第1回 問題を発明し、ソリューションを売る >
第2回 深掘りした専門性を対話によって刺激せよ >
「組織の和」を大事にすることの副作用
水泳帽の例で紹介したフットマークが、1990年代に水中運動用の水着を開発したときの話が三宅氏の『新しい市場のつくりかた』に出てくる。今では「アクアビクス」という言葉もあり、水中運動に関する知識はある程度広まっているが、当時は影も形もない時代だ。そんな中、水中運動に特化した水着をつくるため、同社は新入社員に特命を与えた。
その新入社員は社長の直属となり、1人で企画・開発に奔走した。工場で試作品をつくり、スポーツクラブなどを訪ねては一緒に水中運動をし、その後に一緒にサウナに入って打ち解けては「この水着の着心地はどうですか」「使いにくいのはどの点ですか」などと聞く。新入社員は生産の場と消費の場を往復して、新しいコンセプトの商品づくりを行った。
このようなやり方を、同社の社長は「寿司屋の出前方式」と呼んでいたという。寿司屋の板前は市場で魚を仕入れ、さばき、握り、接客をしながら商品を提供する。出前に行くこともある。上流から下流まですべてのプロセスに関わり、その中で意識的または無意識的にトータルプロセスの最適化を図っている。
ある意味で、これはものづくりの理想形と言えるかもしれない。企画、設計、製造などそれぞれの部門の担当者が同じイメージを共有するために長々と会議をする必要もなければ、製造ラインで見つかった不良品を前にしてケンカすることもない。
「大企業病という言葉がありますが、私の考えている組織病はそれとは別物です。人間が2人集まれば、分業が始まります。情報共有も完全ではなくなる。つまり組織化の便利さと弊害は、同じコインの表と裏であって、切り離せないものです。それは、組織というものが持つ宿命のようなものです」と三宅氏は言う。
大企業になれば、分業はさらに進み、一人ひとりが担当するエリアは狭くなる。そこには、メリットとデメリットの両面がある。
「分業による弊害は必ずあります。勝っている大企業は、その弊害を相殺するような仕組みを内蔵しているのだと思います」。
ただ、そうした大企業は多いとは言えないだろう。特に日本的な組織には大きな課題があると三宅氏は指摘する。
「ときどき、旧日本軍と現代の日本企業が重なって見えることがあります。例えば、海軍ではある時期まで、飛行船が重要な役割を果たしていました。飛行船乗りを育成するためのプログラムをつくり、多くの有能な若者を長年にわたって訓練していました。その後、主流が飛行機に移り、飛行船が時代遅れとなったときに、『努力はしたが、結局それは徒労に終わった』と言えないのが日本的な組織。古いスキルを持つ軍人はスキルチェンジをしないまま、専門外の分野を担当することになります」。
それにより、艦隊全体が窮地に陥る可能性もある。にもかかわらず、優先されたのは「組織の和」だった。
スカンクワークスとアンダー・ザ・テーブル
「コミュニティーや組織の和を最優先した結果、その副作用でなれ合いになり、しがらみで自らの体を縛ってしまう。その結果、変化を起こせなくなり、変化に対応する力も減退してしまう」。
そんな傾向を、三宅氏は一部の日本企業にも見ている。こうした弊害を打破するために、欧米企業は様々な仕組みを用意していると三宅氏は言う。
「製品開発における1つの例は、スカンクワークスのような少数精鋭チームです。第2次世界大戦時に米軍の発注を受けて、当時のロッキード社が立ち上げた新型戦闘機開発プロジェクトのチームです。同じことを日本でやろうとすると、『なぜオレが選ばれずに、アイツが選ばれたんだ』という話になり、大事な組織の和を乱してしまう。だからでしょう、日本企業で同様のやり方が成功したという話はあまり聞きません」。
コミュニケーションのロスやコストの最小化という観点では、スカンクワークスと寿司屋の出前方式には共通するものがありそうだ。少数精鋭のチームなら、全員が相互にやり取りしたとしてもそのコストはコントロール可能だろう。
さて、三宅氏の言うようにスカンクワークスが適していないとすれば、どのようなやり方が日本の大企業には適しているのだろうか。1つの可能性は、アンダー・ザ・テーブルの研究開発だろう。あるメーカーの例を、三宅氏が紹介する。
「研究開発チームの有志が日常業務の後で集まり、材料の切れ端を削ったりしてプロトタイプをつくる。それを、重役が視察に来るタイミングを狙って、視察ルートのわきにさりげなく置いておくそうです。重役が『あれは何だ』と聞くと、案内役の研究所長が『若い者がつくりまして』などと応じる。重役が興味を持てば、オフィシャルなプロジェクトに格上げされるという具合です。おそらく、元気な企業は同じような仕掛けを持っているのではないでしょうか」。
従業員が自分の業務時間の20%を好きなことに使ってよいとする、いわゆる「20%ルール」は、従来の勤務体系では思いつかないような斬新なアイデアを生み出そうという考えから生まれたものだが、以前から同じようなルールを(ときには暗黙のルールとして)運用してきた日本企業は少なくない。成長の鈍化で余裕がなくなり、一時は有名無実化してしまったものの、最近になって再び光を当てようとしている企業もある。
ただ、三宅氏はアンダー・ザ・テーブルの制度運用においては注意が必要とも語る。
「10%ルールをつくったとしましょう。すると、『ルールがあるからなんかやらなきゃ』と、面白いと思わないテーマに取り組む人が出てくる。誰もがやりたいテーマを持っているとは限りませんからね」。
言うまでもなく、アンダー・ザ・テーブルは1つの手法にすぎない。イノベーションを育てるためのアプローチ、あるいは問題を発明する方法は企業によって異なるはずだ。それぞれに企業は、自社にとっての最適を探し続けるほかない。
技術一辺倒では勝てなくなるときがくる
以上、日本的なものづくりの現状と可能性について見てきた。課題も少なくないが、問題の発明や文化の開発に対する企業の意識は高まっているようだ。
「企業の勉強会などに顔を出すと、『文系の研究者をお呼びしたのは初めてです』と言われることがよくあります。従来はもっぱら、工学部の先生たちを招いていたようです。これまでは技術を追求して新しいものをつくろうとしてきた企業が、『どうも技術だけでは足りないのではないか』と考えるようになった。というのが、私の解釈です」。
確かに、技術一辺倒で勝てた時代はあった。今も、技術一辺倒でなければ勝てないという分野はあるはずだ。しかし、競合も含めた業界のレベルが一定以上に達すると、それだけでは勝てなくなる。
三宅氏は薄型テレビを例に次のような議論を提示している。ブラウン管が厚さ10センチの液晶テレビになって、リビングルームが広くなった。消費者は大いに喜び、高くても買ってくれた。次に、10センチが5センチになり、2センチになった。このとき、消費者は新型の薄型テレビに対して、果たしてどれだけの価値を認めてくれるだろうか。
5センチを2センチにするには、最先端の技術と膨大な努力が必要だ。しかし、消費者はそれに見合うだけの評価をしてくれなくなった。おそらく、様々な分野で同じようなことが起きているはずだ。技術者や企画者はときには立ち止まって、消費者やマーケットと向き合わなければならない。
「価値は社会にしかありません」と三宅氏。価値は社内にも、研究所の中にもないのである。
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