株式会社ポピンズホールディングス 代表取締役会長/日本女性エグゼクティブ協会 代表 中村紀子氏
日本の保育業界の道を切り拓き続けた株式会社ポピンズホールディングス(以下、ポピンズ)会長の中村紀子氏へのインタビュー、最終回。中村氏は2018年に社長の座を娘の轟(とどろき)麻衣子氏に譲ったが、社長交代への道のりは決して平坦ではなく、実に7年の年月を要した。次世代への事業継承の難しさとそれにともなう組織変革、そして30年以上を経た中村氏の保育革命について振り返っていただいた。

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「第3回:業界を切り拓き、規制を打ち破る原動力」はこちら>
「第4回:保育からエデュケアの時代へ」はこちら>

7年間に及んだサクセッションプラン

――中村さんは2018年に社長職を娘の轟麻衣子さんに譲り、ご自身は会長職を務めていらっしゃいます。

中村
もともと、娘に継がせるという気はゼロでした。わざわざ12歳から単身イギリスに留学させましたし、大学を出てヨーロッパの企業で働いた上に、フランスのビジネススクールでせっかくMBAまで取りましたから、彼女なりの人生を進むものだと思っていました。

画像: 2018年からポピンズの代表取締役社長を務めている、娘の轟麻衣子氏(左)

2018年からポピンズの代表取締役社長を務めている、娘の轟麻衣子氏(左)

――娘の轟さんはなぜ、ポピンズで働こうとお考えになったのでしょう。

中村
ビジネススクールで、女性経営者が会社を作り上げていく軌跡を研究することになって、わたしをそのケーススタディにしたそうです。彼女に頼まれて、当社の創業からの経営資料を送りました。それを読んで、母親が経営者としてどんな苦労をしてきたのかを、彼女なりに改めて理解したのでしょう。せっかく母親が作り上げたポピンズの経営に、自分も携わってみたい……そう考えて、日本に帰ることを決めたのではないでしょうか。

それが2010年、娘が30代半ばの頃でした。入社した彼女を顧問という立場に置いて、後継者としてふさわしいかどうか見極めようとしました。7年に及ぶサクセッションプラン、後継者育成計画のスタートでした。

この指止まれ型から、調整型のリーダーへ

中村
最初の3年ほどの彼女は「自信過剰の時代」。海外で25年過ごしただけあって、確固たる「自分」を持っていましたね。経営会議では自分の言いたいことだけ言って「では失礼」と部屋を出て行ってしまう感じ。海外ではそういうスタイルらしいですけど、わたしはびっくりしてしまいました。

その後は「自信喪失の時代」が3年ほど続きました。わたしは自分で企画を考え、さまざまな意思決定も一人で行うだけでなく、一度部下に指示したことが期日までにできているかどうか細部までしっかりチェックして、社員教育も一から十まで携わってきました。そんな仕事ぶりを間近で見て、「自分には同じスタイルではできない」と彼女は思ったようなのです。

そんな娘が自信を取り戻したのは一昨年でした。当社と交流があるハーバードビジネススクールでリーダーシップを研究しているリンダ・A・ヒル教授とお話しできる機会があり、その中で「世の中には7種類のリーダーシップがある」というお話が出たのです。

これまでは、スティーブ・ジョブズのように自らアイデアを出して、それを実現するために自分と価値観の合う人材を集めて事業を進めていく「この指止まれ型」の経営者が時代を引っ張ってきた。でもこれからの時代は「調整型」のリーダーシップが必要になると。つまり、自分だけで新しいアイデアやサービスを生み出すのではなく、エッジの利いた能力を持った人材を集めて、彼らの意見を調整しながら事業を進めていくタイプだと。

これを聞いて、俄然、彼女は変わりました。「調整型のリーダーだったら、自分にもできるかもしれない」と。そして昨年、ポピンズの経営を彼女にバトンタッチしました。

画像: 本社で毎月1回開催される全体会議で話す、轟麻衣子氏。本社の社員やポピンズが運営する保育施設のトップが出席する。

本社で毎月1回開催される全体会議で話す、轟麻衣子氏。本社の社員やポピンズが運営する保育施設のトップが出席する。

一流の人としか組まない

――タイプの異なる経営者に代替わりしたことで、組織はどう変わりましたか。

中村
日本の頭脳を当社に全部集めようと考え、週に1日、月に1日だけ出社してもらうという条件で、さまざまな分野の顧問を充足させました。

例えば人事の顧問には、大手化学メーカーの元・人事トップ。当社は業界でいち早く個々の社員に着目した人事管理に取り組んでおり、そのご指導をお願いしています。また、保育の規制改革に取り組む際にアドバイスをいただいているのが、大手物流会社の前会長。それから、当社のPIICS(国際乳幼児教育研究所)が海外の大学と行っている共同研究には、国内の発達心理学の権威に参画いただいています。

当社は未熟です。だから、一流の方としか組まない。世の中で一流と呼ばれている人をしっかり観察して、その人の言動を真似してみる。そこからの学びがあって、自分の成長につながるのです。

そう考えるようになったのは、第1回でもお話しした、フリーアナウンサー時代に司会をしていた「新しい経営者像の会」での経験が大きいですね。例えば、京セラ株式会社の創業者である稲盛和夫さんに講師としてご登壇いただいたことがありました。お話のあとの質疑応答で、ある出席者から鋭い反対意見が出ました。司会者としては「どうやってこの場をコントロールしようかな」と悩むところです。すると当の稲盛さんはこうお答えになりました。

「ああ。おっしゃるとおり、そういう考え方もありますね」。

反対意見を、受容しちゃう。共感しちゃうのです。その瞬間、反対意見を述べた人はすっかり稲盛ファンになっちゃうんですよ。こういう話し方もあるんだなあと、学ばせていただきました。

画像: 一流の人としか組まない

JAFE発足から34年。女性管理職の変化と課題

――JAFE発足、そしてポピンズ創業から30年以上が経過し、中村さんご自身も会長という立場になった今、女性のエグゼクティブの変化をどうとらえていますか。

中村
JAFE発足当時の女性管理職は世の中からキワモノ扱いで、出世してもせいぜい部長止まりでした。でも近頃のJAFE会員には、所属企業で初の取締役になったという方や、起業家が多い。さらに、新しいスキルを身につけるために、働きながら大学院に通ったり通信教育を受けたりという女性がかなり増えました。すごくいい兆しだと思います。

ただちょっと心配なのは、最近JAFE会員に行ったアンケート調査でわかったのですが、育児休暇制度がまだ整備されていない時代に就職して管理職になった女性は、皆さん結構体調を崩されているそうなのです。それだけ無理をなさったということですよね。

バリバリ働きたいけど、育児や介護をしなきゃいけない時期には休める。そういった緩急をつけて一生働けるしくみをいち早く整えている企業こそが、女性のエグゼクティブを育成できていると思うのです。

育休制度はもちろん手厚くしなくてはいけないけれども、できれば半年くらいで仕事に復帰してほしいというのが、多くの企業の本音だと思います。中には、子どもが認可保育園に入れなくてベビーシッターを頼まざるを得ない女性社員に対しては、半年で復職してくれるならベビーシッターの費用は会社が負担するという企業も増えています。今後は、単に長期間の育休制度だけを用意するのではなく、こういった柔軟な制度を早く整えて、優秀な女性が会社を辞めないような環境をつくることが必要です。また女性側としても、育休中に資格を取得したり、勉強を続けたりするような姿勢が求められているように思います。そして、そのような上昇志向の高い働く女性たちを、我々ポピンズが支えていきたい。そのために、これからもエデュケアのクオリティを磨き続けていきたいですね。

画像: 働く女性を支える30年の保育革命
【第5回】失敗しない、2代目への引き継ぎ方

中村紀子(なかむらのりこ)

テレビ朝日アナウンサーを経て、1985年にJAFE(日本女性エグゼクティブ協会)を設立。 1987年、株式会社ポピンズホールディングスの前身・ジャフィサービス株式会社を設立。現在、同社代表取締役会長。公益社団法人全国ベビーシッター協会副会長、厚生労働省女性の活躍推進協議会委員、2017 世界女性サミット(GSW)東京大会実行委員長などを歴任。第1回日本サービス大賞厚生労働大臣賞(2016年)、日経DUALベビーシッターランキング1位(2019年)など受賞多数。

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