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1990年生まれの工藤氏は、いわゆるデジタル・ネイティブ世代。ビジネスアイデアをかたちにする上で、ITを活用するのは何ら特別なことではなかった。荷物の一時預かりという、限りなく「アナログ」に見える業態にも、当たり前のようにデジタル技術を適用し、潜在的な社会課題を解決するサービスへと進化させた。後編では、工藤氏の生い立ちや半生を振り返りながら、ecbo cloakが生まれた背景や、この先めざすサービスのあり方などについて聞いた。

『前編:急成長する「荷物預かりシェアリング」』はこちら>

商売の原体験は小学校3年の時

「サイロー」。小さい頃、工藤氏は親戚の間でそう呼ばれていた。出身はマカオ。父親が香港、母親が上海の出身で、両親とも経営者として商売をしていた。「サイロー」は広東語で「末っ子」という意味だ。

中国では、企業に勤めるよりも自ら商売を立ち上げることを良しとする風土がある。実際、工藤氏の祖父母も、親戚の男性陣の多くも、何らかのかたちで事業に携わっていたという。ちなみにサイローをひっくり返して「ローサイ」にすると、「社長」という意味になる。幼い頃から、「お前はひっくり返すと社長だな」といわれて育ったせいもあり、起業は小さな頃から現実的な選択肢として身近にあった。

そんな工藤氏が日本に来たのは小学校1年の時。当時の、経営者になる原体験のような出来事は、今も工藤氏の記憶にははっきり残っているという。

画像: 商売の原体験は小学校3年の時

「日本で大流行していた1枚10円のカードゲームがあったんですが、中国ではそのカードが1枚100円で売られていました。その価格差に気付き、必ず儲けられるからと父親を説得して、1万円借りたのが小3の夏休み。早速、日本でカードを仕入れて中国で売ると、合計14万円になったんです。父親に1万円返しても13万円のプラスですよね。ニーズのある場所に、求められているものを提供すれば売れるんだということを、幼心に実感しました」

「ここで働かなくちゃ」と直感したUber

利ザヤで稼ぐ――。この最もシンプルな商売の原則に触れて以降、工藤少年は常にどこかしら商売の視点を持って、ものごとを見るようになったという。中学、高校、大学と進みながら、「何が求められているのか」「何が売れるのか」ということを考え、アイデアをノートに書き留め続けていった。

最初は、カードと同様の流れでスマートフォンのケースやバッテリーなどの売買を試みたが、次第に考え方が変わる。具体的には、既に世の中にあるものではなく、潜在的なニーズを掘り起こして、そこに新たな価値や利便性を提供したいと考えるようになっていった。そうして大学時代、出会ったのがUberだ。知人から話を聞いた工藤氏は、「これだ」と直感する。

「まだ人が気付いていないニーズに応えるビジネスモデルがあると感じ、これは成功しないはずがないという印象を強く受けました。自分はここで働かなくちゃいけないと強く感じ、社長と2名の社員でスタートしたばかりのUber Japanに頼み込んで、インターンとして働かせてもらいました」

Uberで学んだ最大のことはスピード感の大切さだった。立てた目標を達成するたび、記念のバナーを作ったりパーティを開いたりしていたが、ある時追いつかなくなりどちらも止めてしまったというから、そのスピードは推して知るべしである。工藤氏も、「世界トップクラスの優秀な人材と働き、急成長する組織を内側で体験できたことは本当に貴重だった」と振り返る。世の中にまだ存在しないプラットフォームをゼロからつくる過程に携われたことが、大きくecbo cloak立ち上げの際の糧となった。

「20代半ばで挑戦しなくてどうする」

ところが、やりがいも刺激も大きかったUberを、工藤氏は24歳で退社する。アメリカをはじめ海外での急展開を見れば、日本での成功を予想するのは難しくない。なぜ、そこから飛び出すという選択をしたのか。

画像: 「20代半ばで挑戦しなくてどうする」

「組織として達成すべきミッションは明確で、道筋も見えていました。でも、だからこそ、その後の数年間、自分の20代のすべてを使って得られるスキルセットがどのようなものかも、ある程度見えてしまった。その過程でつくり出されるのは、あくまでも『Uberの工藤慎一』。その看板を取ったら何も残らないのは、少し怖い気がしたんです」

「20代半ばで安定を求めても意味がない」「不安もある」「それでも、リスクは高くてもリターンも大きい状況に自分を置きたい」――。さまざまな思いが去来するなか、根幹にあったのは、幼い頃からの起業スピリットだった。やるなら、今だ。全力でやってみて、もし結果が出なかったらそこでまた考えればいい。そして工藤氏は、起業の道を選んだ。

大手と次々協業するecbo cloakの可能性

こうして工藤氏率いるecboは、ecbo storageを経てecbo cloakをリリース。前述したように、サービスイン以来、「利便性」「安全・安心」「付加価値」という3つの強みによって急速な成長を遂げている。

画像: 工藤氏とecboのメンバー

工藤氏とecboのメンバー

また、この成長を支えるもう1つの要因として見落とせないのが、同社が推進してきた外部企業との提携・協業だ。特に大企業と積極的に手を組むことで、ベンチャー企業のサービスが得るには時間も手間もかかる「社会的な信頼」を早い段階に手にできたことは大きいだろう。

事例を挙げると、1つは東京海上日動火災保険との協業による、荷物に関する独自の保険サービス開発がある。また2017年10月にはJR東日本、2018年3月にはJR西日本との業務提携を開始し、駅ナカなどでの荷物一時預かりもスタート。さらに百貨店の丸井ともコラボレーションを行い、上野マルイ2階の「UENO Information Center」でecbo cloakのサービスを始めている。

加えて、なかでもインパクトの大きさを予見させるのが、日本郵便(JP)との連携による郵便局での荷物一時預かりだ。これは、JPとしても初となるオープンイノベーションプログラム「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」にecboが採択され(※)、共創案件として取り組んだ成果。現在まで、東京・神奈川の計31局で荷物一時預かりをスタートしている。このまま取り組みが順調に広がり、仮に全国2万4000に上る郵便局でサービスが開始されれば、まぎれもなく日本の新しいインフラとして、大きな利便性をもたらすサービスとなるだろう。

※「POST LOGITECH INNOVATION PROGRAM」は、斬新なアイデアやノウハウを持つスタートアップ企業と共創することで、「これからの時代に応じた郵便・物流を提供し、社会をより豊かに」の実現をめざすもの。ecboは募集テーマ3「郵便・物流のリソースを活用した既存分野に留まらない新サービスなど」の分野で採択された

もちろん、創業間もないベンチャー企業が、こうした大企業/組織とタッグを組むことは簡単なことではない。その点ecboの場合は、前提として、2020年に向けて観光インフラを整えるという国の方針があり、ecbo cloakがその一助になると判断されたことが大きな後押しになったという。

「あとは当然、我々と、提携先企業の要望がマッチしなければコラボレーションは実現できません。例えばJR西日本さまの場合、利用者数よりも圧倒的に少ないコインロッカーに対するお困りの声は多かったそうで、その解決策を常に模索していました。またJPさまの場合は、日本最多の拠点数を持つ企業として、そのネットワークを有効活用することがビジネスの最重要ミッションの1つ。そうした課題感と、サービス拠点を増やしたいecboのニーズが合致し、お互いにハッピーな協業が実現できていると考えています」

画像: JR東日本とのコラボレーション

JR東日本とのコラボレーション

さらにecbo cloakは、商店街などとのコラボレーションも進めることで、地域おこしにも一役買っている。愛媛県のある商店街では、商店会の加入店舗に荷物預かり所となってもらうことで、観光客向けはもちろん、毎日買い物に訪れる地元住民にも、“ちょっとした便利”を提供している。現在は都市部が中心だが、今後は地方での取り組みも増やしながら、ecbo cloakを暮らしのインフラに育てていく計画だという。

大事なのは、論理的思考とパッションのバランス

この先、さらに拡大するecboのビジネスを率いていく上で、工藤氏はどんなことを大事にしていくのか。そう聞くと、少し悩んだあとに返ってきた答えは「論理的思考とパッション(情熱)のバランス」だった。

論理的にビジネスモデルを構築し、マネジメントに向き合いながら、一方では「このサービスで社会を変える」という情熱を燃やし続けること。大企業相手のプレゼンでも、論理的な自分と、志に燃える自分という、両面のバランスがとれた経営者であることを意識するそうだ。

「情熱で型にはまらないアイデアを生み出し、論理的思考でビジネスモデルに着地させる。こうしたプロセスを繰り返しながら、サービスの強化や改善を行っていければ良いと思います」と工藤氏。実際、既に新しいサービスの構想もある。例えば、預けるだけでなく、配送の仕組みとも連携させながら、人の移動を追うように荷物も移動していくといった仕組みがその1つだ。これが実現すれば、都市部で荷物を預けたまま地方に出かけても、スマホで操作するだけで荷物を取り寄せられるようになる。

「技術の進化は日進月歩なので、これからも新しい可能性はどんどん広がっていくはずです。最終的には『モノの持ち運び』ということから人々を自由にするようなサービスへと、ecbo cloakを進化させていけたらいいなと思います」

現在の目標は、「2025年までに世界500都市でecbo cloakを展開すること」。実現する可能性は、十分にあるだろう。

画像: 工藤慎一 1990年にマカオで生まれ、小学校から日本で暮らす。日本大学経済学部卒。在学中からUber Japan株式会社でインターンを経験、さまざまなサービスのローンチや実証実験などに携わる。2015年6月、ecbo株式会社を設立し、オンデマンド収納サービス「ecbo storage」をβ版運営開始。2017年1月に荷物一時預かりシェアリングサービス「ecbo cloak」を立ち上げる。

工藤慎一
1990年にマカオで生まれ、小学校から日本で暮らす。日本大学経済学部卒。在学中からUber Japan株式会社でインターンを経験、さまざまなサービスのローンチや実証実験などに携わる。2015年6月、ecbo株式会社を設立し、オンデマンド収納サービス「ecbo storage」をβ版運営開始。2017年1月に荷物一時預かりシェアリングサービス「ecbo cloak」を立ち上げる。

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