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ESGへの取り組みが企業の総合評価を決める時代へ
ESG投資に関してはまだ過渡期にあるということですが、一方でやはり、社会課題への取り組みは新たなビジネスチャンスであるというだけでなく、企業のブランド価値を向上させるなど、さまざまなメリットがあると考えて良いのでしょうか?
有馬
そう思います。アメリカのハーバード・ビジネス・レビューがまとめた「世界のベスト・パフォーマンスCEOランキング」(The Best-Performing CEOs in the World)では、2015年に非財務指標であるESG(環境・社会・ガバナンス)を評価基準に取り入れたとたん、2014年にランキングトップだったAmazonのジェフ・ベソス氏が87位にまで転落して世間を驚かせました。その年、総合評価でトップだったのは、製薬会社ノボノルディスクのラース・レビアン・ソレンセンCEOでした。
ベソス氏の評価を下げたのは、Amazonの過酷な就労環境にあると言われています。一方、ノボノルディスクは動物実験の全面廃止や経営の透明性など、ESGへの取り組みが高評価につながりました(ソレンセン氏は翌2016年も1位)。
このように、ESGは投資に関してはまだ企業の利益に直接結びつくほどのインパクトはないかもしれませんが、ESG、さらにはSDGsへの取り組みが、企業ブランド向上や他企業とのパートナーシップ、競争力の増強などの面で、すでに大きな影響力を持ち始めていると言っていいと思います。
実際に、SDGsに積極的に取り組んでいる企業は業績がいい。業績がいいからSDGsに取り組む余裕があるのか、SDGsに取り組んでいるから業績がいいのか、どちらが先かわかりませんが、少なくとも、そうした点を重視する投資家が増えているのは間違いありません。
サプライチェーン全体でSDGsに取り組むために
一方で、SDGsへの取り組みというのは、地球全体に関わる問題だけに、一社だけで取り組んで実現できるようなものではありませんね。
有馬
ええ、パートナーやサプライチェーン全体で実践していくことが極めて重要です。
たとえば富士ゼロックスの場合、プリンタをつくる自社工場だけでなく、その部品をつくっている中国のローカルなサプライヤーの工場の労働環境までを見渡して、チェックしなければなりません。さらには、カートリッジの廃棄・回収まで目を配る必要がある。実際に、かつてはサプライヤーが不法投棄をして、ブランド価値に関わる問題を引き起こしたことがあったのです。
サプライヤーをいかに選別するのか、あるいはどう育てるかというのが、SDGsを進める上で、今後ますます重要な課題になっていくと思います。
そうした中、GCNJでは、GCNJの会員企業や団体が主体となって、14の分科会を開催していて、つねに平均50社程度の参加がありますが、なかでもサプライチェーン分科会への関心の高さが窺えます。CSR調達についての取り組み例などについて議論・情報交換を行っているのですが、その成果がガイドブックとしてすでに数冊分まとめられているほどです。
SDGsに軸足を置いた経営をしていくためには、従来のやり方を変えていく必要があり、失敗例も含めて、お互いの経験を分かち合い、互いに学び合うということが非常に役に立つのではないかと思っています。
複数の企業が集まり、ともに行動することで、SDGsビジネスをリードしていく
有馬
ちなみに、富士ゼロックスの場合は、サプライヤーを選別するというよりも、育成を通して互いの信頼関係を強固にしていくという方法をとってきました。
これにより得ることは多く、入荷する部品の品質が高まり、欠品が減り、うまくすれば結果的にコストを下げることもできます。もちろんその分、最初はコストも時間もかかりますが、サプライヤーの質を高めることは、最終的に事業全体の継続性を保障することにもつながるのです。
これはサプライチェーンに限った話ではなく、欧州企業を中心に“Collective Action”、すなわち何社か集まってともに行動する戦略的な動きが急速に広がっています。
たとえば、ドイツに本拠を置くシーメンスは腐敗防止のために、2009年にシーメンス・インテグリティ・イニシアチブを発足し、これを通じて国際NPOや国連グローバル・コンパクト、OECDに対して資金を提供、これらの組織が協働して腐敗防止のための取り組みを加速させています。
2004年には、ユニリーバをはじめとする欧米企業やマレーシアパーム油協会などが共同で、「持続可能なパーム油のための円卓会議」(RSPO: Roundtable on Sustainable Palm Oil)を設立しました。これは、マレーシアとインドネシアにおけるアブラヤシの自然林の伐採と農園の急速な拡大による環境破壊を懸念して設立されたもので、持続可能なパーム油産業のための原則と基準を定め、認証などを行っています。
このように企業が率先して資金提供やルールづくりに参画することで、デファクトスタンダードを確立し、SDGsに関するビジネスを拡大する動きが出てきているのです。今後、こうした複数組織や団体による大規模な先行投資が加速していくと考えられます。
SDGsを社内で浸透させていくためには、トップの経営哲学が不可欠
ところで、日本企業がSDGsに取り組むためには、社内への浸透、とくにボトルネックとなっているミドル層への浸透が必要になりますね。
有馬
先進的な企業では、部長クラスを集めてSDGsに関するワークショップを開催するなど、さまざまな仕掛けを実践しているようです。
しかし、やはり何よりも重要なのは、トップが信念を持って自らの言葉で語り、それを発信していくことです。トップの責任は極めて大きい。心構えなくして社員を動かすことはできません。
有馬さんご自身は、かつて、富士ゼロックスの社長を務めていらっしゃいましたが、どのようにしてトップとしての心構えを培われたのでしょうか。
有馬
トップの人間というのは、やはり自らの経営哲学を持つ必要があると思っています。私自身は、何のためにこの企業は存在するのか、何のために人は仕事をするのかということを幾度も真摯に問いかけ、常に自分なりの答えをもって経営に臨むように心がけていました。
そういう問いを持ち続けることで、SDGsに向かう企業それぞれの姿勢も、自ずと見えてくるのではないでしょうか。
GCNJでも、2008年から「明日の経営を考える会」というGCNJの会員企業・団体を対象に、執行役員、部門長クラスを対象とした1年間のプログラムを実施しています。CSR経営について深く考えていただくためのテーマをさまざまに用意していて、この10年間で150名を超える卒業生が生まれました。このような活動の中から、SDGsに積極的に取り組む明日の経営を担う人財が一人でも多く輩出されることを願っています。
SDGsを推進するために組織の変革を
組織運営についても、従来のやり方を変えていく必要があるとお考えですか?
有馬
やはり、年功序列といった従来のやり方ではなく、それぞれの仕事の責任と達成すべき目標を明確にした職務主義と能力主義を採用すべきだと思います。また、組織の肥大化を抑え、報告などのレイヤーも最適に設計し直す必要があるでしょう。
10年スパンといった長期目標、できれば数値目標を掲げることも有効だと思います。
SDGsに“Outside-In”で取り組むにあたり、どのような組織で臨むのが良いとお考えですか?
有馬
さまざまなやり方があると思いますが、最近では、社長直轄の50〜100人規模の新規事業部隊を置いている企業が増えているようです。日立のように、顧客とともに課題を探索するフロント部隊を設置し、協創によりソリューションを見出すというやり方も面白いと思います。また、インパクト投資という社会課題解決に特化してベンチャー投資を行う機関も増えています。
いずれにしても、事業として動かしていくためには、企画部門が一緒に動く必要がある。また、そうしたプロジェクトに、影響力のある常務クラスの人間がついて差配している企業は動きが速いようです。
これからはSDGsは、かつてのフィランソロピーの延長ではなく、ビジネスチャンスであり、主戦場となります。ぜひ、日本企業にもこうした流れに遅れることなく、SDGSへの取り組みをスピードアップしていってほしいと思います。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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