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株式会社日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ センタ長 大曽根靖夫
2020年夏、「おもてなし」をキャッチフレーズに開催される東京オリンピック・パラリンピック。国内のみならず海外からも数多くの人々を迎えることになる。想像してください。空港や駅、ショッピングセンターなどで、そうした人々をヒューマノイド(人型ロボット)がおもてなししている光景を。
いま日立は、この近未来の光景をお客さまとの協創によって現実のものとするため、新しく開発したヒューマノイド「EMIEW3(エミュースリー)」(2016年4月発表)を使った案内・接客サービスの実証実験を展開している。それは一体どのようなものなのか、そしてこれからの社会にどのようなインパクトをもたらしていくものなのかなどについて、このプロジェクトのキーパーソンである株式会社日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ センタ長の大曽根靖夫に聞いた。

ロボットの日立

ロボットのビジネスと日立の結びつきをすぐにイメージできる人は少ないかもしれない。しかし、その歴史は古く、1960年代から原子力発電所用の核燃料取替機(マニピュレータ)や水中ブルドーザーなどの特殊環境ロボットを開発している。家電の分野においても、1983年以来、掃除ロボットの開発を行っており、1985年に家電の国際見本市に出展、2003年には試作機を開発。これは2016年11月に発売したロボットクリーナー「minimaru(ミニマル)」のルーツとなっている。また、2013年には一人乗りの移動支援ロボット「ROPITS(ロピッツ)」を発表。これは携帯情報端末を使って指定した場所へ自律走行させることができ、高齢者や歩行困難な方の近距離移動のためのパーソナル・モビリティとして大きな話題を集めた。

画像: 一人乗りの移動支援ロボット「ROPITS」

一人乗りの移動支援ロボット「ROPITS」

そして今回のテーマであるヒューマノイドの分野では、1985年に「国際科学技術博覧会(通称:科学万博 つくば'85)」でゴム人工筋肉応用複腕ロボットや二足歩行ロボットを開発・展示。2005年の「愛・地球博(愛知万博)」では、今回のEMIEW3の初代となるEMIEWが出展され、道化師(クラウン)と一緒に舞台上で機敏に動き回り来場者を楽しませた。また、人と人が話す距離(1m程度)で来場者の注文を聞き取り、注文の品を取りに行って手渡す、お使いデモも行った。2007年には、人と同じ生活空間で人と同程度の速さで機敏に動きながら人をサポートするという人間共生ロボットEMIEWのコンセプトはそのままに、オフィスでの案内や巡回などでの利用を想定した実用的な身長、かつ、安全性を確保するために小型・軽量化したEMIEW2を発表した。

画像: 初代EMIEW

初代EMIEW

EMIEW3の誕生まで

EMIEW2の発表からEMIEW3までおよそ9年。その間の経緯を、大曽根は次のように語る。

「EMIEWのみならずロボットに対する社内の空気が大きく変わったのは、私がセンタ長になる直前の2014年頃です。社会イノベーション事業を加速するための取り組みが始まり、検討分野として共生自律分散などとともにロボット技術が選ばれました。そこで、EMIEW2を、テクノロジーやアプリケーション、市場などの面から1年くらいかけて徹底的に再検証しました。例えば、EMIEW2は人との高い親和性で動けるように、足元の占有面積が小さく機敏に移動できる倒立二輪走行を行っていました。ちょうど人が一輪車に乗ってバランスを取りながら走るイメージです。しかし、この方式では、電源が落ちて制御ができなくなると、バランスをくずして倒れてしまいます。そこで、EMIEW3では、機敏さは少し我慢して、補助輪をつけて四輪走行に変更しました。電池も脚部に収めて重心を下げ、電源を切っても安定して立っていられるようにしました。機構制御的にもシンプルになったことで、消費電力やコストの低減につながっています。また、万が一転倒した場合に備え、転倒時の衝撃を緩和する柔らかい外装を採用するとともに、自分で立ち上がれる機能も加えて、サービスにすぐに復帰できるようになったことも大きな改良点です」

画像: EMIEW2

EMIEW2

こうしたEMIEW3本体の機能は、人間でいえば脊髄反射(※)に相当する部分といえる。情報を処理したり、判断したりする人間の大脳に相当する部分は無線でつながったリモートブレインと呼ぶ外部クラウドで処理する。そして、システム全体の運用監視はマザーブレインと呼ばれるサーバが担当する。このリモートブレイン構成のロボットIT基盤によって、EMIEW3本体の動作や行動計画、データの収集/分析、緊急時の操作、知能処理などが容易になると同時に、お客さまの業務システムとの連携が図れるようになっている。

画像: EMIEW3の誕生まで

※ 脊髄反射:脳が意識する前に脊髄が中枢となって起こる反応。

実証実験から見えてきた知見

日立はこれまでEMIEW3を活用した実証実験を、2016年の9月から羽田空港の国内線ターミナルで、また同年10月からは東京駅の「JR EAST Travel Service Center」内で実施してきた。そこから見えてきたロボットサービスについて少し紹介してみたい。

まず空港でサイネージが分かりづらいと感じた方は意外と多いのではないか。たとえば搭乗手続きがターミナル1と書いてあっても、自分が乗る航空会社のカウンターがターミナル1のどこにあるか分からない。そこでロボットがまず迷っている人かどうかを判断して近づき、カウンターの方角を示したり、連れて行ってくれたりすれば助かる。また、チェックイン済みの人が搭乗時刻になっても現れず、係員が探している光景をよく見かける。そこでロボットが係員に代わって、トイレやお土産売り場など居そうな場所を探して迎えにきてくれればいうことはない。要は、ある程度の知能を持って動き回れるかどうかが重要になる。大曽根は羽田空港での実証実験について次のように語る。

「EMIEW3の走行性能は最高時速6㎞、早足に近い速度ですが、これは空港内でも邪魔にならずに動き回れる速度と考えています。もちろん、子どもやお年寄りをエスコートする時は、付かず離れずのちょうど良い距離を保って走行する必要があります。身長は90㎝、体重は15㎏で未就学児程度のサイズと軽さですが、それは空港のような、さまざまな人が縦横行き交う中で万が一、人とぶつかっても相手に怪我をさせないためであり、EMIEW3は反動で転倒しても、自分自身ですぐに復帰できる仕組みが組み込まれています。実証実験では、空港を訪れる人のニーズを想定したいろいろな情報を提供したり、人に話しかけたり、エスコートしたりするアプリケーションについて検証し、ある程度の目的は達成したと判断しています。ただ、人とのコミュニケーションにおいて、EMIEW3のレスポンスが遅いとお客さまから指摘されました。その理由は、人の話が終わるのを待ってからリモートブレインで処理してEMIEW3に返していたために時間がかかり、その間、人はEMIEW3が考えているのか、フリーズしているのかが分からないという状況になっていたためです。この点については、東京駅での実証実験ではアルゴリズムを改善したことで、比較的自然なコミュニケーションができるようになりました。このようなEMIEW3の『人と共生できるロボット』という開発コンセプトは初代EMIEWから変わっていませんが、その機能ははるかに洗練されたかたちになっているのではないかと思っています」

コミュニケーションという観点では、当初は備えていなかった機能も追加されたという。話しかけてくる人の方向に顔を向けるという機能だ。頭部に付けられたカメラとマイクロフォンの組み合わせにより、誰がどこから話しかけてきてもその方向に顔を向けることができるように改善された。

画像: ロボット開発の全体像

ロボット開発の全体像

拡がるEMIEW3の世界

羽田空港と東京駅での実証実験の波は、いまさまざまな分野に確実に拡がろうとしている。たとえば、2016年12月には家電量販店大手の株式会社ノジマの神奈川県内の3店舗で実証実験がスタートしているし、今後はさらに商業施設のみならず、金融機関、オフィスビル、病院、イベント会場などもEMIEW3活躍の舞台となるだろう。商業施設や金融機関では、来店したお客さまに話しかけて何が欲しいのかを聞き出しながら、その人に合う機能や価格から最適な商品を勧めたり、セール限定商品などお店として売りたい商品があればそこに導くとか、リピート客であればその属性や購買履歴からお奨め商品を案内したり、購入を迷っている人にはより詳しい商品説明を行って購買につなげるコンシェルジュサービスもできるだろう。販売員に聞くのは恥ずかしい、気後れするという人もEMIEW3なら気楽に訊ねられる。プロの販売員のように広い店内でお客さまをチラチラ見ながらタイミングを計って接客する技も簡単だ。

またEMIEW3は多能工といって1台で二役も三役も可能だ。たとえば、朝は情報の提供サービス、昼は接客サービス、夜は巡回監視サービスといったかたちで活用することができる。特に深夜の巡回監視はかなりの部分を人件費が占めており、そもそも人手不足に陥っている領域だけにロボットに対する期待は極めて大きいといえる。

画像: 拡がるEMIEW3の世界

2018年のサービスインに向けて

こうしたさまざまな分野で活躍するEMIEW3の姿は、海外からの観光やイベント参加で楽しみに訪れる人々に、ロボット大国・日本の一端を強く印象づけることになるかもしれない。国もアベノミクスの成長戦略の一環として、2015年に経済産業省・日本経済再生本部が「ロボット新戦略」をまとめ、また内閣府はその科学技術基本計画のなかで、2020年にはサービスロボットの市場を確立するというかなり強い意思を示している。まさに官・民を挙げて本格的に動き始めたサービスロボットの活用に向けた取り組みについて、大曽根は次のように語る。

「日立としてもロボット活用をめざす国家プロジェクトには積極的に参画していきたいと考えていますし、安全規格の整備など、ロボットのためのプラットフォームや技術開発などに対して国が施策的にサポートする状況は大きなチャンスだと思います。日立はそうした動きのなかにあっても、もとからEMIEW3を新しい社会イノベーション事業の柱の一つとして位置づけ、これまでお話したような実証実験にもお客さまとともに取り組んできたわけです。EMIEW3のサービスインは2018年には実現したいと思っています。そのため、今年度中にはEMIEW3をある程度の台数、増産する計画を進めていますし、ロボットのハードウェアを開発する人間、通信機能などを開発する人間、言語認識や画像認識などの精度を高めていく人間のパフォーマンスを今後もさらに上げていく必要があります。とくにエスノグラフィをやっているグループのパフォーマンス向上は重要になります。エスノグラフィとは文化人類学や社会学で用いられてきた手法で、ビジネスの分野では、たとえばお客さまの現場へ行って、そのオペレーションを細部まで観察/分析し、その課題を抽出し、どんな解決策を提供するかを考えていく活動として、最近ではどこの企業でも注目しています。日立内部では『社会イノベーション協創統括本部』という組織に専門家がおりますが、サービスロボティクスの分野における、このグループのパフォーマンスを上げないと、本当に喜んでもらえるサービスとして対価をいただくことは実現できないという危機感のもとで全力を挙げて取り組んでいるところです。また海外のお客さまに対してもEMIEW3の価値をご理解いただくために、積極的なプロモーションを展開していきたいと思います」

画像: 海外におけるプロモーション活動も積極的に展開されている

海外におけるプロモーション活動も積極的に展開されている

デライトな社会、デライトなサービスへ

いま数多くの企業がサービスロボットを新たなビジネス成長の機会として捉え、その開発・利用を積極的に検討し始めている。かつてサービスロボットの目的は災害からのリカバリーや介護であったものが、いまや接客や案内といったサービスの付加価値を高めることで企業の成長を支えるという目的へと大きく方向を転換した。これに人手不足という要素が拍車をかけたことで、サービスロボットは大きな市場を手に入れようとしている。しかし、こうした期待の一方で、日本のサービス業はGDP(国内総生産)に占める比率が約7割と高いにもかかわらず、その生産性は諸外国と比べて低いということがよく指摘される。これについては、いわゆる旧来の日本式サービスが生産性の向上を阻む大きな原因の一つになっているともいわれている。人手不足などの理由からサービスのかたちを見直す段階に来ているのは頭では分かっていても、一歩が踏み出せないというのが実情だ。

またサービスロボットを活用していくうえで、AI(人工知能)やビッグデータ分析といったIT手法をどのように取り入れていくのかという課題、あるいは先述したようなエスノグラフィといった手法を使って、より魅力的な接客・案内サービスのためのアプリケーション開発にどのような社内体制で取り組めば良いかという課題、さらにはそもそもロボットに対して拒否反応を持つ消費者の方に対してどのような対策を立てていくかという課題など、そのハードルは極めて高く、一個人や一企業だけで解決していけるものではない。大曽根はこうした課題に関連して次のように語る。

「いま日立は、『デライト』というコンセプトをベースにさまざまな議論を重ねています。デライトとは、喜ばせるとか楽しませるなどの意味を持つ言葉ですが、私の部隊でいえば、ロボットを使う人に喜びや楽しみなどの体験をもたらすような社会システムやサービスとはどのようなものかを考えていくということではないでしょうか。私は、楽観的かもしれませんが、どんなに複雑で困難な課題も、ある種のムーブメントを起こせるような、まさに人をワクワクさせるようなソリューションを一つでも二つでも実現することができれば、意外と簡単に乗り越えられるのではないかと考えています。逆に、そういうものでなければ社会を本当に革新していくことはできないのではないでしょうか。答えになっているかどうか分かりませんが、ぜひ、ロボットで世の中をワクワクさせたいという熱い想いのある皆さまと力を合わせて、デライトなサービスを創り上げていきたいと願っています」

2020年まであと3年。ヒューマノイド「EMIEW3」が描く近未来が楽しみである。

画像: デライトな社会、デライトなサービスへ

文=西條義典 写真=小泉賢一郎

画像: 株式会社日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ センタ長 大曽根 靖夫

株式会社日立製作所 研究開発グループ 機械イノベーションセンタ
センタ長 大曽根 靖夫

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