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僕は自然のままに再現するだけ
――星のや東京のダイニングで出される料理は、味はもちろん、現代アートにも似た美しさがあると思うのですが、この美的センスはどこから生まれたものなのでしょうか。
浜田
プレゼンテーション的なことを言えば、旅館ならではのもの。「五つの意思」のように、どこか和を感じさせるものを意識しています。そのうえで、SNSなどで紹介されたときに、ひと目見て「星のや東京の料理」と気づいてもらえることも重視しています。
色の組み合わせなどは美術館に行って勉強しろと言う先輩たちがいるけれど、誰かの物まねになりそうだし、自分の性格には合っていないと思い、代わりに山や川など自然の中に出ていくようにしています。
自ら直接自然を見て、自然のままの姿を再現することを心がけています。自然の組み合わせは目にも心にも馴染みます。逆に、自然にない色を使った瞬間、自分の中で違和感を感じてしまいます。
一例を挙げると、山ウドを使った料理を作ろうと思ったら、山ウドが生えている自然の状態を皿に映そうと、その場のことを思い出します。すぐ近くには熊のフンが落ちていたな、これは熊が食べているな。そこに朴葉や落ち葉もいっぱいあった。
よし、ならば朴葉蒸しにして、熊の油を塩漬けしたものを重ねようと組み立てる。つまり、
そこにあるものをすべてお皿の上に表現するわけです。だから、僕はよく山に入るし、自然を観察するのです。
――魚もそういう目で見るから、独自の盛り付けになるわけですね。
浜田
川を見ると、ど真ん中を泳いでいる魚はまずいないですよね。端っこの、木や石、葉っぱの陰に隠れるように泳いでいます。だから皿の上でも端に置き、葉で隠すように盛り付ける。
美意識という感覚はなく、僕が魚だったら、ど真ん中に飾られると緊張してしまう。隠してあげたほうが喜ぶ。それを映しているだけなんですよ。
Don't think! Feel
――器の選び方も重要なのでしょうね。
浜田
青木さんの器をよく使っているのは、釉薬を塗っているのではなく、土に練り込んで焼いているからです。Assiette Blanche(アセット・ブランシュ)というのですが、自然の木や石にとても近いのです。
自然物に料理を乗せるのと、釉薬が塗られたお皿に料理を盛るのとでは、僕の感覚では若干味が変わる気がする。美味しいと感じるのは自然物のほうです。なぜかはうまく説明できないのですが、自然に近いことが理由だと考えています。
――自然から学ぶことはたくさんありますね。それを自分のものにする極意を教えてもらえませんか。
浜田
自然が勉強になると思って見るのと、単に綺麗だなと見るのは違うと思うのです。僕はよくブルースリーの映画の名言「Don't think! Feel」を引き合いに出し、「考えたら、考えることしかできない。感じることができたら、感じることができる。」という話をします。
考え抜いて作られた料理は、相手も料理についていろいろと考えてしまう。自然体で気持ちいいときには何も考えないと思うのです。
僕は考えず、感じるままに盛り付けているので、ストレートに感じてもらえる。単に自分がその素材や料理が好きだから、食べている人もそう思ってもらえるのではないでしょうか。
よく盛り付けなど「どうやっているの」と聞かれますが、実は何も考えてない、自然体なのです。もっと言うと、デッサンをしたことがない。自分のデスクもないのです。
僕は料理で語りたい
――星のや東京では料理は個室で食べるのが基本ですよね。浜田さんがお客さんの前に顔を出すことはあるのですか。
浜田
最近はなるべく行かないようにしています。僕が出て行ったら、印象が僕になってしまうので。主役はあくまで料理なのです。
昔の料理人のすごいところは、料理で語ったことだと思っていますし、自分もそうなりたい。今は全国各地から呼んでいただけるけど、料理人が語ってしまうと、料理より目立ってしまいます。それはよくないと思うのです。
メディアで紹介される時も、僕の顔写真より料理を大きくしてほしい。そのほうが生産者の方々も喜びます。本当に、生産者の方々は苦労していますからね。
――新たな生産者さん、食材探しはどのくらいの頻度で出ているのですか。なかなか休みも取れないと思いますが。
浜田
全国に行ってみたいところがたくさんあるので、少しでも休みがあればすぐに出ていきます。とくに、何もないといわれる地方に興味がありまして、その土地じゃないと作られていないもの。地元の人しか食べていないものに出会いたいのです。
例えば長野にも何百種類という豆がありますが、あそこのお婆ちゃんしか種を持っていなくて、近い将来廃れてしまうかもしれない…。そういうものを遺すためにわけてもらい、眠っているものを復活させるのも僕らの役目なのです。
食材だけでなく、地元の人たちが昔から受け継いでいる料理法も理に適っているから絶対に聞いてやってみる。それを踏まえて次は自分で工夫します。
――その姿勢こそがNipponキュイジーヌを表しているのでしょうね。
浜田
僕が日本人に生まれたのには理由があると思うのです。そして、生きていたという証を遺したい。お金などは明日死ぬっていわれた瞬間に意味がなくなるじゃないですか。それより自分が何をしてきたか、僕がやったことで何が遺せるかのほうが大切なのです。
星のや東京 ダイニング「Nipponキュイジーヌ」夏メニュー
星のや東京は、東京・大手町という金融・経済の中心にある日本旅館である。「和のおもてなし」が体験できるとあって、土地柄、世界各国の企業経営者やエグゼクティブをゲストとして迎えている。
青森ヒバの一枚板の扉が開かれた瞬間、白檀を調合した香りが都会の喧騒を忘れさせてくれる。玄関で靴をぬいで上がり框に足をかければ、あとは、畳敷きの館内で日本の伝統文化に触れることができる。17階の最上階には温泉があり、吹き抜けの露天風呂から真上を見れば都会の四角い天空がのぞく。地階には大きな石のオブジェが配置され、地層をイメージした土壁の間を抜ければダイニングに至る。宿泊客だけが味わえる「Nipponキュイジーヌ」の舞台。
夏メニューのコースの一部をご紹介すると、五味(塩・酸・苦・辛・甘)を楽しむ「五つの意思」、酒盗と蕗のソースで味付けした鰹のたたき、鮪のほほ肉のコンフィ、毛蟹とウニのリゾットなど。いままで出会ったことのない香り豊かな味わいが心を満たす。魚と野草、野菜だけの限られた食材で考え抜かれた料理は、世界にふたつとないここだけのもの。非日常のやすらぎの感覚がダイニングにも息づいている。
【星のや東京】
東京都千代田区大手町一丁目9番1
TEL.0570-073-066(星のや総合予約)
浜田統之 Noriyuki Hamada
1975年、鳥取県生まれ。18歳からイタリア料理の世界で腕を磨き、24歳でフランス料理に転身。2013年、ボキューズ・ドール国際料理コンクールフランス大会本選で世界第3位となり銅メダル獲得。2016年、星のや東京料理長。2017年、ボキューズ・ドール国際料理コンクール30周年記念ガラディナーで、約1,500名の世界の食通を前に魚料理を提供した。
シリーズ紹介
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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