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プロが教える、子どものための仕事体験
生涯において、天職と思える仕事に就ける人はどれだけいるのだろうか。子どものころにあの仕事の存在を知っていれば、もっと違う人生を歩んでいたかもしれない。そういった思いを一度でも抱いたことのある人は、少なくないはずだ。
そんな大人たちがこのイベントを知ったら、きっとうらやむに違いない。さまざまな仕事のプロが講師となり手取り足取り教えてくれる、子ども向けの仕事体験イベント『おしごとなりきり道場』だ。
おしごとなりきり道場は、講師1人に対し子ども12名または20名。ワークショップやロールプレイング形式で、1コマ概ね60分間の仕事体験ができる。主に首都圏のイベントホールを会場に年6、7回のペースで開催され、自主開催の場合は毎回12~15種類の仕事コーナーが用意されている。これまで提供されてきた仕事は、実に134種類(2019年1月現在)。美容師や薬剤師といった多くの人にとって身近な仕事から、アナウンサー、イラストレーター、ジュエリーデザイナー、ロボットクリエイター、時計職人、さらにはカラーセラピスト、和菓子職人、植木職人、メンタルトレーナー、野菜ソムリエなどの珍しい仕事まで、ジャンルはかなり幅広い。
企画・運営は、一般社団法人夢らくざプロジェクト(以下、夢らくざプロジェクト)。代表理事の髙田亮氏はかつて10年以上にわたり広告業界で働いてきたが、「世の中に直接アプローチできる仕事がしたい」と2011年に独立。同年、第1回のおしごとなりきり道場を都内で開催した。2014年からは、実際に大人が働く仕事場を舞台にした『おしごと弟子入り道場』も年数回のペースで開催。カーディーラーや能楽師、梅農家、左官職人などのもとに子どもたちが数時間“弟子入り”し、よりリアルな仕事体験ができるというイベントだ。
2つのイベントを手がける髙田氏は、2017年に夢らくざプロジェクトを法人化。しかし、今も実質一人で運営を続けている。7年間にわたる自身の活動を一度客観視する必要を感じていた髙田氏だったが、そこまで手が回らない日々が続いていた。そこで支援を求めたのがプロボノだった。
人事だからこそ感じた、「外の世界を見る」必要性
日立の情報通信部門は、認定NPO法人サービスグラントと協働で、2カ月間のプロボノプロジェクトを実施している。2018年秋、その支援先の1つとなったのが夢らくざプロジェクトだ。参加した5人の日立グループ社員の1人、平野健太郎は、日立のサービスプラットフォーム・プロダクツ人事部長を務めている。
「情報通信部門のなかでも、ソフトウェアを設計・開発しているエンジニアとクラウドサービスを運用するシステムエンジニアの人事を統括しています。1992年に入社して最初に配属されたのが、当時主に冷蔵庫、エアコンを製造していた栃木工場の総務部勤労課でした。以来、ずっと人事労務管理の仕事をしてきました。グループ会社や本社での勤務を経て、2015年から情報通信部門を担当しています」
人事畑で27年に及ぶキャリアを積んできた平野。このタイミングでプロボノに参加したわけとは何か。
「日立にはいくつもの事業部門がありますが、これからのITはそのいずれにも深く関わっていく必要があります。一昔前は設計・開発に専念すればよかったエンジニアでも、これからは自らお客さまのもとに足を運んで、ニーズを引き出さなくてはいけません。ですから社員には、『もっと他の事業部門とつながりましょう』『もっと会社の外に目を向けましょう』とよく言っています。
では、わたし自身はどうなのか? 人事の仕事というのは、社内の人間が相手ですから。会社の外の世界を見る機会がどうしても少ない。普段やっている仕事とは違う何かを自分でも実践してみないと、社員に何も語れないじゃないか。そう考えて、プロボノの社内募集に手を挙げました」
そして、いくつかあった支援先候補のなかから平野が希望したのが、夢らくざプロジェクトだった。その理由は単純明快。「子どもが好きだから」だ。
「実は入社したての頃、通信教育で保育士試験の勉強もしていました。結局、本業が忙しかったので途中で断念しましたけど。今でも、いずれ子どもと関われる仕事やボランティアをやってみたい気持ちがあります。ですから、夢らくざプロジェクトの活動を知ったときに(これだ!)と思いました」
7年間の活動の価値を、可視化する
夢らくざプロジェクトの髙田氏とプロボノメンバー5人が顔を合わせたのは10月初旬。この日、都内にある日立のオフィスでキックオフミーティングが行われた。5人は同じ日立グループとはいえ、それぞれ所属も事業所も異なる。職種も資材調達、営業事務、広報、人財育成とバラバラだった。
「同じ日立グループなので、調べようと思えば所属も役職もわかるのですが、敢えて調べませんでした。それに、メンバーのみんなとも『プロボノは役職関係なく意見を言い合える場にしよう』という考えで一致したので。初めからお互いをニックネームで呼び合っていました」
和気あいあいと始まったミーティング。そこで髙田氏がメンバーに依頼したのは、次のような内容だった。
「髙田さんの悩みは、『7年間の活動の振り返りができていない』ことでした。イベントに参加した子どもにどんな変化が起きたのか、将来の職業選択にどう役立っているのかを検証したことがなかった。そのお手伝いをさせていただくのが、わたしたちに与えられたミッションでした」
2011年に開催された最初のおしごとなりきり道場の参加者が仮に当時小学校6年生だったとして、プロボノが実施された2018年時点でせいぜい19歳。おそらくその大部分がまだ、仕事に就いていないはずだ。そこで平野たちが提案したのは、過去に参加した子どもたちの保護者にアンケート調査を行い、これまでの活動の価値を可視化するというものだ。
「例えば、家事をよく手伝うようになったとか、体験した仕事についてよく調べるようになったとか、そういった小さな変化があったかどうかをまずはつかみましょう、と。それから、この7年間でリピーターの参加者が増えたかどうか。他の団体が提供している子ども向けの仕事体験サービスとは何が違うのか。そういうことを明らかにしていきましょう、とアンケートの方向性を決めました」
10月中旬の調査実施をめざし、平野たちは具体的な質問項目の作成に取りかかった。
イベント会場で実感した、夢らくざプロジェクトの活動の意義
キックオフの翌週の日曜日。平野たちは、髙田氏の活動をその目に焼き付けることになる。都内で開催されたイベント『おしごとなりきり道場inすみだ』に同行するチャンスを得たのだ。
「この日は小学生向けの1回60分・定員12名の仕事体験が15種類、未就学児向けの仕事体験が2種類でした。それぞれ複数回あったのですが、ほとんどの回が満員で、キャンセル待ちが出たほどでした。参加した子どもの数は延べ400人近かったそうです。イベントの開催案内は過去の参加者へのメールや会場近隣の小学校へのビラ配布ですが、ここまでたくさん集まるものかと驚きました。
わたしは調査の一環で保護者の皆さんにヒアリングを行い、他のメンバーはボランティアスタッフを務めました。実際にイベントを目にして、俄然モチベーションが上がりましたよね。髙田さんの活動が世の中から求められているということを、メンバー全員が実感しました」
平野がヒアリングした保護者約10人の肉声が、その実感を裏づけている。
「他の仕事体験サービスにはない『おしごとなりきり道場のよさとは何ですか?』という質問に対して、一番多かった答えは『その仕事のプロが講師になって、エンターテインメントとしてではなく仕事そのものを教えてくれること』。つまり、本格的な仕事体験ができることでした。しかも、どの仕事も1回500円で体験できるので『お値打ちだ』という声もありましたね」
ヒアリングでは、人事という仕事柄、平野が普段使っているスキルが図らずも活かされたと言う。
「相手の本音を引き出すこと、でしょうか。社内ではいつも、社員と面談をしたり、困りごとを聞いたりすることが多い役割なので。他のメンバーも、それぞれ本業のスキルを発揮していたはずです。例えば、アンケート調査の手法について非常に詳しいメンバーがいました。あとで知ったのですが、彼は人財育成の仕事をしていて、社員研修のあとによくアンケートを行っているそうです。もともとお互いの部署も役職も知らずにスタートしましたけど、だんだん、メンバーが普段どんな仕事をしているかわかってくる。面白いですよね」
アンケート調査は、予定どおり10月中旬から2週間にわたって行われた。メンバーのモチベーションも高く、順調な滑り出しに見えた平野たちのプロボノ。しかし、肝腎の調査結果が彼らを悩ますことになる。
平野健太郎(ひらのけんたろう)
愛知県出身。1992年、株式会社日立製作所に入社し冷熱事業部(現・日立アプライアンス株式会社)に配属。以来、各事業所の人事労務管理を担当。日立オムロンターミナルソリューションズ株式会社 人事総務部 勤労課 課長、日立製作所 労政人事部 部長代理などを経て、2018年、システム&サービスビジネス統括本部 人事総務本部 サービスプラットフォーム・プロダクツ人事部 部長に就任。2018年10月から2カ月間、一般社団法人夢らくざプロジェクトでのプロボノプロジェクトに参加した。
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