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"日本一おかしな公務員"山田崇氏が選ぶベストアイデアは?
9月9日午後。日立の品川オフィスに長野県塩尻市の職員・山田崇氏が駆けつけた。SDGs協創ワークショップの最終日に日立の社員が塩尻市に提案したアイデアについてフィードバックをするためだ。この日は、ワークショップに参加した社員約30名のうち12名が集まり、NPO法人ミラツクの西村勇哉氏、そして山田氏とともにテーブルを囲んだ。以下は、5分野の課題ごとに山田氏が語った。
課題:文化・伝統産業の継承
「ワークショップ2日目(7月18日)のフィールドワークのあと、現場の職員からのリアクションが一番大きかったのがこの課題です。『あれからどんなアイデアが出たの?』と突っつかれています。
木曽漆器を取り巻いている主な課題は、販路拡大と後継者不足です。今回いただいたアイデアの1つ『自然のもので作られた漆器が長く使い続けられることに可能性を感じる。そこで、漆器やワインを中心に据えたまちづくりや、コンパクトなまちづくりを提案する』のなかの、『可能性』というワードを因数分解したいなと思いました。『可能性』の根っこにあるのは何なのか? ほかの言葉に置き換えられるのではないか? それが見つかれば、もっと具体的な手を打てるのではと思いました」
課題:山・森
「塩尻市は面積の約75%が山林なのですが、所有者がだれかわからない山林が非常に多い。その原因の1つが、親子間のコミュニケーション不足です。ご提案のなかでいいなと思ったのは、『おじいちゃんがお孫さんに森の大切さを伝承していくことで、資産としての山林の情報を世代間で共有できるしくみをつくる』というアイデアです。この分野は課題としての時間軸が非常に長く何世代にもわたるものなので、面白いアイデアだなと思いました」
課題:空き家・空間
「家屋の耐用年数はだいたい30~40年ですから、山林のような長期スパンの課題に比べて実態がつかみやすい。空き家をどう減らすかも大事ですが、そもそも家を建てるときに家主にどんな思いがあったのか、その当時の市のどのような政策が関係していたのかというファクトを捉える必要があるなと思いました。
印象に残ったアイデアは、『VRを仕事の打ち合わせや医療、高等教育に活用し、Face to Faceでのやりとりをオンライン化することで、塩尻で生まれ育った人が塩尻で暮らし続けることができる』。これは、わたしたち塩尻市の職員にはない発想でした。なぜかと言うと、わたしたちはどうしても"1人の市民に対して何ができるか"を起点に政策を考えようとするからです。そうではなく、VRのようなテクノロジーを導入することで不特定多数の市民の課題を一気に解決するという発想が、とても面白いと思いました。このアイデアのように、テクノロジーを活用することで一気に解決できる問題はほかにもありそうな気がします」
課題:高齢者・障がい者雇用
「働きたいと思う高齢者や障がい者、そういった人たちを受け入れたい企業、両者の相談窓口がないのがこの分野の課題です。なるほどと思ったのは、『限られた人しか持っていなかったノウハウ="暗黙知"をデータ化することで作業を細分化し、単純作業に落とし込むことで、高齢者や障がい者ができる作業を増やす』というアイデア。これも、AIなどのテクノロジーで解決できるかもしれないと思いました」
課題:子ども・教育
「わたしもフィールドワークに同行しましたが、『塩尻市は育児に関する政策が手厚い→保育士に求められるレベルが高い→保育士が集まりにくい』という新たな課題も見え始めていて、これは将来的に大きな課題になりかねないなと思いました。一方で塩尻市は、保育士の負担を減らすべくRPA(Robotic Process Automation)による一部の業務の自動化も進めています。『なぜこの仕事は人手じゃなきゃいけないのか』を明らかにすることが、これからは大事なんじゃないかと思います。
今回いただいたすべてのアイデアのなかからわたしがベストワンを選ぶとしたら、『まずは社内に保育所をつくって、保育士だけでなく育休中の社員も子どもを連れて参加して、みんなで保育をしよう』というアイデアです。これ、涙が出るくらい感動しました。塩尻市への提案というより、まずは会社のなかでやってみよう、そうすればいま社会で起きていることの縮図がわかるのではないかというスタンスが非常によかったです」
「漆器バンク」、「祖父母と孫の林間学校」。最後の30分で生まれたアイデアたち
フィードバックのあとは、山田氏が「もっと突き詰めていきたい」と思ったアイデアを4案選出。それらをより具体的な解決案を練り上げるためのグループワークに、出席した12名の社員が4チームに分かれて取りかかった。時間はわずか30分。限られた時間で社員たちはアイデアをまとめ、山田氏にプレゼンした。
提案(1)「漆器バンク」
木曽漆器は長く日常使いとして愛用されてきたが、知名度が低い。そこで提案するのが「漆器バンク」。漆が剥げてしまったり傷がついたりした手持ちの漆器を漆器バンクに持っていけば、職人の高度な技術でメンテナンスしてもらえるというサービス。メンテナンスを受け付けると、漆器バンクが市内の工房に作業を割り振る。遠方の利用者に対しては、季節に合った汁椀の貸し出しと野菜の定期便をセットにしたサブスクリプション型のサービスを提供する。シーズンが過ぎた漆器は漆器バンクが預かり、メンテナンスする。漆器を購入したら終わりではなく、購入後も消費者と産地との関係が長く続くサイクルをつくるのが狙いだ。
「『漆器バンク』というワードがすごくキャッチーですね。消費者との長期にわたる関係をつくるというのもいい。塩尻には木曽漆芸高等学院という漆塗りに特化した職業訓練校もあります。そことのコラボもできそうだなと思いました」(山田氏)
提案(2)「祖父母と孫の林間学校」
おじいちゃん・おばあちゃんと孫が一緒になって塩尻市内の山林をゲーム感覚で楽しめるイベントを通じて、孫に森を大切にしようと思う気持ちを根づかせ、森を管理する義務感を醸成していく。まずは、例えば日立が社員旅行にこの林間学校を導入し、社員の親や子どもも参加できるようにしてはどうか。最終的には塩尻だけでなく、それぞれの社員の故郷でも同様のイベントを開催し、全国に広げていく。また、山林管理のノウハウを簡単に引き出せるシステムもつくる。
「塩尻に住んでいるおじいちゃん・おばあちゃんでも、孫はいろんな地方に住んでいる。塩尻の高齢者のご夫婦5組くらい集めれば、1回イベントできそうですね。いろいろな地方から塩尻に人が集まるし、しかも、ほかの地域での展開もイメージできる点が素晴らしいですね」(山田氏)
提案(3)「高齢者・障がい者雇用の関係者連絡会」
塩尻市の福祉課や社会福祉協議会、障がい者総合支援センター、ハローワークなどによる関係者連絡会を組織し、高齢者や障がい者の求人・紹介に関する情報を蓄積する。データを登録する器としてCRM(Customer Relationship Management)を整備するほか、就業時に注意すべき事柄をマニュアル化したガイドブックを制作し、企業や高齢者、障がい者に提供する。
「わたしの経験を振り返ると、新しいコミュニティをつくるのはかなり難しい。まず連絡会を立ち上げるのが手間ですし、参加する団体が多いとコストもかかります。理想的なのは、最初は2人で始まった活動が3人、4人……と増えていって結果的に団体になった、という流れです。わたしなら、コミュニティの中心にNPOを据えます。NPOの人は、自分自身が課題の当事者だったり、家族が課題を抱えていたりする。こういった人がコミュニティと関係するようになるとハッピーになる。そこがプロジェクトの出発点になるのかなと思います」(山田氏)
提案(4)「社内保育の企業間ネットワーク」
まず、首都圏に社内託児所を持つ企業・持たない企業が提携して、複数の企業の社員が、自宅の最寄りの社内託児所に子どもを預けられるしくみをつくる。つまり、企業間で社内保育をネットワーク化する。次に、育児経験のある社員や育児を体験したい社員が、社内託児所の育児を補助する。それを制度化して、各企業の社員が企業の壁を越えて子どもを保育しあえるしくみを整える。これと並行して、塩尻でも実証実験を行う。保育を補助する社員のシフト管理や子どもの体調管理など、保育に特化したITシステムを構築した上で、実証実験の結果をフィードバックし、取り組みをブラッシュアップしていく。
「面白そう。大手不動産会社が法人向けに提供している多拠点型のシェアオフィスの保育所版ですね。しかも、社員が保育体験をするっていう二層仕立てなんですね。塩尻では、いきなり市の庁舎に導入するのは難しいですが、コワーキングスペースがある市の施設『スナバ』には小さい子どもを連れて仕事に来る人もいるので、この取り組みができるかなと。しかもこれ、ビジネスにもなる。すごいですね。聞いていてワクワクしました」
地域課題解決の1歩目は、最初の1人に向き合うこと。
わずか2時間半だが、密度の濃いワークショップとなった。最終的に4日間にわたって塩尻の課題解決を考え続けた日立の社員たちが出したアイデアに、山田氏は手応えを感じたようだ。
「取り組みの1歩目は、課題を抱えている特定の市民の声を拾うことだとわたしは思っています。まずは、たった1人の市民にとことん向き合う。次に、その取り組みを市の政策としてシステム化していく。そのときに、企業が持つテクノロジーが力を発揮してくれるのではないか。そんな期待を持っています。
今回のワークショップのように、地域課題が起きている現場の声を聞きながら企業の方がアイデアを考えてくださる場が、これからもっと広がるといいなと思います。日立の皆さんとの4日間が、そのモデルケースになりそうな気がします。『また塩尻に行って課題の現場を見たい』という方がいたら、大歓迎です。わたしに一報いただければ現場の職員とつなげます。単純に『遊びに行きたい』でも全然かまいません。お待ちしています」
ワークショップ終了後の会場には、山田氏と名刺を交換したり、アイデアのさらなるブラッシュアップに向け熱心に話し込んだりする社員たちの姿が見られた。数年後に振り返ったとき、この日が新たな取り組みの出発点になるかもしれない。こうして、4日間に及んだ「SDGs協創ワークショップ」が幕を閉じた。
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