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優れたチームとは何か。その1で言ったように、チームで仕事をすることが苦手な僕でもそこで仕事をしたいと思うようなチームだと思うんです。この僕ですら入りたくなるチーム。一般的な特徴を列挙してもなかなか伝わらないので、僕の考える優れたチームの条件が全部詰まっている例はないのかを考えました。
『大脱走』(原題:The Great Escape)という映画のチーム、これが僕が考える最高のチームです。1963年の名画中の名画。ジョン・スタージェス監督による、戦闘シーンのない異色の戦争映画で、これがもう本当によくできているんですね。ご覧になっていない人は、絶対に面白いのでぜひ観てください。
『大脱走』は、第二次世界大戦の連合国とドイツの戦争の話です。戦場を描いた戦争映画はいっぱいありますが、これは捕虜収容所の話。連合国のいろいろな兵隊がドイツ軍の捕虜にされていて、ドイツ軍の中でもっとも脱走できないように厳重に造られている捕虜収容所から、この捕虜たちが脱走計画を作って、実行して逃げ出す。これが『大脱走』のプロットなのですが、この脱走チームというのがものすごくいいチームだと僕は思うんです。
どういうことかというと、まず、目的が明確に共有されている。脱走するという極めて明確な目的があり、しかもその目的は、チームのメンバーにとって等しく重要な意義を持っています。自分の生死に関わることですから。ま、これは仕事が捕虜収容所からの脱走なので、プロットからして所与の条件です。
『大脱走』には、すごいリーダーが1人出てきます。「ビッグX」と呼ばれている、250人の集団脱走の計画立案をするリーダーです。これが、もう筋金入りの軍人で、ものすごい構想力があって、リーダーシップを持ってその戦略を立てる。ポイントは、「強いリーダーが1人いる」ということ。戦略の実行は全員が力を合わせてやるわけですが、大きな構想に基づいた戦略はあくまでもトップダウンで行われるものです。
実際にリーダーの立てた戦略を実行する段になると、多種多様なメンバーが活躍します。具体的にいうと、脱走という大きなプロジェクトを実行するために、24時間監視されてる中で、脱走計画に必要な資材をうまいことちょろまかしてくる「調達屋」。トンネルに空気を送り込む装置を器用に作る「製造屋」。収容所で調達できる素材だけでいろいろなタイプの服を作ってしまう「仕立て屋」。身分証明書の偽物を作るのが得意な「偽装屋」。あと、「トンネルキング」と呼ばれている、すごい我慢強くて、体が強いトンネル堀り。
ここでポイントは、あらかじめこういう役割別に組織ができているのではなかったということ。そこにたまたまいた人たちが、目標に向けて戦略を遂行するときに、自由闊達に自分の得意技を繰り出し、その結果として実に効果的で効率的な役割分担が生まれる。この自生的な分業というのが優れたチームのひとつの条件だと僕は思います。
しかも、連合軍なんで、オーストラリア人もいれば、アメリカ人、イギリス人もいる。「得意な能力が多様」なだけではなく、「バックグラウンドも多様」で、もういろんな人たちの寄せ集めです。特に象徴的なのが、スティーブ・マックイーンが演じるバージル・ヒルズという、単独行動を好む一匹狼のアメリカ兵です。
脱出が現実的になってくると、リーダーのビッグXは、収容所の外の状況を知りたいと考えます。それがよくわかってないと、脱出してトンネルから出た後の作戦が立てられないからです。そのためには、一人が一度脱走して外に出て、わざと捕まって戻ってくるというプロセスが必要になります。考えてみれば、ものすごい自己犠牲。誰もそんなことやりたくない。それを、唯一の相棒の死をきっかけに「俺がやる」というのが、それまで一匹狼で言うことを聞かなかったこのバージル・ヒルズです。こうして彼もチームに加わり、役割を果たすこととなる。
このようにそれぞれが自分の個を立てて、「脱走」というひとつの目的に向かって仕事を一緒にする中で、お互いの能力に対する尊敬が生まれて、結果的にみんなが仲良くなり、一体になっていく。これが本当にいいチームだと思うんです。
裏を返せば、優れたチームというのは、お互いに頼りにされるという関係で成り立っています。チームワークで一番大切なのは「人から頼りにされる」ということ。仕事ができるとは、ようするにそういうことです。チームの中で頼りにされる人間になろうということは、あらゆるビジネスに関わる人にとって、すごく健全な目標設定です。
最後の論点として、「終わりがある」というのが僕の考える良いチームです。組織というのは長く続いていくものですが、チームには終わりがある。いいチームほど、目的を達成するとあっさりと解散する。そして引きずらない。これは脱走計画なんで、脱走した後はそれぞれの運命が待ち受けている。後は個人で何とかしろ、という世界です。当初の脱走するという目的が達成できた時点で、ミッション・コンプリート。「はい、タスク終了」で、それぞれが次の仕事に向かっていくっていう、こういうのが、僕はいいチームじゃないかなと思います。
「目的が明確に共有されていること」「優れたリーダーが、トップダウンで計画を遂行すること」「個のエッジが効いていること」「多様性があること」「分業が自然発生的に湧き上がること」「相互に頼りにされること」「終わりがあること」
「大脱走」には、優れたチームの条件がすべて入っていると思います。
楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了(1992)。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。
著書に『「好き嫌い」と才能』(2016、東洋経済新報社)、『好きなようにしてください:たった一つの「仕事」の原則』(2016、ダイヤモンド社)、『「好き嫌い」と経営』(2014、東洋経済新報社)、『戦略読書日記』(2013、プレジデント社)、『経営センスの論理』(2013、新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
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日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
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明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
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