これまで紹介してきた偉人たちは、それぞれに強烈な個性があるものの、日本全体の利益を考えられる人たちであり、ビジネスパーソンのお手本になる側面を備えていた。作品で伝えたかったことは何だったのか。

「第1回:~作家となったきっかけは、故郷と人とのつながり~」はこちら>

作家として訴えたかったこと

――代表作ともいえる白洲次郎の本で、北さんが込めた思いとはどんなものでしたか。


ひとつは日本国憲法の成り立ちです。戦争の悲惨を書いている本はたくさんあるけれど、敗戦の屈辱に苛まれた占領下に光をあて、国の行く末を案じ行動した人間がいたことを、多くの人に知ってもらいたいと思ったわけです。

もうひとつは、日本が生き残る道筋をつけることだった。日本は天然資源に乏しく、戦争で多くのものを失ってしまったけれど、幸いにして手先が器用で真面目な日本人の職人気質は滅びることはなかった。白洲次郎と吉田茂は加工貿易に一縷の望みをつなぎ、付加価値をつけた製品を輸出する政策を掲げた。これに賭けたわけです。戦後日本の復活劇の立役者の先見性と実行力は記憶に留めておいてほしいと思います。

――吉田茂については、どのような位置づけになりますか。

歴代の総理大臣の中で、大きな課題を抱えていたのは間違いなく吉田茂です。「それは講和条約締結があったからでしょう」と言われますが、それだけではなかった。最重要課題は国民から「餓死者を出さないこと」だったのです。国民全体のカロリー摂取量から考えても、当時多くの餓死者が出ても不思議ではない状況下、マッカーサーから食糧支援を取り付けています。そういう時代があったということを知ってもらいたかったのです。

今、政治があまりに人気取りに走っている状況に対して、政治家というのはむしろ、「支持率なんて下がってナンボだ」くらいに平然と構えて、自身の掲げる政策実現に向けて邁進するくらいの器でないと何も始まらないと思います。

――同様に、福沢諭吉や松下幸之助についてもお聞かせください。


今でも地震や災害があると、「国の支援が遅い」などの声があがるけれど、私が『福沢諭吉』(講談社)で込めた思いは、副題に書いた「国を支えて国を頼らず」が表しています。そういう意味では、国家は頼る存在じゃなくて、我々が支える存在なんだというのを福沢さんの人生は言っているし、今の日本人はそのことを感じてもらわなければいけないとの思いがあります。

松下幸之助を書いた『同行二人 松下幸之助と歩む旅』(PHP研究所)に「同行二人」のタイトルをつけたのは、まさに四国巡礼の際の弘法大師と同じように、人生には道連れとなる存在が必要だからです。一人で生きていくのはなかなか難しい。弘法大師がそばにいてくれているという、その思いが旅の安心や心の支えにつながっている。

同じように日本のビジネスパーソンは、松下幸之助の経てきた人生を鑑とし、「杖」や「お守り」にして、人生を歩むことができれば、それは大変な「簿外資産」だと思うのです。松下幸之助を追体験することによって、たとえ人生が暗い航海のただ中にあっても、一筋の明かりを照らす心の灯台を見つけてくださいとの思いでこの本を書きました。

画像: 作家として訴えたかったこと

ビジネスパーソンとしての経験を生かす

――ビジネスパーソンに向けて、とくに訴えたいことを挙げていただけますか。


今、コーポレートガバナンスが大事だと言われています。商法改正、会社法改正といって社外取締役、監査役を入れて、経営理念をしっかりやりましょうというけれど、最大のコーポレートガバナンスは謙虚さだと思うし、愛社精神そのものが社員のガバナンスなのだと思っています。

これはバランスシートにもPLにもキャッシュフローにものっていない。そういった簿外資産の大切さに気づいてもらうために、何をして語らしめるかというと、それは人なのです。会社なら創業者です。前述の松下幸之助や小林一三、安田善次郎しかり。この国には簿外資産的な存在はたくさんいるのです。

――そのような見方は、金融ビジネスに深く関わってきた作家らしいご意見ですね。


文学部出身の作家は大勢いますが、ビジネスの世界にどっぷり浸かり、思い入れの深い人物に光を当てて書く人はそんなにいません。自分独自の視点と言ってもいいかもしれない。この世にそんな輩が一人くらいいてもいいと思い始めているところです。

だから自分の座右の銘でもある最澄が残した言葉、「一隅を照らす(これ即ち国宝なり)」の通り、社会全体を照らす能力はないけれど、自分の得意なものを使って必要な場所を照らそうと思った。そして経営者や政治家が読みたいと思うものを書き残したい。つまり、自分の能力で少しでも次世代の役に立てたら、どんなに素晴らしいことかと思います。

――北さんの書かれる作品の一番の特長と、作品に共通する想いをお聞かせください。


私は「これ、面白いでしょう?」ということで書いていません。今、日本に一番足りないと思うことを取り上げています。言いたいことはA4の紙1枚分なのだけれど、それだけでは読者の頭に入らない。人間の記憶は感動のオブラートに包むことによって胸に刻まれる。だから400ページ以上の本にして、その人の心を動かして、具体的なエピソードで記憶に残してもらう。そこが単なる「面白さ」をねらった、読みやすいだけの本と違う点です。

ポール・ヴァレリー(フランスの詩人)の言葉、「人生は湖を漕ぐボートと同じ」と同じです。ボートって漕ぐと後ろ向きに行きますよね。つまり未来は誰にも見えない。過去と現在だけを見て我々は未来に進んでいる。日本人が刻んできた足跡をたどると、そこには先人に学ぶべきことはまだまだあると思っています。

なぜ日本は奇跡の復興ができたのか

――昭和の戦中・戦後の作品を書くことで、新たに気づいたことはありますか。


それは、あの世代の人間が、自分より若い人間の死をたくさん見てきた事実です。若者がこの国のために死んでいったのを見て、自分だけがラクしたいとは思えないですよ。だから、必死になって働く。それは自分のためというよりも、失った命の分まで、この国を何とかしないといけないという強い思いからです。それがなければ、戦後の奇跡の復興はあり得なったはずです。

吉田茂の白足袋宰相とか聞くと、「なんか、ぬくぬくやっていたんじゃないか」と思ってしまうけれど、実はあの時代の人間がみんな心の中に持っている、ある種の後ろめたさに後になって気づきました。これが彼らの原動力だったのだと感じました。

――では、今の時代の大人、とりわけ中高年世代がすべきことは何だとお考えですか。


自分が損をしてでも、次の世代の人のことを考える人間がもっと増えるべきです。団塊の世代が「俺たちのことをもっと考えてほしい」と言うのはどうかと思います。高齢者医療だってみんな自分のことしか考えていなかったら、この国から若い人がみんないなくなってしまいますよ。

損をしてでも若い人のために何ができるかを考えてもらいたい。私もそうする。そうしたら、私くらいの世代がこの世を去った頃には、この国がよくなっている。それまで歯を食いしばっていこう、ということを講演でも執筆活動でも訴えています。

画像: なぜ日本は奇跡の復興ができたのか
画像: 得意なことを生かして、社会が必要とする一隅を照らし、少しでも次世代の役に立ちたい。
【第2回】~人間は強く、そして弱い。同行二人(どうぎょうににん)で生きる~

北 康利(きた・やすとし)

1960年、愛知県名古屋市出身。作家。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行、富士証券を経て、2008年、みずほ証券退職後、本格的な執筆活動に入る。現在は作家活動と併行して、起業家の育成に力を傾けている。著書には『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』(講談社)、『吉田茂の見た夢 独立心なくして国家なし』(扶桑社)、『銀行王 安田善次郎 陰徳を積む』(新潮社)、『胆斗の人 太田垣士郎 黒四で龍になった男』(文藝春秋)、『思い邪なし 京セラ創業者 稲盛和夫』(毎日新聞出版)ほか多数。

「第3回:~多くの持てる力を未来の起業家育成に注ぐ~」はこちら>

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクールの楠木教授の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

新たな企業経営のかたち

SDGs、人工知能(AI)、デザイン思考、ブロックチェーンなど、経営戦略に関わるホットイシューについて、斯界の第一人者に聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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