日立製作所 ICT事業統括本部 Senior Technology Evangelist 渡邉友範
現場の幸福感から生産現場の改善まで
ここまで来たデジタルシフトの最前線
ー AIやアナリティクス技術で社会や企業の課題を解消
前回は、デジタルシフトの重要性と企業経営にもたらすインパクトについて述べました。今回は、そうしたデジタルシフトに関連した日立社内での取り組みやお客さまとの協創の具体例についてご紹介したいと思います。
日立では、世の中をデジタル化するための研究に以前から取り組んでおり、数多くの成果を上げています。たとえば、集団の幸福感を「ハピネス」としてデジタル化した取り組みもその1つ。これは名札型ウェアラブルセンサーを利用し、日々の業務における社員同士のコミュニケーション状況や身体運動を調べるもので、これらの計測データと集団の幸福感に強い関係があることが判ったのです。この研究を続けるうちに、いくつかの事例で、適度に活発なコミュニケーションが行われている組織ほど生産性が高いということも、データとして検証できました。つまり、これまで経験的に捉えられていた組織の生産性についても、データに基づく改善ができるようになったのです。こうした人の動きに関わる知見はお客さまのビジネスにも生かされており、コールセンターや物流倉庫の業務改善など、さまざまな分野で大きな効果を発揮しています。
さらに、IoTで欠かせないモノの動きについても、いろいろな取り組みを行っています。
その先駆けとも言えるのが、日立グループ内で行っている建設機械の遠隔監視です。建設機械にGPS(全地球測位システム)やセンサーを付け、稼働状況をリアルタイムにモニタリング。故障する前に部品を提供するといった高度な保守サービスにつなげています。近年ではそれを、ヘルスケア分野や英国の鉄道事業にも転用。MRIなどの医療機器の稼働データを遠隔収集・分析し、設備の安定稼働に役立てたり、鉄道車両につけたセンサーデータを解析し、故障しにくい部品を作ることなどに生かしています。このように業種や対象が違っていても、日立自身が蓄えた経験値やノウハウを織り交ぜてデジタルソリューションとして結実させることにより、お客さまに新たな付加価値を提供しているのです。
ー 製造の現場を革新する「スマートファクトリー」
日立は製造業ですから、デジタル化された先進工場「スマートファクトリー」をめざす活動にも力を入れています。これも取り組みとしては長い歴史のあるものですが、近年ではさらに新たな可能性を拓きつつあります。ここでも異なる分野で培ってきたノウハウがデジタル情報として、生かされ始めています。
たとえば、日立には鉄道分野の運行計画や運行乱れの対策で培った技術があり、トラブルの際に素早くダイヤを再編成して迅速に安定運行に復旧するノウハウを有しています。この技術・ノウハウを工場の生産ラインに応用し、需要の変動、設備トラブルが発生した際に短時間で再計画を行うといったことに役立てているのです。
さらに日立では、現場のベテランが生産計画を立案するプロセスを、データで読み解く実証実験も行っています。その結果、驚くことに約8割のプロセスを再現できました。もちろんこれは限られた条件下での実験であり、今すぐベテランの代わりが務まるわけではありません。しかし、今後さらに研究を進めて、すべてのベテランの改善の工夫をとりいれることで効率の良い生産計画に限りなく近づけていきます。
生産現場ではこれまでさまざまなシーンでどうしてもベテランの経験や勘に頼る必要がありました。しかし、経験豊かなベテランが定年を迎える中これまで通りの現場力や競争力を維持し続けるためには、どうしても新たな手法や考え方を取り入れていく必要があります。先ほどの例のようにさまざまな技術やノウハウの活用によるデジタルシフトは、そのための1つの解だと言えるでしょう。その効果はグローバルで新しい工場を展開する際にも大きな威力を発揮するはずです。
ー デジタルシフトに向けた方法論や技術、人材、ノウハウを整備
ただし、そのノウハウの活用は、簡単なことではありません。たとえばIoT関連の記事などを読むと、センサーデータを活用した設備の予防保全がしばしば代表例として用いられています。ところが実際には、単にデータを利用するだけでは、こうした環境は実現できません。
事業の現場で利用されるさまざまな設備機器には、それぞれの機器ごとに複雑な特徴や稼働特性を備えています。「稼働中の設備の出力が下がった」というデータが送られてきても、それだけでは本当に機械の異常なのか、それともオペレータ操作によるものなのか見分けが付かない。ここを見極めるためには、設備運用の実態や人間系の業務情報なども含めたOT(オペレーショナル・テクノロジー)の知識が欠かせないのです。日立では「OT×IT」とよく表現していますが、現場で発生する大量のデータと業務に対する深い理解、それに経営の意思決定を司るITがすべて組み合わさることで、初めて真のデジタルシフトが現実のものとなるのです。
こうした点を踏まえ、日立では業務ノウハウをテンプレート化し、さまざまな分野のお客さまにスピーディーに提供していくためにIoTプラットフォーム「Lumada(ルマーダ)」として体系化。Lumadaで課題分析や仮説構築、プロトタイピングによる価値検証を繰り返すことで、お客さまのイノベーションを支援しています。
必要なのはOTとITだけではありません。デジタル時代に向けた新たな商品やサービスを創り上げていく際には、事業に対する考え方やコンセプト自体をこれまでとは大きく転換しなければならないケースもあります。
この点についても、日立では10年以上前から独自の価値協創手法「Exアプローチ」を展開。お客さまとディスカッションを重ねながら課題認識を共有し、関係者間のコラボレーションによって新たなアイデアを生み出す取り組みを進めてきました。
現在は、これに新たな手法やITツールを組み合わせデジタル空間でのコラボレーションを実現する顧客協創方法論「NEXPERIENCE(ネクスペリエンス)」も提供しています。
ー 新たなイノベーションを私たちとともに
最近話題のAIについても、今後のビジネスを考える上で重要なヒントが隠されているように思います。そもそもAIがプロ棋士に勝利できたのは、人間が一生掛けてもできないような膨大な試行錯誤をデジタル領域で繰り返したからこそ。ということは、デジタルシフトによって試行錯誤のスピードを上げ、さまざまなアイデアを試し、評価し、結果を再利用していけば、これまで以上のイノベーションが起こせるはずです。
日立も、その実現に向けた人材育成、技術やソリューション開発に全力で取り組んでいきます。とはいえ、我々だけで実現できることではありません。お客さまやパートナーと協創することで、その歩みを加速していきたい――。人がイメージできることは必ず実現できるのですから。
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