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3つの脳内物質を強いチームづくりに生かす
塩塚
中野さんの本で知ったのですが、セロトニンとドーパミン、ノルアドレナリンという、それぞれ脳を活性化させる物質がありますね。組織もうまく機能していくには、この3つの脳内物質にあたるものが必要ではないかと思います。
中野
ドーパミンは、新しい人や新しい環境と出会うことで出てきます。ワクワク感を感じる時にドーパミンが放出されます。自分がこれまで経験したことがないことを経験できるかもしれないという時ですね。
塩塚
自分の組織のチームに、いままで経験のない未開拓の分野の開拓とか、伝統的に手掛けてきたこと以外の領域に取り組むということですかね。
中野
伝統的な仕事であっても、何か新しい見せ方に挑戦するような場合にワクワク感が生まれますね。
塩塚
なるほど。それから、セロトニンは心の安定を生み出す物質ですね。安定や安全安心は、マネジメントしている人にはとても大切なことです。脳内でセロトニンをつくるには、確か朝の陽ざしを浴びるのが良いと中野さんの本に書いてありました。
中野
セロトニン合成のスイッチは朝の日光で入ります。日照を浴びる機会が少ないとセロトニンの合成スイッチが入りませんから、どんなに健康な人でもちょっと気分が落ち込んだりしやすくなります。
塩塚
そうすると、皆朝、日光を浴びながらおはようと挨拶を交わして出社し、セロトニンの合成スイッチを入れる。それから、まだ誰も手掛けていないようなことに目標を立てて取り組むことでドーパミンを出す、というような環境をつくっていけば良いわけですね。
中野
その場合の目標は、手が届きそうで届かないくらいの距離感が良いですね。目の前のにんじんという言葉がありますが、そういうものがある時、ドーパミンが出やすいんです。美味しい焼鳥の匂いがしていて、もう少しで食べられるという時に最もよく放出されます。でも食べてしまうと…。
塩塚
もうドーパミンは出なくなるんですか。それでは終わりのない、未開拓分野に挑戦しないといけませんね(笑)。
中野
毎日少しずつ達成していけるようなゴール設定をすることが大切です。全然たどり着けないような遠大なゴールだと、チームが疲弊してしまうかもしれません。
塩塚
なるほど、少しずつ小さなゴールをマイルストーンとして設定すれば良いわけですね。それから集中力を高めるには、ノルアドレナリンを増やす必要があると書いてありました。ノルアドレナリンはどうしたら高められますか。
中野
ノルアドレナリンは、やる気を高めて新しい発想がどんどん湧いてくるような状態を生み出します。その一方で、分泌量が多いとキレやすくなります。自分がやる気になっている時にやる気がない人を見ると、「俺がこんなに頑張っているのに」という気持ちになりやすいわけです。ですから、適度にコントロールすることが大切です。
ノルアドレナリンは、朝よく出ている物質です。また、競争相手がいる時や危機的な状態、追い込まれた状態で、脳内に放出されます。締め切り前に集中できるというのは、ノルアドレナリンが放出されているためです。
塩塚
この3つの物質を上手くコントロールできるとチームは強くなるでしょう。
中野
そうですね。それぞれの物質がうまく出るように、組織を運営できる人は優秀なリーダーと言えるかもしれません。チームのメンバーには常に少しだけ達成することが難しい目標を与え、なおかつチーム内で競争環境も適切に生み出し、リーダー自身は安定した精神状態にある、これが指導者の3条件かもしれません。
事例を広く伝えることが多様性実現のカギ
塩塚
近年、多様性ということが言われるようになりましたが、それをアクションアイテムまで落として実行するのは難しい点がいろいろあります。その背景には、まだその成功例が少ないからかもしれないと考えています。ですから、成功事例を広めていくことが大切ではないかと思います。
中野
いい事例をもっと知らしめていくことが大切ですね。多くの人は、新しいことにワクワクする一方で怖がるという面も同時に持っています。新しいことは好きだけど、やはり怖い。誰かにやらせて、危険がないと分かればやってみるというところがあります。ですから良い事例を示して、そういう恐れを取り除いてあげる必要があります。また、うまくいかなかった事例も、隠すよりはきちっと伝えていくことが大切です。新しいことに不安を感じる人は、うまくいかなかった例のほうを重視するのですが、それが隠されたと知ると、よりいっそう重く受け止めます。ですから、失敗した例も隠さずに、これはこういう形でリカバリーできるということをセットで伝えていくことが大切です。
塩塚
私自身の経験では、こういう例があります。ある事業所の事業部長の時に、一人の従業員が性別を自分の認識している本来の性に変え、名前も変えました。それを職場として認めることで、職場の活性レベルが上がったんです。それまで控え目であまり目立たないようにしていた人が、それから積極的に仕事をするようになって、それがチーム全体にも伝播して、新しいことに挑戦する意欲が高まっていったように見えました。事業部長だった私が、会社の人事台帳の性別を変えるという判断に判を押して同意したのですが、その人の挑戦を会社が認めたことで、職場やプロジェクトが活性化した。それは事実としてあります。
中野
そういう事例を、広く知ってもらうことが必要ですね。
多様な人財登用には多面的なサポートが不可欠
塩塚
また、女性の管理職比率を高めることが、会社でも重要な課題になっています。ただ、これまでは女性を管理職に置いたことで、極めて活性化した組織がある一方で、組織が壊れた事例もあります。これは両極端で、男性の管理職のケースでは、チームが目だって良くなったり、反対に崩壊してしまったりという極端な例があまりありません。
中野
極端に成果が分かれるのでは、組織に体力がある時にしか、女性管理職の育成はできないということになりますね。日本の大学でも、そういう議論がずっと行われています。女性で大学教授や医師になる人が少ないので、女性を管理職に登用するために女性枠をつくると、少々能力に疑問があっても登用する必要が生じると、男性の教授は言うわけです。もちろん、そういう問題はあるかもしれません。ただ、特に理系の場合などはもともと女性の絶対数が少ない環境ですから、常に男性社会の中での女性という話になるわけです。そもそも1対1の性比で生まれてくるので、女性としてどんなふうに仕事をしていくことが必要なのかと考えた時に、適切なロールモデルがもっと豊富にないといけないのですが、現状では女性にとってのロールモデルは多くありません。心ある女性の先輩が増えて、そういうネットワークが広がっていくといいと考えています。一人の人に相談した時に「ダメ」と判断された場合でも、別の人に相談して理解を得られるような幅のあるサポートシステムがあると良いなと思いますね。
塩塚
よくわかります。サポートしてもらう場合も、一つの面だけで判断するのではなく、A、B、C…と複数の面から焦点をあてて判断できるようになると良いですね。それは働き方にも言えることで、いま私たちは都内近郊の私鉄沿線にリモートオフィスをつくって、その人の働き方に合わせて働けるような場所を50か所ほどつくり、今後も増やしていきたいと考えています。働くチームの編成もバラエティに富んだものにしていきたいし、働くスタイルも変えたいし、そういうものを男女問わず選択できるようにしていきたいですね。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年~2010年、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に博士研究員として勤務。現在、東日本国際大学教授。『科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク文庫)、『脳はどこまでコントロールできるか』(ベスト新書)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ』(幻冬舎新書)、『サイコパス』(文春新書)、『キレる!』(小学館新書)など著書多数。
塩塚啓一(しおつか・けいいち)
1977年 株式会社 日立製作所入社、2010年 情報・通信システム社 金融システム事業部長、2012年 理事 情報・通信システム社 システムソリューション部門COO、2013年 執行役常務 情報・通信システム社 サービス部門CEO 、2015年 執行役専務 情報・通信システム社 システム&サービス部門CEO等を経て、2017年より代表執行役執行役副社長 システム&サービスビジネス統括責任者。
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