行されているかどうかを確認できるしくみとして、ブロックチェーンが使われているケースが多いと感じます。

入山
ブロックチェーン活用で最近聞かれるようになったしくみに「スマートコントラクト」がありますよね。従来は第三者が仲介していた売り手と買い手との契約を、ブロックチェーン上で第三者なしで自動的に実行するしくみで、これが社会に実装されたらものすごく便利になるのではないかと言われています。

わたしの理解ですと、NEXCHAINがめざしているのはおそらくスマートコントラクトに近くて、参画してくれる業種の幅をもっと広げていろいろなプレーヤーに加わってもらって、究極の平等性の中で新しいものを生み出していく、一種のプラットフォームなのかなと思ったのですが。

市川
まさにおっしゃるとおり、プラットフォームだと我々も認識しています。ただ、プラットフォームと聞くとGAFAに代表されるような「すごく儲けている企業」というイメージを皆さんお持ちですよね。

入山
そういうイメージありますよね。ちょっと話がそれますが、今、オンラインゲーム「フォートナイト」を開発したEpic GamesとAppleが争っていますよね(※1)。ニュートラルな立場から言わせていただくと、Appleはプラットフォーマーなので、ネットワーク外部性(※2)によって、ビジネスを続けていれば自然に成長していくわけです。実際すでに市場を独占し、Apple Storeでアプリを販売する企業からは売り上げの30%を手数料として取っています。プラットフォーマーとしては売り場を提供しているわけですから、手数料を取るのが当然ではありますが、この場合は双方の折り合いがうまくつかなかったのでしょうね。

※1 2020年8月、Apple Storeでゲームアプリを販売していたEpic Games社が、ゲーム内の有料アイテムをApple Storeの外で販売するキャンペーンを展開。これをガイドライン違反としたApple社は、Apple StoreからEpic Gamesのアカウントを削除し、「フォートナイト」のiOS版のダウンロードやアップデートをブロック。さらに、Appleのデバイス向けにフォートナイトを開発することを許可しないと通告した。
※2 同じ製品やサービスを利用する人数が増えれば増えるほど、その製品やサービスから得られる便益が増加する現象。

「稼ぐ」は目的ではない

市川
NEXCHAINに関して言いますと、「たくさん稼ぐ」という目的は捨てていいと我々は考えています。

入山
おお。儲けることが目的ではない、と。

画像: 「稼ぐ」は目的ではない

市川
ええ。あくまでも、参画している企業が稼ぐために役立つプラットフォームであればよくて、NEXCHAIN自体は稼がなくてよい、と。

例えばオープンな規格は、無料で使用されるのでそれ自体は利益を生みません。ですが、そのおかげで産業が活性化されて、いろいろな企業が儲かる。広い意味では、オープンな規格も一種のプラットフォームだとわたしは思っています。NEXCHAINは組織自体が一般社団法人ですから当然、儲けるのが目的ではないですし、企業間連携の運営さえできればいい。そこに参画する企業の皆さまが、NEXCHAINから生まれた事業によって収益なり便益なりを感じていただけることが目的なのです。

入山
すばらしいお考えですね。

ブロックチェーンには、社会にあまねく実装される「パブリック型」と民間企業が独自に活用する「プライベート型」がありますが、広く世の中に役立つであろう「パブリック型」を整備するのは、今の技術や社会制度では難しい。結果として、民間企業が独自のしくみをつくって顧客を囲い込む「プライベート型」が今は先行しているわけですが、その会社がプラットフォーマーになって独り勝ちしたいのではないか、そんな思惑がどうしても見え隠れしてしまうものです。

ですが、市川さんのお話を伺っていると、しくみはパブリックやプライベートに近いかもしれないけれども、そもそもNEXCHAINという組織としては営利を目的としていない。それよりも、社会への実装を本気で考えていらっしゃるわけですね。

市川
ええ、そのとおりです。

画像1: 対談 企業間情報連携がもたらす新しい価値
【第1回】儲けないプラットフォーマー

入山 章栄
早稲田大学ビジネススクール 教授

慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。株式会社三菱総合研究所で主に自動車メーカーや国内外政府機関へのコンサルティング業務に従事し、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.(博士号)を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクール助教授を務め、2013年から早稲田大学ビジネススクール准教授、2019年より現職。経営戦略論および国際経営論を専門とし、Strategic Management Journalをはじめ国際的な主要経営学術誌に論文を数多く発表している。著書に『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版,2012年)、『ビジネススクールでは学べない世界最先端の経営学』(日経BP社,2015年)、『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社,2019年)など。

画像2: 対談 企業間情報連携がもたらす新しい価値
【第1回】儲けないプラットフォーマー

市川 芳明
一般社団法人企業間情報連携推進コンソーシアム NEXCHAIN 理事長

多摩大学ルール形成戦略研究所客員教授
東京都市大学環境学部客員教授
(一社)ウエルビーイング規格管理機構 代表理事
(一社)サステナブルビジネス研究所 代表理事
日立製作所入社後、原子力の保全技術およびロボティクス分野の研究に従事。環境管理、新規ビジネスの立ち上げ、国際標準化を主導。現在、多摩大学ルール形成戦略研究所において客員教授としてビジネスエコシステムとルール形成戦略を研究中。IEC(国際電気標準会議)TC111(環境規格)前議長、ACEA(環境諮問委員会)日本代表、ISOTC268/SC1(スマートコミュニティ・インフラ)議長、ISOTC323/WG2(サーキュラーエコノミー・ビジネスモデル)主査、CENELEC(欧州電気標準委員会)オブザーバー、工学博士、技術士(情報工学)。代表著書に『「ルール」徹底活用型ビジネスモデル入門』(第一法規,2018年)。

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