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僕の好きな仕事に、書評があります。入れ替わりがありますが、このところはだいたい3誌ぐらいで書評を定期的に出しています。最近、ある雑誌で担当していた書評コーナーがなくなってしまったので、別の週刊誌で新しく書評連載を始めました。毎回3冊ずつ自分の好きな本を紹介して、そこにちょっとしたストーリーとか、自分の読書に対する姿勢みたいなものを出すという内容です。週刊なので、1か月を4人で回すのですが、僕は楽しみな仕事としてやらせていただいています。

僕はそういう総合週刊誌って全然読むことがなかったのですが、掲載誌なので毎週送られてきます。表紙に見出しがばーっとならんでいまして、それが「人生100年時代、こういうことをやったら早く死ぬ」とか、「こうやると長生きする」とか、「終活がどうの」とか、「財産でもめるパターンは何か」とか、「70代のセックス」とか、どれだけ読者が年寄りなんだっていう内容なんです。

ここで、大好きな高峰秀子先生の『わたしの渡世日記』の書評を気合いを入れて書いたんです。そのときに、「高峰秀子、本誌の高齢者の読者は、ほとんどご存じでしょうが、万が一若い世代の人が読んでいるとぴんと来ないと思うので、どういう人だか簡単に紹介しておきます」と書いたら、編集部から「高齢者」ではなく「中高年」と書くように言われました。60代がメインの読者層だそうです。

僕はまだ高齢者としての生活を経験したことがないので、本当のところがわかってないだけかもしれませんが、親の世代の80代の人々について見たり聞いたりすると、年を取っていくといよいよ知性の勝負になるという気がするんです。これが本当の意味での健康と深く関係していると思います。

高齢化時代の最終的な解は、「知性と教養」、これに懸かっているというのが現段階での僕の結論です。年を取れば取るほど、バカと利口の差が大きくなる。人間のレベルにものすごい開きが出てくるように思うんですね。

子どもの頃クラスの中で、ものすごい勉強ができる子がいて、あいつは東大に行くんじゃないか、同じ人間とは思えないなんて当時考えたりしましたが、それは学校や学級という小さな社会に押し込められているからです。しかもそこで勉強ができるとかできないとか、試験の成績みたいな単純な尺度で測れるからその差が気になるだけで、実際には大して差がないと思うんです。子ども時代って、大体みんな一緒。

ところが、やっぱり70代とか80代になってくると、本当に人間のレベルに違いを感じます。よく生きている人と、そうでもない人の違いがはっきりと表れる。しかもそれぞれが好循環・悪循環を起こすので、どんどん差が開いていく。この差は何なのかと考えると、僕は知性じゃないかなと思うんです。自分を客観視する力とか、世の中や自分を俯瞰して見るとか、要するにこういうことだよなっていう抽象化とか、知性の違いがすごく大きい。

昔話では、大体「いいおじいさん(おばあさん)」とか「悪いおじいさん(おばあさん)」が出てくるじゃないですか。『舌切り雀』とか『花咲かじいさん』とか、あれ大体いい人と悪い人が高齢者なんですよね。つまり、昔から人間が、人間の質みたいなものを理解するときに、やっぱり高齢者で見てたんじゃないかと。年を取るとその人間の本当が出るとか、いよいよ知性、教養が問われるっていうのは、たぶん昔から変わらないのでしょう。

年を取れば取るほど、経験が蓄積され、知恵がついてくるっていうポジティブな面と、人間の自然な劣化の成り行きとしてだんだん自己客観視しにくくなるとか、抽象度を上げて考えにくくなるっていうネガティブな面があります。

うちの娘が随分前に学生になったときに、チェーン店のカフェでバイトを始めたのですが、年長の人をすごい悪く言うんです。年長の人は注文の仕方とか、お店に対していろんな文句を言ったり、あれはできないのか、これをしろ、あれをやれ、これはするなと、ものすごいディマンディング(過剰要求)で、機嫌が悪いって言うんです。

それこそ、知性の欠如の表れです。自分を客観視できておらず、ひたすら自分都合で考える。つまり幼児化です。子どもって何でも自分の思いどおりいくと思っていて、ディマンディングなんですけど、そういう方向に退化していく。年を重ねるほどきちんと知性を鍛えていかないといけないとつくづく思います。

人生100年時代というのは、単純に寿命のことを言っているんです。いろいろな西洋医学の発達で、人間のハードウェアっていうのは100年間作動するのかもしれません。でも、ソフトウェアが付いていかない。ここにやっぱり問題があって、ハードウェアが100年間動くっていうのは、果たしてハッピーなことなのか。

これはかなり倫理の根本に触れる問題です。医学が発達すれば、認知症とかいろいろな問題は徐々に解決されていくにしても、ハードに対してソフトが追いつかないっていうのは、ほぼ間違いなく続いていく現象だと思うんです。そのときに、やっぱりソフトのほうで自分を鍛えていかなければならない。健康問題は教養問題というのが僕の考えです。

足が立たなくても、車いすでも、精神的に自律し自立している人とそうではない人がいて、同じように介護を受けていても、介護する側からは人間の質がすごくよくわかる。

知性とは“足るを知る”ことです。究極的な“足るを知る”問題は、いつまで生きるのかという話でしょう。抽象的なことに頭が回らなくなると、本当に具体的なこと、金、女、なんかおいしい物とか、そういう話ばっかりになります。週刊誌でもその手の話が実に多い。商業メディアなので、売れなきゃ仕方がないことはわかるのですが、ということは60代くらいの高齢者にはそういう需要があるということです。これは非常に深刻な教養問題じゃないかと思うんです。

上品に生きるとか、難しいことを考えるという話ではなくて、もうちょっと自分の人生を客観視するとか、本当のところ何だろうと抽象的に考えていく、なぜだろうと考えるっていう、そういうことがやっぱり楽しめなくなってくる。すぐに、なんか世の中が悪いとか、どうしてくれるんだとか、そういう幼児化で、100年時代がそういう幼児退行の時代になってしまうと、長寿をみんなで寿いでいる場合ではなくなってしまいます。

画像: 健康と知性-その4 健康問題は教養問題。

楠木 建

一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木教授からのお知らせ

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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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