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先進の産廃処理技術で国内外から注目される、石坂産業株式会社。同社には、産廃処理業だけでなく、里山管理にも取り組んでいるという一面がある。2014年には環境教育フィールド「三富今昔村(さんとめこんじゃくむら)」を開業し、環境教育をもうひとつの事業の柱に育てようとしている。産廃処理会社が環境教育を行う意義とは何か。そこには、日本人の教育に対する石坂氏の並々ならぬ思いがあった。

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産廃処理と森はつながっている

――2014年、御社は環境教育フィールド「三富今昔村(さんとめこんじゃくむら)」を開業しました。どういった“フィールド”なのでしょうか。

石坂
弊社の周辺には、東京ドーム4個分の面積を持つ里山が広がっています。その里山をまるごと環境教育の学校に見立てて、植物や野鳥の観察、弊社が運営する農園「石坂ファーム」での食農育体験、そして産廃処理プラントの見学などを通じて、「自然と共生する暮らしとは何か」を学んでいただく空間です。専門のガイドスタッフが常駐して、予約制の体験コースを年間50プログラム以上用意しています。

画像: 三富今昔村の中に広がる「くぬぎの森」

三富今昔村の中に広がる「くぬぎの森」

――もともと、始まりはどういった経緯だったのですか。

石坂
この里山は、もともと農業のための森として近隣の農家さんに使われていました。農家の方が定期的に木を伐採し、新しい木を植えて、間伐や下草刈りをして森を育てる。そして、毎年秋になると落ち葉を集めて“落ち葉堆肥”に作り変え、次の年、畑に肥料としてまく…といった循環農法を行っていました。ところが、時代が変わってそういう農業をなさる農家が少なくなり、結果として里山は荒廃しました。下草がほったらかしになることでやぶ蚊が増え、新たに常緑樹が入り込み、鬱蒼とした森に変わってしまった。そして、不法投棄が繰り返される場所になってしまったのです。

それらのごみをわたしたちがボランティアで片づけるようになったのですが、それでも不法投棄は繰り返されました。ところが地権者の皆さんはご高齢で、森の管理はもうできない。「石坂が管理してくれるのなら、任せるよ」と皆さんおっしゃってくださったので、わたしたちが里山を借り受け、森の管理をさせていただくことになりました。それが、三富今昔村の始まりです。近隣の農家さんがやらなくなった落ち葉堆肥もわたしたちが復活させ、かつて行われていた循環農法で地元の伝統野菜の栽培を始めました。さらに今、村内で採れた農作物の6次産業化にも取り組んでいます。

画像: 石坂産業のシンボルフラワー、「やまゆり」。毎年7月頃には、約2300株が一斉に咲き誇る。

石坂産業のシンボルフラワー、「やまゆり」。毎年7月頃には、約2300株が一斉に咲き誇る。

落ち葉を肥料に再生させて農業に使う。これって、産廃処理ビジネスにも通じるものがあると思うのです。これまで埋めるしかなかったようなごみを、再生させる。それが当たり前の世の中になるためには、わたしたちのような産廃処理会社だけの努力では足りません。ものを作る人、ものを使う人の意識改革が必要なのです。でも、それを世の中に伝えるには、わたしたちの本業である産廃処理ビジネスだけでは不十分です。

なぜ森を守らないといけないのか。なぜ生物多様性が大切なのか。地球温暖化でどんなことが起きるのか。そういったことを三富今昔村の自然を通じて子どもたちに考えてもらい、最終的には「産廃処理と森はつながっているんだよ」ということを、伝えていきたいのです。

日本は環境教育の後進国

――三富今昔村という名称の由来は何ですか。

「三富(さんとめ)」は、弊社がある埼玉県三芳町(みよしまち)の上富(かみとめ)、そして隣接する所沢市の中富(なかとみ)、下富(しもとみ)の3つの地域の総称で、川越藩主だった柳沢吉保公が「富める村になるように」と命名なさったことから借用しました。そして、歴史ある里山を現在の技術で活かすという意味を込め、「三富今昔村」と名づけました。

すでにいくつかのメディアで取り上げていただきましたが、わたしたちは1999年に所沢で起きたダイオキシン汚染問題でバッシングを受け、「この土地から出ていけ」と言われていた過去があります。その頃、ある農家の方から「産廃処理と農業は共生できない」と言われたことがありました。

そこでわたしは思いました。それでも、廃棄物は生まれ続ける。誰かが処理しなければならない。だから、わたしたちの業界は世の中に必要なんだ、と。環境問題は、みんなで考えていかなければいけません。三富今昔村は、そのための環境教育のフィールドなのです。

画像: 三富今昔村の敷地内には、自然だけでなく神社やカフェも。近隣住民にとっての憩いの場にもなっている。

三富今昔村の敷地内には、自然だけでなく神社やカフェも。近隣住民にとっての憩いの場にもなっている。

――三富今昔村をつくるにあたって、何かモデルにした事例はありますか。

石坂
実際に見学させていただいたのは、インドネシアのバリ島にある「グリーンスクール」。ジャングルの中にあるこの学校では、世界中から集まった幼稚園児から高校生までが、自然に囲まれた生活を通じて環境教育を受けています。それと、ヨーロッパで環境教育の最先端を行くと言われている、イギリスのCAT(Centre for Alternative Technology)にもお邪魔しました。そのとき、「日本の環境教育ってすごく遅れてるんだな」と痛感しました。

CATは、イギリス南西部の田舎町にある環境エネルギーの研究機関です。ヨーロッパの各地から、夏休みを利用して学生が集まり、インターンシップのような形で講義を受けるのです。それが、所属する大学の単位として認められるというしくみになっています。日本にはなかなか無いしくみですよね。弊社ではそれを参考にして、三富今昔村で大学生が環境について学び、それが単位として認められるよう大学と提携しています。

もうひとつの事業の柱としての、環境教育

――三富今昔村を開業して4年経ちましたが、ビジネスとしては成り立っているのですか。

石坂
今はまだ、本業である産廃処理で得た利益によって成り立っている段階です。なにしろ、維持管理だけで年間数千万円かかります。それでも最近は、希少種である日本みつばちから採ったはちみつなどの物販や村内での飲食による売上が伸びています。環境教育だけでどうやって利益を得られるかはこれからの弊社にとって非常に重要な課題です。試行錯誤しながら、大事に事業を育てていきたいと思っています。

――環境教育に取り組むことで、日本社会にどんな影響を与えていきたいですか。

石坂
今、世界全体が持続可能な社会をつくろうという潮流のなかで、日本でも5年前に環境教育等促進法という法律までつくられました。その「体験の機会の場」として、弊社は埼玉県内で唯一認定されました。この「体験の機会の場」ですが、世界的には持続可能な開発のための教育(ESD:Education for Sustainable Development)の重要性が叫ばれているにもかかわらず、日本では15件しか認定されていません。ところが海外では、環境教育を専門的に行っている学校に、年間数百万円という学費を払って通わせる親御さんもいるのが実態です。

日本にはいまだに学力偏差値重視の価値観が根強く残っています。偏差値が高い学校を出たからと言って、的確な判断で社会を支えられる、人間力のある人材になれるとは限りませんよね。そういった能力は幼いころから育まれるもので、環境教育こそ、その力を高めることができる教育方法だと世界では言われています。

画像: もうひとつの事業の柱としての、環境教育

先日、ユダヤ人の方と食事をする機会がありました。そこで聞いたのですが、ユダヤ人の学校の教科書には、正解の無い教科書があるらしいのです。要は、生徒に考えさせて、議論させるわけです。すごく面白いですよね。そういった教育が、将来大人になってからの発想力につながっていくのだ、と思いました。

よく三富今昔村に遊びにいらっしゃる親子の話なのですが、2歳のお子さんが頻繁にここへ来たがるそうなんです。去年の夏は連日の猛暑日でしたが、それでもよくいらしていました。お母さんは暑いのが苦手なので、本当は来たくない。「でも、子どもがここじゃないと嫌だって言うの」ということで、何回もリピートしてくださっている。それってつまり、お子さんが三富今昔村に身を置くことで何かを感じ取っているということだと思うのです。おそらく、そういった積み重ねが発想力を豊かにし、社会に出たときに新しい価値を生み出せる人になっていくのではないでしょうか。

――石坂さんご自身にとって、自然はもともと身近な存在だったのですか。

石坂
身近でしたね。小学生の頃に練馬に住んでいたのですが、家の周りにはキャベツ畑がいっぱいあって、春になるとモンシロチョウをよく追いかけていました。そして、タンポポやレンギョウの花がたくさん咲いていましたね。わたしは鍵っ子でしたが、家の中にいるよりも野原で一人で遊ぶのが大好きな子どもでした。小学校の卒業文集に、「一番好きな花はシロツメクサ」って書いたのを憶えています。地味ですよね(笑)。

短冊に書かれていた、意外な願いごと

――地元の人たちにとっての三富今昔村はどんな存在なのですか。日常的に、気軽に活用できる場なのでしょうか。

石坂
三富今昔村の玄関口にあたる施設「くぬぎの森 交流プラザ」で500円の“入村料”(学生を除く大人の方のみ)をいただければ、どなたでも村内に入れます。この入村料は、森の保全活動費への寄付として活用させていただいています。そういった利用者だけでも、土曜日はいつも200~300人、多いときは600~700人お見えになって、村内のカフェでお茶をしたり、子ども連れでアスレチックを楽しんだりしていますから、気軽に遊べる場になっているんじゃないかなと思います。

画像1: 短冊に書かれていた、意外な願いごと

三富今昔村には、だいたい3世代でご家族が遊びにいらっしゃいます。おばあちゃんがお孫さんと散策しながら、昔ここに咲いていた花の話や昆虫の話をされているのを見かけると、ここを維持管理してよかったなと思います。

以前、七夕のイベントを開催したときにこんなことがありました。参加してくれたお子さんたちに、短冊に願いごとを書いてもらったのです。そのなかに、こう書かれた短冊がありました。

「将来この場所が無くなりませんように」。

ある社員がそれを見つけて、喜んでわたしに写真を送ってきたのです。わたしもうれしかったですね。今、自分たちが維持管理しているこの森が、子どもたちにとって将来思い出の場所になりうるってことですから。同時にそれは、わたしたちにとっての未来のお客さまづくりでもあるのです。

画像2: 短冊に書かれていた、意外な願いごと

三富今昔村に遊びに来た大学生に、「卒業したら働かせてください」って言われたこともあります。わたしたちの活動を見て、そう感じてくれる。言ってみれば、将来の社員をコストをかけずに募集できているような状態ですよね。そういった見えないメリットが、環境教育事業をすることでたくさん出てきます。例えば、地域からの信頼が得られて、子どもたちのファンが増えて、地域の学校関係者とのつながりもできる。わたしたちのビジネスは地産地消ですから、地域性に強みが持てるってすごく重要なことです。

そして何より、子どもが見学に来ることで社員一人ひとりの意識がまったく変わります。例えば、社員の娘さんが学校の遠足で見学に来る、なんてこともあるわけです。すると、親子の会話に仕事の話題が加わる。これって大きいことだと思います。

今、弊社には170名以上の社員がいますが、親子で勤めている社員、夫婦で働いてくれている社員がいっぱいいます。特に、自分の子どもを同じ職場で働かせるには相当の覚悟が要ると思うのです。だから、本当にありがたい。16年前に社長になったとき、わたしは「親子で働きたいと思える会社をつくりたい」と思ったんです。今、そのフェーズになりつつあるのかなと思います。

画像: 石坂典子 1972年、東京都生まれ。父・石坂好男氏が創業した産廃中間処理会社、石坂産業株式会社(埼玉県三芳町)に1992年入社。2002年、取締役社長に就任。2013年から代表取締役を務める。2014年、同社が管理する里山に環境教育フィールド「三富今昔村」を開業。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 情熱経営者賞」(日経WOMAN)など受賞多数。著書に『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』(ダイヤモンド社,2014年)、『五感経営―産廃会社の娘、逆転を語る』(日経BP社,2016年)、『どんなマイナスもプラスにできる未来教室』(PHP研究所,2017年)。

石坂典子
1972年、東京都生まれ。父・石坂好男氏が創業した産廃中間処理会社、石坂産業株式会社(埼玉県三芳町)に1992年入社。2002年、取締役社長に就任。2013年から代表取締役を務める。2014年、同社が管理する里山に環境教育フィールド「三富今昔村」を開業。「ウーマン・オブ・ザ・イヤー2016 情熱経営者賞」(日経WOMAN)など受賞多数。著書に『絶体絶命でも世界一愛される会社に変える!』(ダイヤモンド社,2014年)、『五感経営―産廃会社の娘、逆転を語る』(日経BP社,2016年)、『どんなマイナスもプラスにできる未来教室』(PHP研究所,2017年)。

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

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