グローバル化を背景にCSR活動を積極的に推進
――御社は、イノベーション創出力をはじめ、環境保全の取り組みや途上国での医薬・医療の支援など、さまざまなCSR活動が評価され、「世界で最も持続可能な100社『Global100』」に3年連続で選出されました。いつからこのようなCSR活動を始められたのでしょうか?
圭室
最初の取り組みはCSR元年とされる2003年に遡ります。当時、会長だった武田國男が経団連の社会貢献推進委員会の委員長を務めていたこともあり、当社でもCSR活動を進めようと、副社長を委員長に据えた委員会を設置し、私が事務局を任されて取り組むことになりました。
ところが、委員会を3回開いたところでネタ切れとなり、立ち消えになってしまったのです。当時はまだ、「CSRをやったとして、結局いくら儲かるの?」という議論になりがちでした。委員会というかたちにこだわったことも続かなかった理由です。
――そのような状況から、どのようにしてCSRの取り組みが評価される企業へと変わったのでしょうか?
圭室
2006年頃から事業の選択と集中を進め、M&Aなどを経て、ここ5〜6年で一気にグローバル化を進めてきたことが背景にあります。当社の取締役や各機能を統括するタケダ・エグゼクティブ・チーム(TET)の顔ぶれを見ていただければおわかりのように、現在、代表取締役社長CEOのクリストフ・ウェバーを筆頭に外国人が多数を占めています。TETでは、日本人はわずか3名しかいません。
グローバル製薬会社として成長していくためには、グローバルな共通認識である、持続可能な社会へ向けた継続的な価値創造が不可欠であるという考えから、こうしたガバナンス体制の変化も契機として、グローバルヘルスに関するプロジェクトなど、さまざまなCSR活動をトップダウンで積極的かつ迅速に推進してきました。それが、現在のような社会的な評価につながっているのだと思います。
「タケダイズム」と4つの重要事項でSDGsを強力に推進する
――グローバル化を進める中で意識的にCSRおよびSDGsへの取り組みを強化されてきた、ということでしょうか。
圭室
そもそも当社では「優れた医薬品の創出を通じて人々の健康と医療の未来に貢献する」というミッションを掲げており、企業理念・企業活動そのものがCSRやSDGsと馴染みやすいということはあると思います。
また、1781年の創業以来、大切に培ってきた価値観であるタケダイズムを行動指針とし、「誠実」「公正」「正直」「不屈」を、全ての行動のよりどころとしています。
さらに、4つの重要事項である、①「患者さん中心(Patient)」、②「社会との信頼関係構築(Trust with Society)」、③「レピュテーションの向上(Reputation)」、④「事業の発展(Business)」を、その優先順位に従って考えることで、ビジョンを実現していきます。
つまり、まずは何をおいても「患者さんへの貢献が第一である」ということなんですね。これは2016年に、持続的成長に向けてめざすべき当社の未来の姿として打ち出した「ビジョン2025」の中にもしっかりと明記しています。
実は、この「Patient」から始まる4つの重要事項は、2015年にCEOに就任したクリストフ・ウェバーがタケダイズムに強く共感し、自らの言葉として付け加えた行動指針なのです。CEOはフランス人ですが、日本の文化や歴史に敬意を抱いているとつねづね語っているように、どこか日本人の気質と相通じる部分があるのかもしれません。
患者さん第一という考え方は、私をはじめ、古くから当社にいる従業員にとっても大変共感できるものでした。CEOの就任から3年を経て、この4つの重要事項はタケダイズムとともに、すでに我々従業員の血肉となっていると感じます。
SDGs以降、ビジネスとCSR活動のベクトルが同じに
――SDGsが採択されて、何か変化があったのでしょうか?
圭室
SDGs以前、つまりMDGs※までは、企業の事業活動と、CSR活動やフィランソロピー活動(社会貢献活動、公益活動、寄付)など事業以外の分野では、それぞれ向いている方向が別々と感じていました。ところが、SDGs以降、企業も顧客も社会の一部であることが明確になり、両者が同じ方向を向くようになった、と考えています。これにより、包括的な視点で企業価値を創造し、社会課題の解決を通じてビジネスを展開するというアプローチへと、大きく変わってきたと実感しています。
とくに、「あらゆる年齢のすべての人々の健康的な生活を確保し、福祉を推進する(すべての人に健康と福祉を)」というSDGsの目標3は、人々の健康と医療の未来に貢献するという当社の事業活動そのものに合致するものであり、当社の事業活動を後押しするものと捉えています。そうしたことから、いまや従業員がそれぞれSDGsをグローバル社会からの要請として受け止め、事業活動やCSR活動との関係性を理解しながら取り組んでいくことが大切では、と考えています。
――具体的に事業およびCSR活動において、どのような課題を掲げているのか教えてください。
圭室
まず、武田薬品工業においては事業分野を3つに絞り、消化器系疾患、がん、中枢神経系疾患に関して革新的な医薬品の創出に注力しています。そのほかに、ワクチンビジネスに関しても、日本で60年以上の長きにわたりワクチンを提供してきた実績を踏まえて、グローバル展開に向けた活動をしています。その第一弾となるのが、これまで開発が難しいとされてきたデング熱のワクチンです。現在、臨床試験の最終ステージである臨床第3相に着手し、製品化に向けた取り組みを加速しているところです。
一方、グローバルにおける事業以外の活動としては、医薬品アクセス戦略とグローバルCSRプログラムの2つを中心に実施しています。
医薬品アクセス戦略とは、医薬品が十分に行き届いていない人々へ医薬品を届けようという取り組みで、アフリカのサブサハラ(サハラ以南)諸国やアジア諸国などを対象に行っています。たとえば、タケダの医薬品を処方された患者さんが、費用の全額自己負担ができない場合であっても、治療サイクルを完遂できるようにする患者支援プログラムなどを実施しているほか、患者さんが必要とする治療へのアクセスを制限しているさまざまな課題解決をめざしています。この医薬品アクセス戦略は、シンガポールのオフィスが管轄しており、ビジネス展開も視野に入れた取り組みになります。
グローバルCSRプログラムは、我々東京のCSR部門が管轄しています。こちらは、事業とは完全に切り離して、純粋にフィランソロピー活動として実施しています。すなわち、グローバルヘルス関連のNPOやNGOが行っているさまざまな活動への寄付がメインになります。もちろん、先の医薬品アクセス戦略とグローバルプログラムは、互いに連携を取りながら活動しています。
※MDGs:Millennium Development Goals (ミレニアム開発目標)
開発分野における国際社会共通の目標。2000年9月にニューヨークで開催された国連ミレニアム・サミットにて採択された国連ミレニアム宣言をもとにまとめられた。貧困や飢餓の撲滅など、2015年までに達成すべき8つの目標を掲げ、一定の成果をあげた。
パートナーシップで変化を乗り越える
――御社のCSRは経営・事業のグローバル化と足並みを揃えて進展してきたということが、よくわかりました。その一方で、グローバル化に伴う急激な環境変化に対して、従業員の方たちの中に戸惑いはなかったのでしょうか。
圭室
公用語を英語にするという議論もないままに、英語での会議が当たり前になるなど、もちろんさまざまに戸惑いはありました。いまも変化の途上にあります。
ただ、製薬会社のビジネス自体が大きく変わらざるを得ないという局面の中で、変化は必然と言えます。20年くらい前であれば、医薬品の開発は当社だけで完結していましたが、いまやSDGsの目標17にも掲げられているように、「パートナーシップ」なくして成果を生み出すことは非常に難しいと言わざるを得ません。
そうしたことから現在、当社ではさまざまなかたちで外部組織とのパートナーシップを深めています。たとえば、医薬品の研究開発については、バイオベンチャーやアカデミアとの広範な提携を進め、オープンイノベーションで取り組んでいます。
また、医薬品アクセス戦略やグローバルCSRプログラムについても、さまざまなグローバルNGOやNPOとの協働、政府とのPPP(パブリック・プライベート・パートナーシップ)などを通じて実践しています。
さらに、サプライチェーンに関しては、持続可能な購買を実現するために、購買プロセスの中に「サプライチェーン・デューディリジェンス」を組み込んでいます。これは、CSRの観点からサプライヤーのリスクを評価する活動のことで、包括的な視点から「タケダ・グローバル行動基準」、「タケダ・サプライヤー行動規範」の原則に対するリスクがないかどうかを評価し、問題がありそうな場合は現地に行ってモニタリングを行い、改善を促しています。
このように、研究開発、CSR活動、サプライヤー・マネジメントなど、あらゆる場面でパートナーシップを推進することで変化の波を乗り越えようとしています。またこうした取り組みを、トップマネジメントが率先して推進している点も、従業員が同じゴールに向かう原動力になっているように思います。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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