金融ビジネスマンとして多忙な日々を送りながら、ふとしたきっかけで書いたまちおこしの本。郷土の偉人にスポットをあて、あくまでも「副業、趣味」と思って書いた著作の刊行をきっかけに、人との縁ができ、縁がまた新しい縁を呼んで一気に世界が広がっていった。歴史評伝を中心に活躍する異色の作家、北康利さんの活動の原点と今を探る。

今は亡き親父と故郷への恩返し

――東大法学部から富士銀行に就職し、金融の世界でバリバリ働いていた北さんが作家の道に進まれたきっかけは何だったのでしょうか。


父の死が一番大きかったですね。私などと違い背も高くガッチリしていて、実家から俵をひょいと担いで新婚の家まで持って帰り、道行く人がみんな振り返ったというくらい頑健な人でした。ところが65歳の時、スキルス胃がんであっという間に逝ってしまった。親孝行したい時に親はなしとはよく言ったもので、亡くなってから父は何をしたら喜ぶかなと考えたのです。

父も母も兵庫県三田市周辺の出身で、郊外のマイナーな土地でもありますから、まちおこしをしてあげれば喜ぶと思い、仕事(富士証券)の傍ら、『北摂三田の歴史』(六甲タイムス社)を書きました。さらに『男爵(バロン) 九鬼隆一 明治のドン・ジュアンたち』や『蘭学者 川本幸民 幕末の進取の息吹と共に』(共に神戸新聞総合出版センター)といった、三田出身の人の本を書いたのです。しかし、誰も知らないような人ですから、あまり売れませんでしたね。

――最初の作品を書かれた時から、作家を本業にしようと考えていたのですか。


そこまで考えていませんでした。何しろ仕事が面白かった。欧米のマーケットに絶えず接することができましたし、当時はM&Aとか資産証券化だとか、新しいファイナンスの技術が発達していく途上にあり、政府や経済団体の委員をさせていただいたり、大学の講師や講演に呼んでいただくなど、知的刺激の高い毎日でした。なので、当時はまさに副業、趣味で本を書いていたわけです。先に挙げた初期の作品は司亮一のペンネームでした。

――ペンネームから本名に変えた1作目が白洲次郎でしたね。彼を書くきっかけは何だったのですか。


ある日、ふと三田の心月院という寺を歩いていた時、「白洲正子の墓こちら」という看板があったのです。その時は墓の隣にいる白洲次郎が誰なのか、私はもちろん、世の中のほとんどの人が知らなかったはずです。

ただ、白洲次郎は通産省を作った男らしいということは知っており、当時の経済産業事務次官の北畑隆生さんが私の母親の小学校教師時代の教え子だった関係から親しくさせていただいており、興味を持ちました。そして書いたのが『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)です。

編集を担当しこの本を世に出してくれたのは、大阪府立天王寺高校の先輩で、講談社の加藤晴之さんでした。私が師匠と仰いでいた文芸評論家の谷沢永一先生も同じく高校の先輩で、各方面に私の本を紹介してくださり、それが山本七平賞を受賞するきっかけになったのだと思います。これを機に専業作家になることを決意しました。

画像: 今は亡き親父と故郷への恩返し

ギューっと抱きしめるほど本が好きだった

――子どもの頃には、どんなことに夢中になりましたか。また、書くトレーニングは何かされていましたか。


本を読むのが大好きでした。小学校の授業中はずっと机の引き出しに本を隠し持って読んでいたくらい(笑)。トイレにも置き、寝る前もずっと読書しているほどの本好きで、本を持たずに電車に乗ると不安になるほどでした。今はスマホがありますが。

記憶に残っているのは、幼稚園の時に買ってもらった小学館の世界少年少女文学全集。最初の一冊はアラビアンナイトだったと思いますが、その時に、私はとても喜んで本をギューっと抱きしめて家に帰ったそうです。この子は本好きになると確信したと母が言っていました。

つまり、大の本好き、歴史好きがベースにありながら、親父の死をきっかけに本を書き始め、書いた本がたまたま売れたので作家になったということですね(笑)。

あと、富士証券時代にディーリングルームにいまして、海外マーケットを相手にしていると、毎日、東京時間での国内投資家の動向を海外に連絡しないといけないんです。その文章が意を尽くしてないと夜中でも電話で叩き起こされます。「おまえ、これはどういう意味だ?」ってね。だから完璧を期して、書くことに集中していたことで、自然と書く力が身についたのかもしれません。

高校の著名な先輩たちとの縁がつなぐ

――高校は大阪の天王寺高校でしたね。ここは数多くの著名人が出ている学校のようですね。しかも作家さんが多いとか。


折口信夫、宇野浩二、小野十三郎、開高健、谷沢永一、小田実…。先輩たちに著名な作家が多かったです。高校3年の時、開高健さんが来校されて講演を聴いたのですが、あの時の講演は素晴らしかった。彼の作品だって表現の仕方が普通じゃない。一言半句に命をかける姿勢は、到底及ぶところではないと思います。

――谷沢永一氏を師匠と仰ぐきっかけも教えていただけますか。


谷沢先生とのご縁は、開高さんが亡くなったときに書かれた『回想 開高健』(新潮社)を読んで、猛烈に感動し、熱烈なファンレターを私の『北摂三田の歴史』を添えて出したことです。そうしたら丁寧なお手紙が返ってきて、この方ともっと縁を結びたいと思いました。私は縁を結びたい人がいたら、必ずその人の喜ぶことをします。

谷沢先生は「早稲田出身で文芸評論家の木村毅の顕彰をしたい」とおっしゃったので、ちょうどその時、早稲田大学でみずほ証券寄付講座の講師をしていたこともあり、大学で講演を催しました。月に一回、兵庫から東京に出て来られる時はいつもオークラに泊まられるので、夜は食事をご一緒させていただきました。そして新幹線の終電に間に合うようタクシーで東京駅までお見送りしました。

そうしてずっとお付き合いしている中で「私は開高さんについても書いてみたいです」と相談したら、最初の頃は「作家というのは感性のものだから、君が書くのはちょっと問題あるんじゃないか」とおっしゃっていたのですが、亡くなる直前に「もうそろそろいいだろう」と許可が出て、『佐治敬三と開高健 最強のふたり』(講談社)を書いた。あれはまさに谷沢先生と開高先生へのオマージュということで書かせていただきました。

――お話を聞いていると、縁というものをとても大切にされていることが伝わってきます。


私は江戸時代で一番出世した人物は柳生宗矩ではないかと思っています。その家訓が「小才は縁に出合って縁に気づかず、中才は縁に気づいて縁を生かさず、大才は袖すり合った縁をも生かす」なのです。私の作家人生というのも縁をつないで、その恩返しをする繰り返しにしたいと思っています。

富士銀行に対する恩返しのつもりで『銀行王 安田善次郎 陰徳を積む』(新潮社)を書きました。関西への恩返しで『同行二人 松下幸之助と歩む旅』、『小林一三 時代の十歩先が見えた男』(共にPHP研究所)、さらに『胆斗の人 太田垣士郎 黒四で龍になった男』(文藝春秋)を書いてきました。感謝の気持ちを忘れず、本という形で恩を返していこうと思っています。

画像: 高校の著名な先輩たちとの縁がつなぐ
画像: 得意なことを生かして、社会が必要とする一隅を照らし、少しでも次世代の役に立ちたい。
【第1回】~作家となったきっかけは、故郷と人とのつながり~

北 康利(きた・やすとし)

1960年、愛知県名古屋市出身。作家。東京大学法学部卒業後、富士銀行入行、富士証券を経て、2008年、みずほ証券退職後、本格的な執筆活動に入る。現在は作家活動と併行して、起業家の育成に力を傾けている。著書には『白洲次郎 占領を背負った男』(講談社)、『福沢諭吉 国を支えて国を頼らず』(講談社)、『吉田茂の見た夢 独立心なくして国家なし』(扶桑社)、『銀行王 安田善次郎 陰徳を積む』(新潮社)、『胆斗の人 太田垣士郎 黒四で龍になった男』(文藝春秋)、『思い邪なし 京セラ創業者 稲盛和夫』(毎日新聞出版)ほか多数。

「第2回:~人間は強く、そして弱い。同行二人で生きる~」はこちら>

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八尋俊英日立コンサルティング社長を導き手とし、新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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