メディアの多様化と情報発信者の増加、変わったのはこの2点だけ
――2015年に足立さんが日本マクドナルドに参画されてから、同社は劇的なV字回復を遂げました。まず、昨今のマーケティング環境の変化をどう捉えているか、伺えますか?
足立
以前と大きく変わった点は、2つあると思います。ひとつは、マスメディア以外の多種多様なメディアの登場。もうひとつはメディアの多様化にも関係しますが、個人が情報を発信できるようになったことです。受信一辺倒だった生活者が、発信者になった。
マーケティング環境としては、この2点によって、まず一度に多くの人に情報を届けることが難しくなりましたね。例えば、高校生が見ているアプリと60代が見ているテレビの内容は、まったく違うので。また、個人発の情報が信頼されるようになったことで、企業発信の情報が信頼されにくくなりました。ですので広告をはじめ、企業をアピールするメッセージは以前より効きづらくなっています。
――そうした変化や難しさは、やはりインターネットやスマホの普及と並行して起きているものですか?
足立
そうですね。でも、僕はむしろ「変わったのはこの2点だけ」と思っているんです。マーケティングやビジネスの仕方自体は、そう変わっていない。
インフルエンサーマーケティングは江戸時代からある
――新しいテクノロジーやマーケティング手法も次々と登場していますが、それらをどうご覧になっていますか?
足立
もちろん知ることは重要ですが、流行に踊らされないようにしたいですね。例えば今色々な業界でAIが活用されていますが、マーケティングは結局は感情を動かすことなので、何が心の琴線に触れるかがわかるAIが開発されない限り、僕はあまり興味がない。
また、最近はインフルエンサーマーケティングがトレンドになっています。どこかの記事に「インフルエンサーマーケティングとは、自社のブランドや商品をブロガーなどの有名人にYouTubeやInstagramをはじめとするデジタルメディアで発信してもらう、効果の高い最近の手法」と紹介されていましたが、ここにはすでに4つの誤りがあると思います。
まず、インフルエンサーは有名人である必要はなく、発信手法はデジタルでなくてもいい。一般人や友達の口コミだって影響力がありますし、新聞の書評も立派なインフルエンサーマーケティングです。また、効果的といっても認知獲得にはまったく向いておらず、最近というが実は昔からある。虎屋の羊羹が「皇室御用達」と謳ったのは、江戸時代とも室町時代ともいわれています。要は「御墨付き」ですよね。昔から、本人がいうのではなく周囲の推薦の効果は認められていた。メディアの多様化と発信者の増加で、この手法が取りやすくなっただけなんです。
良くも悪くも注目されている会社だからこそ、PRとソーシャル
――御社では数年前からSNS活用を強化されていますが、その背景は?
足立
先ほどお話しした「自分がいうより周囲の推薦が効く」というのは、近年の当社には特によく当てはまりました。2014年に中国で起きたチキンナゲットの事件が多くのメディアで報道され、マクドナルドは信頼を大きく失い、何を言っても誰にも響かない状況でした。
それに加えて、メディアの多様化でマス広告が効きにくくなっていたことは、元々マス広告で拡大してきた我々にとって苦しい環境でした。そもそも赤字で予算もない。
――足立さんが日本マクドナルドに入社されたのが、事件の翌年です。その状況下でどのような判断をされたのでしょうか?
足立
我々の立ち位置、メディアの風潮、世間の皆さまの見方などを鑑みて、僕が活路を見出したのは「マクドナルドは良くも悪くも注目されている存在だ」という点です。当時はマイナスな内容が多かったのですが、一挙一動をメディアが報道してくれる。そんな状況でも、1日100万から200万人のお客さまが利用してくださっている。もしそのうち1%の人がTwitterでつぶやけば2万ツイート、それなりの量ですよね。
信頼がないのに自分で主張しても無意味です。それならば周りに発信してもらおう、お金がなくてもPRとソーシャルメディアなら活用できる。そう考えてPRとSNS活用に舵を切りました。
どうすればシェアを最も多く促せるか?
――具体的に、PRとソーシャルをどう活用するのですか?
足立
ポイントは、順番にあります。まずPR、次にソーシャル、そして最後の一押しにマス広告を活用する。ソーシャルに関しては、慶應義塾大学の先生の研究で「人は、周りの3〜7割ぐらいの人が知ってそうな情報を共有(シェア)する。ほとんど知られていない情報と皆が知っている情報は共有しない」という結果があります。
それを参考に、まず自社のプレスリリースやTwitterなどで商品やキャンペーン情報を流し、何割かの人に知ってもらった中から「おもしろい、興味がある」と思った人にシェアしてもらい、あらかたネット上に情報が広まった段階でマス広告を打つ、という流れを組み立てています。
――その流れで、近年たくさんのキャンペーンが話題になっています。多くの人が興味を持つポイントは?
足立
話題化には、4つ方法があると考えています。一つは応募や投票を促す、ユーザー参加型の企画。二つ目は“突っ込みどころ”満載であること。例えば「怪盗ナゲッツキャンペーン」は、謎の存在である怪盗ナゲッツが誰なのか、明らかにわかるのがむしろポイントでした。皆が突っ込みたくなるということですね。
三つ目は、パッケージの工夫。今はもう、写真を撮ってSNSにアップするのは普通なので、アップしたくなるポイントを盛り込んで、キャンペーン時は特別なパッケージにしています。そして四つ目は、ネーミングです。PRの視点では、ネット上のあちこちにニュースが出ていることがとても大事ですが、Yahoo!ニュースもLINE NEWSも、実は見出しが13文字しかないんです。商品や企画名が長いとそもそも入らないので、「タツタ」「タルタ」だったり、「マクドナルド総選挙」など漢字も多用して短くしています。
――では、そうしたポイントを踏まえた成功事例は?
足立
前述の4つをすべて満たした期間限定商品を去年の秋に発売して、大きな成果がありました。といってもベーコンポテトパイを「ヘーホンホへホハイ」に名称を変えて販売した、それだけのキャンペーンです。
まずネーミング、それからわかりやすいパッケージ、ただ名前を変えただけじゃないかという突っ込み、そしてレジで「『ヘーホンホヘホハイ』と注文すべきか…?」とお客さまがちょっと考えたり、「ベーコンポテトパイと頼んだら言い直された」とツイートしたくなったり。やはり参加型であることが重要ですね。
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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
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