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今回は健康というテーマですが、まず人間のタイプ分けという話から始めます。僕がわりと本質的だと思っている思考様式に注目したタイプの分け方に、“アウトサイドイン”対“インサイドアウト”があります。

例えば“アウトサイドイン”の経営者というのは、競争戦略を考えるときに、環境要因や今後の見通しをできる限りすべて知っておきたい、そのうえで戦略を考えようというタイプです。今はWebで果てしなく情報が手に入ります。業界がどうなっているのかとか、何が使えるのかとか、どんな選択肢があるのかとか、これからの社会がどうなるのかとか、全部知った上で自分がどうするのかを考える。これが“アウトサイドイン”のアプローチです。

一方で、“インサイドアウト”というタイプは、「これじゃないの」というような直感が先にあって、「だとしたら」と周りを見る人です。ビジネスの類型でいうと、“マーケットイン”と“プロダクトアウト”というのもそのバリエーションです。“マーケットイン”というのは、世の中のマーケットがどうなっているのかを見て、それに対応しようという考え方。“プロダクトアウト”は、これがいいんじゃないのっていうものをまず出してみて、マーケットの反応を見る。

最終的には順番の問題です。“マーケットイン”にしても、“プロダクトアウト”にしても、どちらもお客さまに買ってもらわなければ商売にならない。プロダクトアウトでもマーケットは大切です。テニスに例えれば、商売はプロダクトとマーケットのラリーのようなものです。ただ、最初のところ、サーブ権がどちらにあるのかという思考の前提の違い、これは大きいと思います。これは優劣の問題じゃなくて違いなのですが、僕はまず自分からサーブを打つのが好きな“インサイドアウト”のタイプです。

例えば企業を対象に戦略についての論理を考えるという僕の仕事の場合、広範にいろんな会社をサーチして、いくつかの基準でスクリーニングして、これが面白い会社だ、じゃあ調べてみようっていうのが“アウトサイドイン”。僕はそういうことはしないようにしています。そもそも、そういう意味での「調査」というのは好みません。なんか日常生活の中のふとしたことで知り合う面白い事例ってありますよね。そういうのを調べていくと、実に面白い論理に遭遇することが多い。つまり“インサイドアウト”な仕事のスタイルなんです。人間の時間は限られていますので、それだけでも十分手いっぱいになる。

この僕のスタイルは、あっさり言えば、そのときどきの自分の直感というか気分を重視しています。もっといえば、僕はだいたいのことは自分の「気のせい」だと思っています。要するに、こっちがどういう気分なのかとか、それが大体のことを決めていて、外在的な条件とか環境の影響は二次的ではないかというスタンスです。

以前お話しした金の問題とかも、僕に言わせれば大体が気のせいです。洋服とかでも、10万円の物、1万円の物、1,000円の物とかって、それ自体では何がいいのか決まらない。こっちの気のせいです。僕にとってはUNIQLOで十分ですが、もっと上等な服が着てみたいという人もいるでしょう。

気のせいというのは、つまり脳内主義なんです。僕はほとんどのところはその人の脳の認知が決めていて、物事には客観的な良い悪いというのはあまりないんじゃないかと思っているほうなんですよね。何があっても気のせいだと思っていれば、大方の物事は解決すると思っています。

しかし気のせいではなかなかすまされないことが2つだけあって、それがマクロにおいては“戦争”。僕は戦時下を生きた経験がないのですが、これが始まっちゃうと、気のせいだよなって言ってられない。もうあからさまな不幸です。そしてもうひとつ、ミクロには“健康”。健康を害すると、気のせいっていうのはなかなか通用しなくなる。脳内主義者の僕にとって、“戦争”と“不健康”というのは、二大敵です。

戦争だけは絶対に回避したい。多くの人がそう思っているわけですが、いろいろなものを読むと間違いなく言えることがあります。それは全員が戦争に反対し、戦争だけはやめておこうと言いながら、かならず戦争になるということです。あるタイミングで、「もう戦争しかない」にばたんと切り替わり、戦争という選択肢が正当化されて、戦争状態に入っていく。近現代の人間の歴史はこのパターンをずっと繰り返してきているわけで、それはこれからもきっと変わらないと思います。

戦争は外交の延長だと言われています。ということは、潜在的には常に戦争のリスクがあるということです。「戦争反対!」に誰も異論はないのに戦争になる。広島の平和記念公園の資料館などに行けば、戦争の悲惨さは伝わってきます。一定の抑止力はある。ですが、それをわかった上でやっぱり「もはや戦争しかない」という状況になり、戦争は起きるわけです。

僕はもっと現実的な抑止力が必要だと考えます。そのひとつとして、戦争の悲惨さを訴える以上に、「戦争というものがいかに損か」という、割とゲンキンな話が有効だと思っています。

振り返ってみて、あの戦争やってよかったな、なんてあんまりない。大国はいまだにアフガニスタンに突っ込んだりするんですけど、もう全員が大損をこいている。ベトナム戦争というのは20世紀後半の最悪の戦争です。あれをやってよかったなっていう人はアメリカにもあまりいない。悲惨である以上に何もいいことがない。「全員悪人」ならぬ「全員大損」。

一時的な、政治的屈辱をやりすごす。これは優れた指導者の条件だと思います。一時の政治的屈辱コストなんて安いものです。それを解消するために戦争する。ものすごい損です。今の米中貿易戦争だって、誰も得していない。だから、子どもも大人も道徳以前に損得で考える。経済的な問題だけではなく人間にとっての実利ということで理解していく方がいいのではないか。

戦争の抑止力はできる限りハードなほうがいい。憲法9条は没論理というか、おかしいって言いだしたら切りがないんですが、戦争自体が非論理的で非合理的なものです。憲法9条のように普通の理屈を超越した歯止めがあるということについて、僕は基本的に賛成の立場です。

日本の自立が……とか、あれはもともと敗戦のときに強制されたとか、なんか国民が合意してないとか、じゃあ自衛隊はどうするんだとか、それは考えれば考えるほどスジは通っていないんですが、戦争のスジの通らなさからすると、それぐらいスジの通らない歯止めでも強力なほうがいいんじゃないかと思います。

これもスジが通らないといえばそれまでなんですが、僕が前々からいいと思っている歯止めは、「戦争状態に入った時点でのすべての閣僚(大臣・副大臣)の2親等以内かつ18歳以上の健康な者は全員直ちに最前線の身体的危険を伴う業務に従事する義務を負う」です。それでも必要不可避なら戦争は本当にやむを得ないということです。その時は僕も出兵するにやぶさかではありません。滅茶苦茶な話に聞こえるかもしれませんが、戦争の抑止として本当に有効なのは、こうしたのっぴきならない歯止めだと考えています。

画像: 健康と知性-その1 戦争と不健康。

楠木 建

一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第2回:厄年の効用。」はこちら>

楠木教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどTwitterを使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のTwitterの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
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日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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