「第1回:深層にロジックあり。」はこちら>

※本記事は、2020年8月5日時点で書かれた内容となっています。

ネットベンチャーやウェブサービスの経営者に多いのですが、「今は赤字を掘る時期だ」という人がいます。上場して資金が調達できました。今はしっかりとプロモーションに投資をします。それにより認知が上がり、登録ユーザーが増えて顧客ベースが厚くなる。そうなれば将来は儲かるだろう。だから「今は赤字を掘る時期だ」――という話なんですが、論理的なつながりは弱い。そうなるという蓋然性はなく、単に希望的な観測を言っているだけのことで、この手の話は戦略ストーリーとして脆弱です。

たくさん作る。そうすると1個当たりのコストが安くなり、価格競争力がついてさらに売れ、規模が拡大することでますますコストが下がる――「規模の経済」という古典的なロジックです。論理的につながってはいるのですが、僕にしてみればあまりしびれません。

しびれるロジックでできている戦略ストーリーとはどういうものか。以前コンセプトの時に取り上げたサウスウエスト航空を例に説明しましょう。サウスウエスト航空は、今で言うLCCの原型になった戦略を70年代に航空業界に持ち込んだアメリカの会社です。LCC(ローコストキャリア)というぐらいなので、最終的に実現したい競争優位はコスト優位にあります。コストを抑えるためにいろいろなことをやるわけです。

戦略というのは違いを作る、競争力の違いを作ることなのですが、サウスウエスト航空が打ち出した他社との明確な違いのひとつは、航空会社としてはじめて「機内での食事を全廃した」ということです。それまでは短距離便でも軽食ぐらいは出していました。サウスウエスト航空は機内食を一切出さないことを決めました。これにより、機内食を仕入れる必要がなくなりますから、その分のコストが下がります。これは、蓋然性が高い論理です。ただし、「ま、そうだよな」ということで、あまり面白くはない。

ところが、機内食全廃からコスト優位につながる論理はこれだけではありません。機内食を出さないと、それを積み込んだり降ろしたりする作業が必要なくなるので、飛行機が次に飛ぶまでのターンの時間が短縮できる。その結果、飛行機の稼働率が上がってコストが下がる。機内食をやめることで、こういう論理経路でもコストが下がるわけです。これは機内食の購入コストが下がるという「そのまんま」の論理と比べて、より面白いストーリーです。

さらに、です。機内食を全廃したことで、乗客が降りた後の清掃の時間がぐっと短くなる。そうするとターンの時間がさらに短くなり、稼働率が上がってコストが下がる。ここまでくると、「しびれるロジック」になります。

機内食をやめると仕入れの必要がなくなるからコストが下がるというのは、ロジックとしては「なるほどね」なんです。ところが機内食の積み降ろし時間が短縮できて、さらに清掃の時間が短くなる。この合わせ技でもっとターンの時間が削減できて、稼働率が上がってコストが下がって、利益が上がる。こうしたこと全部を重ね合わせると、「なるほどね……」となります。つまり、ロジックを理解したときに「……」という余韻が残るんです。この「……」の度合いを、私的専門用語で「余韻強度」と言っています。この余韻強度こそしびれの正体です。言われてみれば当たり前、だけど言われるまでは分からない。

余韻強度は、つながりのステップが長いほど大きくなります。機内食をやめると購入コストが削減できるというのは、ストーリーとして短い。ところが機内食を出さないことによって積み込み・積み降ろしがいらなくなり、清掃の時間も短くなってターンの時間が短縮できる。これで飛行機の稼働率が上がることになり、結果コストが下がるというのはストーリーとしてぐっと長くなる。長ければ長いほど、はたからはなかなか見えない。意外性があり、余韻強度が大きくなるという次第です。

余韻強度の大きいストーリーの一つの特徴は「一石多鳥」にあります。機内食をやめるというたったひとつの意思決定が、一石で何鳥ものコスト削減をもたらす。以前、『トラスコ中山』という会社についてお話をしました。中山社長という方は「戦略芸術家」と言って差し支えないと思います。優れた戦略家、経営者というのは、たったひとつのことのためには動きません。動く以上、必ず一石で何鳥にもなることをやるものです。

中山さんが会社の保養所を建てる時に、男風呂と女風呂を分ける壁の真ん中に、開閉できるドアを作られたそうなんです。これはなぜかというと、来客によっては宿泊客が男性ばかりの日もあるわけで、その時には扉を開けておけば両方とも広く使えて気持ちがいいじゃないか、と。女性ばかりの日にも、同じことをすれば良い。言われてみれば、「なるほど」ですよね。ところが理由はそれだけではありません。扉があることでお風呂を清掃する時に長靴を脱がずに両方のお風呂をいっぺんに掃除できる。清掃をする人の負荷がものすごく減るというのです。これを知ると、「なるほど……」となります。余韻強度が増します。

この男風呂と女風呂の間にある扉の話はトラスコの競争戦略ではありませんが、一石で何鳥にもなる意思決定という意味では同じです。そこに僕はしびれます。

画像: しびれる戦略-その2
一石多鳥。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『室内生活 スローで過剰な読書論』(2019、晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第3回:『しびれるロジック』の3つの例。」はこちら>

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