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前回は、センスを磨くためには、“これは”という人を「視る」という話をしましたが、現実に直接観察できる人というのは限られています。そこで僕がお勧めしたいのが、「芸」の世界に生きた人の評伝とか評論や芸論を読むということです。僕は、こういった本を読むのがものすごく好きで、振り返ってみると、これほどセンスとは何かを知るために、そして自分のセンスを磨く上で役に立った読書はないと思っているんです。

ここでいう芸とは、単に芸人といういうことではなくて、俳優や建築家なども含む広い意味での芸ですね。その人に固有の「アート」といってもよい。初めからむき出しのセンスが要求される世界で、自分の芸で生きてきた人というのは、本当に勉強になります。

芸論を読むといえば、僕が書いた『戦略読書日記』という本の最終章で芸論について取り上げています。しかもちょうど4月にちくま文庫から文庫版も出ましたので、よろしければそちらもお読みください。

芸論に限らず、これまで読んだ中で一番面白い本をひとつ挙げろという無茶な質問をされたら、僕は『古川ロッパ昭和日記』※を選びます。古川ロッパは、昭和初期の爆笑王。同時期に活躍した、同じくコメディアンの榎本健一とは「エノケン・ロッパ」と対で呼ばれ、人気を争っていました。男爵家の6男に生まれ、高等教育も受けて、もともと映画とか舞台芸術が好きだったので、30歳までは『キネマ旬報』でエンターテインメントのジャーナリストをやっていたという、生まれ育ちもものすごく恵まれた人です。

※『古川ロッパ昭和日記』:喜劇俳優古川ロッパ(1903年 - 1961年)の日記の総称。「戦前編」「戦中編」「戦後編」「晩年編」の4巻からなり、1987年晶文社から発行。

そんな人が、ちょっとしたきっかけで突然演じるほうにまわって大成功する。芸の世界に生きている人は、自分の芸を言語化することが得意ではない方が多いのですが、古川ロッパは自分で演じて大成功したうえ、芸に対しても言語的に意識している人なので、この人が書く芸論というのはもう「最高の芸論」なんですね。

古川ロッパは、いきなり座長でそのままスターになっているので、まったく下積みというものがありません。大舞台、大ホールで喜劇の主役を張る人は、本来は動きが面白くなければいけない。普通の喜劇俳優が下積み生活を経て獲得するような基礎能力が必要なのですが、それがロッパには全然ないんです。しかしこの人は、そういった自分の欠点を克服しようという努力を一切しません。ただ、ものすごく声がよくて、体も大きくてステージ映えする。さらに、企画や脚本を書いて演出することが得意だったので、自分の長所を生かしつつ、周囲の人をばんばん動かすことによって、自分が大した動きを取らなくても笑いが取れるような、そういうお芝居を作っていくんです。

こういうのを読むと、苦手なことと得意なことっていうのは完全にコインの両面で、よく親とか先生が言う苦手を克服して得意分野を伸ばしなさいっていうのは、現実にはあり得ないことなんだなっていうのがよくわかります。苦手なことを克服する努力をしても、本当の才能は開花しないということです。やっぱり単にスキルで止まる人とセンスの人っていうのは、ここが違うんだなっていう一例なんですが、そういうセンスとは何かを知る上での宝庫みたいな長い日記です。

一方で、同時代のエノケン・ロッパのエノケンは、小さい頃から下積みを経て大成したドタバタ喜劇の天才で、すべてにおいてロッパとは対照的です。言語化という意識が一切ない人で、とにかく体が動くと。この2人が永遠のライバルで、『古川ロッパ昭和日記』でもしょっちゅうエノケンへの対抗意識が出てくる。エノケンはエノケンでそうだったと思うんですが、自分とまったく違うセンスを持つ人が至近距離にいるっていうことは、ものすごい大切なんだなということも学びました。

スキルと違って、センスは見せられないし、測定できない。あなたTOEIC何点?とか、Excelのマクロできますか?という話ではないので、まず、そもそも自分のセンスが何だかわからないわけです。自分と違うセンスを持っている人がすぐ横にいて、何らかの緊張関係や対抗関係があるときに初めて気付くものではないかと思うんです。

あっさりいえば「切磋琢磨」なのですが、たとえば王と長嶋が別々のチームにいたら、どちらもあそこまでの選手にはならなかったかもしれません。ジョン・レノンとポール・マッカートニーもそうでしょう。あるいはジーン・シモンズとポール・スタンレーとか。自分と違うタイプのセンスの人から、自分自身のセンスについて学ぶことの大切さを、僕は『古川ロッパ昭和日記』から学びました。

画像: 芸と仕事-その3 「古川ロッパ昭和日記」でセンスを知る。

楠木 建
一橋大学ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『すべては「好き嫌い」から始まる』(2019、文藝春秋)、『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

「第4回:センスとの心中、それが芸。」はこちら>

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