グローバル化がもたらした功罪と、「サステナビリティ」という概念の誕生
いま、SDGsへの企業の取り組みに関心が集まっています。そもそも、なぜ、このような目標が設定されるに至ったのでしょうか。
有馬
きっかけは、1989年のベルリンの壁の崩壊、1991年のソビエト連邦の崩壊を経て、冷戦が終結し、鉄のカーテンが消滅したことにあると考えています。これにより、国境を越えて、ヒト・モノ・カネ、そして情報が飛び交うようになり、グローバル化が一気に加速しました。
これにより世界の経済社会は飛躍的な発展を遂げましたが、その裏でグローバルに発展する企業がさまざまな問題を引き起こすようになりました。大量の自然破壊や児童就労、劣悪な労働環境、差別、贈収賄といった腐敗――こうしたさまざまな問題が、1990年代後半頃に顕在化するようになったのです。
そうした中、1999年の世界経済フォーラム年次総会(ダボス会議)で、当時の国連事務総長だったコフィー・アナン氏が世界の経済リーダーたちに問題提起し、「人間の顔をしたグローバル市場をつくりましょう」と提言しました。この提言を受け、2000年に合意されたのが「国連グローバル・コンパクト」です。コンパクトというのは約束の意ですが、言うなれば「盟約」のこと。現在、「人権」「労働」「環境」「腐敗防止」の四つの領域において10原則が掲げられています。
もちろん、それ以前から、サステナビリティに至る世界の大きな潮流がありました。最初にサステナビリティという言葉を持ち出したのは、国連のブルントラント委員会(※1)です。この委員会で、「将来世代のニーズを満たす能力を損なうことなく、現代の世代のニーズを満たす開発」という持続可能な開発の概念が打ち出されました。
このサステナビリティの概念は、1992年のリオでの国連環境開発会議(地球サミット)、1997年の京都での第3回気候変動枠組条約締結国会議(COP3)、さらには2015年12月の第21回気候変動枠組条約締約国会議(COP21)が採択したパリ協定へと脈々と引き継がれ、気候変動に関する持続的開発目標が掲げられています。
※1 ブルントラント委員会
1984 年に国連に設置された「環境と開発に関する世界委員会:WCED=World Commission on Environment and Development」。後にノルウェーの首相となったブルントラント氏が委員長を務めていたことから名を冠した。1987年までの4年間に合計8回の会合を開催、報告書『地球の未来を守るために』がまとめられた。
2015年を機に、サステナビリティが事業の本流へ
有馬
SDGsに話を戻すと、2000年の国連グローバル・コンパクトから遅れること二カ月後の9月に、SDGsの前身とも言えるMDGs(Millennium Development Goals)が承認されました。これは、2000年から2015年までに実現すべき8項目からなる目標で、主として貧困や飢餓といった、途上国の課題を対象としています。つまり、国やNGOを主体とした、ODA資金などによる途上国への支援の色合いが濃いものでした。
これを引き継ぐかたちで、2030年を目標として2015年9月に国連総会決議として承認されたのが「持続可能な開発目標:SDGs=Sustainable Development Goals」です。MDGsとの大きな違いは、途上国だけでなく、都市問題や地方のコミュニティ問題など先進国の課題も盛り込んだこと、さらには、国やNGOだけでなく、民間企業によるソリューションを広く求めた点にあります。
そうした意味では、2015年という年は、SDGsの承認、さらにはパリ協定の採択がなされた一つの節目であり、私は「サステナビリティ元年」と呼ぶにふさわしいと思っています。
日本でも、2014年に金融庁が、機関投資家向けに投資先企業の持続的成長を促すことを目的の一つとする日本版スチュワードシップ・コード(※2)を発表。翌2015年3月には東京証券取引所(以下、東証)とともに、企業に対するコーポレートガバナンス・コードの原案を発表し、6月から東証の上場規則として運用が開始されました。
特筆すべきことは、この二つのコードの中で、環境(Environment)、社会(Social)、ガバナンス(Governance)の重視が明示されたことです。「ESG投資」への世界的潮流などもふまえて、この年の9月、世界最大の年金機構である年金積立管理運用独立法人(GPIF)が責任投資原則(PRI)(※3)に加盟しました。現在、PRIには世界の1,700以上のファンドオーナー、金融機関、投資機関などが加盟しており、日本でも加盟に向けた動きが加速しています。
こうして見てくると、ここ数年で、サステナビリティへの企業の取り組みは、CSR(社会的責任)の一環として社会貢献的に行われてきたものから、事業の本流で実践し、社会に関わるという流れへと大きくシフトしたと言えます。
地球環境というのは、企業が事業を継続していく上で不可欠な基盤です。その地球環境の持続のためには企業も積極的に関わっていく責任がある。そのように経営に関わる人々の視野が広がってきたのではないでしょうか。
※2 スチュワードシップ・コード
スチュワード(steward)は執事、財産管理人の意で、スチュワードシップ・コードとは、機関投資家に、投資先企業の企業価値向上や持続的成長性を促し、中長期的な投資リターンの拡大を図るよう求めるなど、機関投資家のあるべき姿を規定した原則。
※3 責任投資原則(PRI=Principles for Responsible Investment)
国連グローバル・コンパクトと国連環境計画・金融イニシアチブが作成した、ESGに配慮した責任投資を行う投資原則。
企業の意識は変わりつつあるものの、取り組みはまだ始まったばかり
実際に、日本でも企業の意識が変わりつつあるのでしょうか?
有馬
MDGsの15年間に比べても、その関心は飛躍的に大きくなっていると私は実感しています。
しかし、まだ十分とは言えません。2016年に行われた調査によれば、日本企業の中で、GCNJに加盟している比較的意識の高い企業については、「SDGsが企業の価値に直結している」と79%が回答したのに対して、一般企業向けの調査では58%となっています。さらに、「ビジネスチャンスにつながる」と答えたのは、前者が57%であるのに対して、後者は26%と大きく差が開きました。
また、SDGsの社内認知度はGCNJに加盟しているトップマネジメントですら28%、ミドル・部門長に至っては5%であり、欧州の半分程度と非常に低い数字となっています。ミドル層の認知度の低さが、SDGsを実行していく上でのボトルネックになっているのです。
国連グローバル・コンパクトによるSDGsのガイドブック『SDG Compass』の中で、SDGsを経営に取り込むための5つのステップを示していますが、アンケートでは、GCNJに加盟している日本企業の半数が、まだステップ1の「SDGsを理解する」という段階にあると回答しています。GCNJに加入している比較的意識の高い企業ですら、多くが端緒についたばかりなのです。
もっとも、10%強の企業は、ステップ4「経営へ統合する」、ステップ5「報告とコミュニケーションを行う」ところまできていますから、悲観はしていません。
“Inside-Out”から“Outside-In”へ
すでにSDGsを目標としたビジネスの事例が出てきているのでしょうか?
有馬
国連グローバル・コンパクトが発行している『SDG Industry Matrix』の中で、先進的な各国企業の事例を取り上げていて、日本企業の取り組みとしても、日立の陽子線治療システム(SDG 3「すべての人に健康と福祉を」)や水処理装置(SDG 6「安全な水とトイレを世界中に」)、高圧直流送電システム(SDG 7「エネルギーをみんなに そしてクリーンに」)、富士ゼロックスのリサイクルシステム(SDG 12「つくる責任つかう責任」)などが掲載されています。日本の企業の取り組みが紹介されているのは嬉しいことです。
しかしながら、そのアプローチは、従来のCSRの延長線上にあるものや、自社の事業の取り組みを、SDGsの17のゴールとその下に掲げられている169のテーマに合わせて拡大・展開し、ソリューションを提供していくというやり方がほとんどです。これを“Inside-Out”と呼びます。
一方で、これからは、“Outside-In”のアプローチがより重要になってくると思います。“Outside-In”とは、サステナブルな地球環境と社会課題に足場を置いて、そこに自社のビジネスモデルを持ち込んでくるというやり方のこと。そういう視点に立ったアプローチの事例は、私が見る限りでは、まだ非常に少ないように思います。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
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