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健康オタク的なネタが好きではない僕にも、すごく納得させられた健康のロジックがあります。以前もここで話しましたが、僕のかかりつけのお医者さんで、小林弘幸先生※という人がいて、この人は「自律神経のバランス」という統一的なロジックからすべてを説明してくれる。これが僕の好みなんです。自律神経には、交感神経と副交感神経というのがあって、基本的にこれがアクセルとブレーキという役割であり、このバランスで人間は生きている。
※小林弘幸:順天堂大学医学部教授。『なぜ「これ」は健康にいいのか?』など多くの著書あり。
交感神経というのはアクセルなんです。例えば緊張がぶわーっと高まっていくとか、気合いが入っていくとか、そういう役割です。副交感神経はブレーキで、リラックスとかそういう役割。人間にはどちらも必要で、このバランスが大切なのですが、小林説では、大体の健康問題の源泉は副交感神経が不活発になることにある。子どもが延々と寝ていられるのは、副交感神経がばりばりに働いているからです。男性だと30歳、女性だと40歳とか一定の年齢を過ぎると、副交感神経の活動が急速に下がってくるそうですね。だから放っておくとバランスが崩れる。副交感神経を再活性化させるということが大切で、健康問題の大半はこれが原因だっていうのが僕の理解する小林説です。
僕が小林先生のところで何をやっているのかというと、ごく普通のことしかやっていないんです。定期的に血液チェックをしたり、小林先生がそろそろ内視鏡で検査したほうがいいんじゃないですかとか言われると、一切こちらで判断せず、お薦めに従って検査を受けます。検査も、ここがいいですよと小林先生に薦められた病院に行きます。
この前久しぶりに大腸にチューブを入れる検査をやったんですが、案の定大腸にポリープがありますねと言われまして、せっかくだから取ってもらおうと思いました。じゃあ手術に切り替えますと、麻酔をされました。この麻酔がものすごい気持ち良くて、3時間寝ているうちに終わりますからって言われて、きっかり3時間、起きたときにはもう全部終わっていました。こんなに気持ちのいい睡眠は、本当に久しぶりでした。
その程度の普通のことをやっているだけなのですが、小林先生の副交感神経の活性化という話で僕がとりわけ好きなのは、先生の考えから出てくる健康法というのがやたらに素朴で簡単で、いつでもどこでもできることばかりだということ。例えば副交感神経を活性化させるには、意識的に呼吸を深くする。これは、すぐできることじゃないですか。鼻から4秒ぐらい吸って、口から8秒ぐらいまで吐く。深呼吸は、いつでもできますよね。最近は、ジムのサウナに入った後のジャグジーの中でこれをやっています。とてもリラックスして、ジムを出るときには以前に増してすっきりするようになりました。
あとは、ゆっくりとリズミカルに歩く。僕はもともと電車が嫌いで、どこに行くときでも極力クルマで行っていました。駐車事情の悪い東京のコインパーキングは、嫌がらせかというぐらい車が止めにくい。僕にとって小さい車ほどいい車なので、都内での仕事にはできるかぎり小さい車を選んで乗っています。
ただ、最近ちょっと考え方を変えまして、電車を利用するようになりました。ゆっくり駅に向かって歩く。電車に乗ったほうが、絶対に歩く量が増えるし、副交感神経を活性化できる。小林説では、とにかくゆとりを持って行動すること、約束の時間よりも前に着いて、のんびり深呼吸するとか、慌てたときほどゆっくりしなさいっていうんですね。
先ほど話した内視鏡の検査を受けに行ったとき、地下鉄に乗ろうと思ったらお財布がないんです。鞄をひっくり返しても入っていない。あれ、どこかに落としたのかな?――これも小林先生に聞いた話ですが、そういうときって、人間はかなり長いこと呼吸してないそうです。完全に呼吸が止まって、交感神経がぶわーっとピークの状態になっている。そういうときほどゆっくりしなくてはと思い、まずは地下鉄の駅に腰掛けて、どこに忘れたのかなとか、落としたのかなとか、過去の行動を慌てて考えるのではなくて、ゆっくり手帳を見たり、行動を回想しました。結局仕事場の机の上に忘れていただけでしたが。
僕にとっての小林パラダイムのようなひとつのコンセプトがあるだけで、かなり気が楽になる。健康のティップス(秘訣)みたいなものを100個、200個持っているより、よほど健康的に生活できるような気がします。
単なる僕の好き嫌いですが、月に1回開かれる大学での公式の教授会というのが嫌で嫌で仕方がないんです。大学もひとつの組織なので、運営上いろいろな問題があって、そういう経営のこととか、人事管理とかをフォーマルに議論して決めなければならない。そういうのがどうにも苦手で、会議の時間が本当につらい。
最近になって、ようやく対策を発見しました。「今月は以上です」と教授会が終わって解放されたとき、ものすごくうれしいんです。この解放感をイメージとして残しておいて、これを楽しみに教授会に臨めば、嫌いな時間もそれなりに前向きでいられるのではないかと思っています。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。