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星野リゾート 代表 星野佳路氏/株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長 矢野和男
社員が生き生きと働き、活気に満ちあふれた職場。そんな組織をつくるために必要なこととは何か。多くの経営者が頭を悩ませるこの難題に、経営と科学という異なるアプローチで挑む二人のプロフェッショナルがいる。リゾートビジネスの最前線に立ち続け、星野リゾートを率いる星野佳路氏。ウェアラブル技術とビッグデータ収集・利活用で世界をリードする、株式会社日立製作所の矢野和男。星野リゾートが2015年10月に河口湖畔にオープンさせたリゾート施設「星のや富士」にて話を聞いた。
画像: 経営とハピネス【ダイジェスト版】

トップダウンをやめた切実な理由

――星野さんは、星野リゾートの経営者として、社員のやる気を引き出す組織づくりに取り組まれています。また、矢野さんは、人の“ハピネス”をキーワードにした人工知能の研究を進められています。アプローチは違いますが、お二人ともどうすれば組織を最大限に活性化できるかを追求しているという点で共通していると思います。

まず、星野さんに組織や人材というキーワードでお話を伺います。星野さんは1991年に星野リゾートの前身である星野温泉旅館を継ぎ、社長となられました。もともとはトップダウンで意思決定をされていたそうですが、現在はフラットな組織づくりを行っています。なぜ、方向転換したのでしょうか。

星野
今でも、意思決定はトップダウンです。 そこに至るまでのプロセスにおいてフラットに議論する、という文化をつくってまいりました。

確かに、社長になった当初は完全なトップダウンでした。そうしたら、社員の1/3が辞めてしまったんです。新卒で採用してもなかなか定着してもらえない。人材不足という、会社としてかなり切実な問題に直面してしまったんです。お客さまを集めるより、働く人を集めるのに苦労しました。

そもそもわたしたちの業界は、働く人の確保がすごく難しい。ほとんどの職場は地方にありますから。適した人材に地方に移り住んでもらって、長く会社にいてもらうって、かなり大変なことです。でも給料は上げられないし、休みも増やせない。それでも人材を確保するには仕事を楽しくするしかないと気づいたんです。そのために、フラットな組織づくりを始めました。

――フラットな組織とは、具体的にどのようなものですか。

星野
言いたいことを、言いたいときに、言いたい人に言える。そんな人間関係ですね。わたしたちは、新しく旅館やホテルの運営をスタートする時に必ずコンセプトを決めるんです。これは、その現場で働くスタッフ同士で何度も議論してもらい、考えてもらっています。そのようにして自分たちで考えたコンセプトのもと、彼ら一人ひとりが自分で判断することで、高いモチベーションを持って仕事ができる。それが、楽しく働くということにつながると思うんです。その前提条件がフラットな組織なんです。

矢野
わたしは研究プロジェクトをフラットな形で進めたことが何度かあるんですけど、メンバーそれぞれに役職があるんで、やはりその調整には気をつかいます。そういったご苦労はないんですか。

星野
わたしたちの場合、役職はあまり関係ないんですよ。大切なのは議論がフラットにできることですから。そのためには、会議の席だけではなく普段から、スタッフ同士がフラットにやり取りできることが必要だと考えました。

そこでまず、役職で呼び合うのを禁止しました。役職の権限って最後に意思決定するだけで、人事権があるわけでもないし、偉いわけでもないですから。それと、上司のかばんを誰が持つだとか、車に乗る順番だとかもまったくなくしました。もちろんどこの現場でも、はじめのうちはなかなかフラットになりきれない。でもそういったことを徹底していくと、1年か2年で徐々に変わっていくんです。わたしたちは宿泊施設の再生事業にも携わっていますが、新しく運営することになった現場を見ているとその変化がすごくわかりやすいですよ。

画像: 星のや富士のライブラリー&キャンプファイヤー施設

星のや富士のライブラリー&キャンプファイヤー施設

人の動きから見えてくるもの

矢野
わたしがやっている「ハピネス」の研究について紹介させてください。もともと20年くらい半導体の研究をしていたんですが、日立がその分野から撤退することになって、何か新しいことを始めなきゃいけないことになったんです。そこで2004年から、今で言うビッグデータを使って人間の幸福度「ハピネス」を測るっていう研究を始めたんです。

実は学生時代から、幸せって何だろう? どうやったら本当に幸せになれるんだろう? っていうことにすごく興味があったんですよ。それで、身体運動を計測する加速度センサの開発を進め、2006年にそれを搭載した腕時計型のウェアラブルセンサをつくりました。以来24時間365日、入浴中以外はずっと着けて、自分自身の体の動きを測っているんです。

画像: 日立の腕時計型ウェアラブルセンサ

日立の腕時計型ウェアラブルセンサ

星野
ということは10年? すごいですね。

矢野
ええ。まだまだ、開発途上ですけど。これで測った体の動きのデータを使って、もしかしたらハピネスっていうのも測れるんじゃないかと考えたんです。そこで、大量のデータをいろいろな職場で取ってみたんです。

画像: 人の動きから見えてくるもの

このグラフは、10の組織に属している468人に、過去の1週間におけるハピネスについて質問して点数化したアンケート調査の結果です。縦軸は各組織の平均点。「幸せだったか」「楽しかったか」「孤独だったか」「悲しかったか」などの20項目について質問し、各項目とも3段階で回答してもらいました。一番ハッピーだった人は、20問全部3点なので60点満点になります。これを見ると、どの組織がどのくらい幸せだと感じているかがわかります。

実はこれ、体の動きのあるパターンをウェアラブルセンサで計測すると、ピタリと予測できるんです。人の体の動きには、長いものと短いものがあります。例えば、1分動いたらすぐ止まるものもあるし、20分ほど続く動きもある。平均的には10分くらいの動きが多いんです。それでわかってきたのは、先ほどの縦軸で言う「ハッピーな組織」ほど、動きの長短にものすごく多様性がある。つまり、1分程度の動きが多い人もいれば、20分程度の動きが多い人もいる、ということがわかったんです。

星野
つまり、みんなが同じパターンではないほうが、組織が活性化するんですね。

矢野
そうなんです。さらに、このアンケート調査とウェアラブルセンサによる計測結果がどのくらい相関しあっているのかを調べてみると、94%というものすごく高い値が出ました。つまり、「動きに多様性がある組織は、必ず幸せだと感じている」ってことが言えるんです。

フラットな組織は無重力で説明できる

画像: 星のや富士のキャビン(客室)

星のや富士のキャビン(客室)

――矢野さんは、人の幸福度を定量化するという研究をやってこられて、人の身体運動の多様性が組織を活性化し、実際に受注率を上げるといった効果があることを実証されています。一方、星野さんは、星野リゾートの経営において、社員の納得感を高め、やる気を引き出すといった組織づくりを進めてこられました。これは、星野さんご自身の中にも、社員を幸せにするための物差しがあって、それを実際の取り組みに落とし込むことで社員の幸福度を上げてきたということなのでしょうか。

星野
どうだろう…具体的な数字としては、社員の満足度調査の結果や退職率は正確に把握できていて、改善もされていますが、その結果に至るまでの取り組みはやはり感覚でやっていることが多いです。こういうことをすると仕事は楽しくなるんじゃないかといった、経験則に頼っています。でも、矢野さんの研究のように科学的なアプローチがあると、わたしたちの常識では考えつかないような効果的な手があるのかもしれない。

矢野
我々の研究で予想外だった例としては、ホームセンターの店舗での購買行動を人工知能で計測したところ、従業員の立ち位置によって、売り上げがまったく違うということがわかったんです。その位置というのが、店舗の入り口から入って正面というわりと目立つところでした。さらに分析すると、そこに立つことで、すべての従業員の接客態度が活性化することがわかりました。

先ほど伺った星野さんの取り組みの中で、フラットな組織づくりというお話がありましたよね。それを聞いて、宇宙の話を思い出しました。宇宙って、無重力でしょ?

星野
ええ。

矢野
宇宙船の中で無重力になると、時間が経つにつれて乗組員の上下関係がなくなってくるんだそうです。地球上にいる時は、上下関係っていう抽象的な概念を重力の向きとして体がとらえているから。それが、無重力空間に行くとなくなるんですね。

社員が役職で呼び合うとか、車に乗るにも順番があるといった習慣には、体に対する無意識的な働きかけがあると思うんです。星野さんはその習慣をやめてフラットな組織に変えたことで、ある種の無重力状態をつくり、社員にハピネスをもたらしているのかなと思ったんです。

星野
そのとおりだと思います。ただ、僕らはトライ&エラーでそういう組織をつくっていったんですけど、それを科学的に把握できるってことが、人工知能のすごいところですよね。

矢野
やっぱり大事なのは、とにかくデータを蓄積することですね。

日本を、ハピネスが上がっていく社会に

――星野リゾートは、「リゾート運営の達人になる」という企業ビジョンのもと、全国に事業を展開しています。今後、具体的にはどんなことをめざしますか。

星野
わたしの目標は、星野リゾートのビジネスを継続させること。「持続可能な競争力」って呼んでいますが、これだけ力があれば継続できるといった、安心感を得られるような企業にすることです。売り上げ規模などの業績は結果としてついてくる。それより、本当の意味でのノウハウ、他社に負けない仕組みを持つことが大事だと考えています。

わたしはけっこう慎重なほうで、業績が伸びていくと、むしろ、来年の今頃どうなってるかな…って不安になるんです。うまくいっていても、その理由がわからないと安心できないじゃないですか。今日のような、データに裏づけられたお話にはすごく興味があって、そういった不安を解消できましたね。フラットな組織だから活性化できている。そして活性化が業績の向上につながっている。今、弊社がうまくいっている理由が明確にわかってよかったです。

――矢野さんは、これからのハピネス研究についてどんなビジョンをお持ちですか。

矢野
日本を元気にしたいですね。いろいろな経営者の方の思いや経験をうまく活かして。まさに今、星野さんがおっしゃったことにも共通しますけど、企業経営にはいろいろな波があると思うんです。それを科学的に解明していきたいです。

働くことによって、もちろんGDPも上げていきたいですけど、実はGDPの上昇率のわりにハピネスは上がっていないというデータもあるんです。だから最終的には、その両方が上がっていく社会をつくりたいと思っています。星野さんが取り組まれている組織づくりとか、わたしが研究している人工知能を用いた組織の活性化といったことがもっと普及すれば、まだまだ可能だと信じています。

星野
今日のお話は、「日本を元気にする」っていうビジョンに直結した内容だと思います。今、日本はサービス産業の就労率が70%もありますが、生産性は製造業に比べると圧倒的に低い。そこをどのように改善していくかが、これからの日本の課題ですよね。給料がガンガン上がることは考えにくい時代だけど、幸福度は上がっていく可能性がある。それがわかると、すごく安心ですよね。

――お二人とも、本日はありがとうございました。

画像: 日本を、ハピネスが上がっていく社会に
画像: 星野 佳路/ほしの・よしはる 星野リゾート 代表 1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉旅館(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2001〜04年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。現在、運営拠点は、ラグジュアリーラインの「星のや」、小規模高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートの「リゾナーレ」の3ブランドを中心に国内外35か所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。2016年、星野リゾートは創業102周年を迎えた。昨年10月に「星のや富士」を開業。今後は、2016年に「星のや東京」、「星のやバリ」の開業を予定

星野 佳路/ほしの・よしはる
星野リゾート 代表
1960年、長野県軽井沢町生まれ。1983年、慶應義塾大学経済学部卒業。米国コーネル大学ホテル経営大学院修士課程修了。1991年、星野温泉旅館(現在の星野リゾート)社長に就任。所有と運営を一体とする日本の観光産業でいち早く運営特化戦略をとり、運営サービスを提供するビジネスモデルへ転換。2001〜04年にかけて、山梨県のリゾナーレ、福島県のアルツ磐梯、北海道のトマムとリゾートの再建に取り組む一方、星野温泉旅館を改築し、2005年「星のや軽井沢」を開業。現在、運営拠点は、ラグジュアリーラインの「星のや」、小規模高級温泉旅館の「界」、西洋型リゾートの「リゾナーレ」の3ブランドを中心に国内外35か所に及ぶ。2013年には、日本で初めて観光に特化した不動産投資信託(リート)を立ち上げ、星野リゾート・リートとして東京証券取引所に上場させた。2016年、星野リゾートは創業102周年を迎えた。昨年10月に「星のや富士」を開業。今後は、2016年に「星のや東京」、「星のやバリ」の開業を予定

画像: 矢野 和男/やの・かずお 株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長 1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し、日立製作所に入社。中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。同年、博士号(工学)を取得。2004年から世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著「データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。東京工業大学大学院連携教授

矢野 和男/やの・かずお
株式会社日立製作所 研究開発グループ 技師長
1959年、山形県酒田市生まれ。1984年、早稲田大学大学院理工学研究科物理学専攻修士課程を修了し、日立製作所に入社。中央研究所にて半導体研究に携わり、1993年、単一電子メモリの室温動作に世界で初めて成功。同年、博士号(工学)を取得。2004年から世界に先駆けてウェアラブル技術とビッグデータ収集・活用の研究に着手。2014年、自著「データの見えざる手 ウェアラブルセンサが明かす人間・組織・社会」が、BookVinegar社の2014年ビジネス書ベスト10に選ばれる。東京工業大学大学院連携教授

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