チャンスは相手の中に眠っている
塩塚
日立は110年の歴史を刻んできましたが、製品を設計製造してお届けするというプロダクトアウトのビジネスモデルの事業から、いまやデジタル、ITの力で新しい価値を生み出し、提供するといったソリューションやサービスなどのビジネスモデルに転換しています。そうなると突出した能力を持つ「尖った人たち」だけでは事業が成り立ちません。中野さんが大学の先生から受けられた日立社員の印象というのは、たぶんプロダクトアウトの時代、個々に成果を生み出すことができた「尖った人」の印象なのだと思います。
中野
日立の門をたたく人というのは、学生時代にそれなりの成績を修めてきた人なのだと思います。それだけ克己の精神で頑張ってこられた方というのは、常に自分の気持ちを抑えてでも目標に向かって打ち込むという習慣を身に着けた方が多いのだろうと思います。
塩塚
そうですね。その一方で、ややもすると人と人の関わりに欠かせないハートが置き去りにされる面があることも否めません。先ほど申し上げたように、多くの人と関わることで新しい価値を生み出していこうとすると、まずはハートが大切になるのでは、と考えています。
中野
そこはまさに「運のいい人」ともつながりがあるところです。先ほどの周囲との比較感という視点から離れて、一個人としてどういう人がチャンスをモノにできるかということについて考えてみます。社会的に成功を収める場合でも、チャンスをモノにできるかどうかが成否を分けるという面がありますが、これに関してもいくつかの実験が行われています。
塩塚
その点をぜひ伺いたいですね。
中野
たとえば、くじ運について人はよく自分はくじ運が良いとか悪いと言います。そこで、自分はくじ運が良いと思っている人のグループと悪いと思っている人のグループに分けて、実際に両グループでくじ運に差があるのかどうかということを調べると、実は有意差は見出せません。つまり、くじ運は誰にも平等で、チャンスは均等に訪れているわけです。
それではなぜくじ運が良いと思う人はそう考えているのか、心理学でいうビッグ5という尺度で追加実験を行い、その性格傾向が調べられています。ビッグ5とは、誠実性、協調性、情緒安定性、開放性、外向性という5つで、おそらく入社試験等で見るのは、そのうち誠実性、協調性、情緒安定性ではないでしょうか。組織をうまく運営していく上では、この3つが重要だと考えられてきましたから。しかし、運の良し悪しの認知に関しては、この3つはまったく関係がなくて、開放性(経験への開放性)と外向性です。経験への開放性というのは、新しいモノごとにどれだけオープンかということです。新しい技術が出た、新しい人が来たなど、自分が知らない何かがあるという場合に、積極的にそれを取り入れて喜べるかどうかという尺度です。外向性というのは、人と積極的に関わっていくことで、人がいまどう感じているか、自分の会社は外からどう見られているかなど、外側にある情報収集ができるかどうかというところにリンクしている尺度です。この2つの尺度は相互に関連し合っていて、この2つの尺度の高い人がチャンスをものにする可能性が高いと分かってきました。
この2つの尺度が高い人は、卑近な例で言うと落ちているお金に気づきやすい人なんです。また、周りの人から情報を取るのに長けていて、見ず知らずの人と仲良くなるのが得意です。これはすごく大事なところで、挨拶運動の先には、そういうことがあるんだと思います。研究所に通っている人は、おそらく1日中誰とも話さずに帰るということもあると思いますが、チャンスは相手の中に眠っていることもあるので、それをお互いに交換するというように、挨拶運動が機能すると良いと思います。
塩塚
チャンスは相手の中に眠っているというのは、まさに私たちがいま進めている協創の要諦ですね。
中野
もう一つ、面白い実験があるのですが、これは新聞を被験者に渡して、10秒間でその新聞の中に何枚の写真があるか数えてくださいというものです。新聞は、何ページもありますから、10秒間で全部数え切るのはかなり困難です。それでも正解したらかなり良い報酬がもらえるというようにすると、みんな真剣に取り組みます。誰しも成功しようと思うわけですが、10秒からカウントダウンが始まるとかなり焦ります。その中で、運がいいと考えている人のグループは、運が悪いと考えている人のグループより3倍も成功する人がいたんです。
塩塚
3倍も差が生じるのですか。
中野
運は平等なのに、何がそんな大きな差を生むのか気になるところですね。実は、これにはからくりがあって、新聞の1面をめくると、その1面の裏に答えが書いてあるんです。たとえば「写真点数は43枚」などと言葉で書いてあるんですね。そうすると、これは写真ではありませんから、生真面目に10秒間で写真を数えようとしている人は見落としてしまいます。でも開放性や外向性の高い人は、あたかも道に落ちているお金に気づくように、その記述に気づくわけです。
塩塚
生真面目な人は、与えられた課題に集中しようとして、視野が制限されてしまうのですね。常に外部に関心を持って、積極的に関わっていくことは、大局的に物事を見ることにも通じているのでしょうね。
中野
そうなんです。この3倍の人というのは、誰ともコミュニケーションの取れる人で、落ちているチャンスに気づくことができる人です。新しいチャンスは、まだみんなが気づいていないだけで、身近に落ちているかもしれないわけです。運のいい人の集団をつくるという場合、みんなに3倍のグループの人になってほしいじゃないですか。この場合は、誰かが気づくと自分が気づかないというゼロ・サムではありませんから、みんなが3倍のグループに入ることは可能なんです。組織の全員を「運のいい人」にするには、メンバーの開放性や外向性を高めていけばいいのではないでしょうか。
運のいい人を指導的な位置につける
塩塚
開放性や外向性という性格傾向は、やはり持って生まれたものなのですか。
中野
いえ、固定されたものではありません。もともと外向性がそれほどない人でも、身近に外向性の高い人がいて、その人の影響力が強い場合は、その振る舞いのマネをして外向性が高くなることもあります。人はそれぞれ、対人関係を築いたり物事を遂行したりする時の振る舞い方の「ひな型」みたいなものを持っています。この「ひな形」が内的作業モデルです。これは身近な人などの振る舞い方をモデルにして形成されます。子どもの頃は身近にいた両親や養育者がモデルになり、その後は学校の先生や友達などからも影響を受けたりしながら、その人なりの内的作業モデルができ上がっていきます。会社でも、長い時間過ごしているので、身近にいる人がこの内的作業モデルに影響を与えますから、そのチームの中によい影響を与えることができそうな内的作業モデルを持った人がいるということも大切です。
塩塚
それでは、50人くらいのプロジェクトでチームリーダーを決める時にも、良い内的作業モデルを持っている人を選ぶことが重要ですね。以前は、チームの人同士の相性や好き嫌いだったり、これまでの経験的な判断で配置を決めていました。私は運のいいリーダーを置くことが大事だと思いますが、これは科学的にはどうなのでしょう。
中野
それは、もうめちゃくちゃ大事です。先ほど申し上げたように、運のいい人というのは、チャンスを見出す良い内的作業モデルを持っている可能性が高いですから、部下にも良い影響を与える可能性があります。
塩塚
それは脳内で何かが起きるのですか。
中野
そうですね。内的作業モデルとは、要するに脳内にでき上がった回路なので、これまで新しいことに出会ってもドーパミンが出にくい回路の脳を持った人でも、新しいことに出会うと面白いんだと気づけば、新しい脳内回路が形成されていって、ドーパミンが出るようになります。それには、そういうことに気づかせてくれる人が必要です。その人は、影響力を及ぼす力が強い人で、必ずしもリーダーである必要はありません。外部アドバイザーのような人を、一定期間チームの指導的な立場に置くということでも良いと思います。
中野信子(なかの・のぶこ)
1975年生まれ。東京大学工学部卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。医学博士。2008年~2010年、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に博士研究員として勤務。現在、東日本国際大学教授。『科学がつきとめた「運のいい人」』(サンマーク文庫)、『脳はどこまでコントロールできるか』(ベスト新書)、『ヒトは「いじめ」をやめられない』(小学館新書)、『シャーデンフロイデ』(幻冬舎新書)、『サイコパス』(文春新書)、『キレる!』(小学館新書)など著書多数。
塩塚啓一(しおつか・けいいち)
1977年 株式会社 日立製作所入社、2010年 情報・通信システム社 金融システム事業部長、2012年 理事 情報・通信システム社 システムソリューション部門COO、2013年 執行役常務 情報・通信システム社 サービス部門CEO 、2015年 執行役専務 情報・通信システム社 システム&サービス部門CEO等を経て、2017年より代表執行役執行役副社長 システム&サービスビジネス統括責任者。
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