グローバル資本主義経済の限界をいかに乗り越えるか
志賀
シンポジウム最後のセッションでは、社会イノベーションにおける、これからの企業の在り方と役割について考えていきたいと思います。まず、なぜ今、社会イノベーションが、企業や社会において必要とされるようになったのか、野田さんはどのようにお考えでしょうか。
野田
私は、経営者・リーダーを対象に教育活動を行っていますが、その活動の一環として社会イノベーターの育成・支援を手掛けてきました。つまり、私自身、社会イノベーションの必要性を強く感じて行動しているわけですが、なぜ社会イノベーションが必要とされているのかと言えば、今、まさに「グローバル資本主義が曲がり角に来ている」ということに尽きると思います。1989年のベルリンの壁の崩壊以降、世界はグローバリゼーションへと向かい、全世界が市場化およびシステム化され、その流れはとどまることがありません。世界中で「自由」と「欲望」が解放された、と言ってもいいでしょう。
しかし、グローバル資本主義が進む中、例えば先進国である日本では、人間関係が疎遠になり、少子高齢化の問題が顕在化しています。地方では農業や漁業などの一次産業が衰退し、人口が減り、都会には人が集中する。その結果、皆が忙しく働く一方で、孤独死や無縁死などが問題となっている。また、世界に目を転じれば、新興国では食糧も、電力や水などのインフラの整備も、医療も依然として十分ではなく、深刻な交通渋滞に悩まされていたりします。それが世界の現状です。つまり、先進国も新興国も現状に悲鳴を上げる中、社会の変革、すなわち社会イノベーションが希求されているということでしょう。
そのような背景の下、現在、日立さんでも社会イノベーション事業に取り組んでおられますが、私が常日ごろ接している社会イノベーションと、日立さんの考える社会イノベーションでは、アプローチや領域が異なると感じています。私が想定しているのは、貧困の解消や格差の是正、教育や医療への支援といった社会問題の解決ですが、おそらく日立さんがめざすのは、長年培ってきたインフラ技術と高度なITを組み合わせて社会に貢献するということでしょう。でもそこに共通点があるのか、お互いに学び合うことがあるのか、本日は、そのあたりについて、川村さんとじっくり議論させていただければと思っております。
この2つの潮流を考えるにあたって、まず必要なのが、「社会とは何か」という問いかけだと思います。私が考える社会とは、図1にあるように、「たくさんの人生が走っているんです」と書かれた、首都高速道路で見かけた標語標識そのものだと思っています。人間は社会的動物であり、社会の一員としてしか暮らすことしかできません。そのさまざまな人間の人生が走っているのが「社会」である、と。その社会に対して、21世紀のグローバル資本主義の曲がり角にあって、人類を次のステージに導くのが、社会イノベーションの役割だと考えています。
志賀
社会課題が山積する中で、市民の目線を大切にした改革こそが社会イノベーションであるということですね。一方で川村さんは、企業の中で社会の基盤づくりに携わられてきたわけですが、なぜ今、社会イノベーションが必要だとお考えですか?
川村
出発点は野田さんと同じです。資本主義自体は、社会システムとしてなんとか合格点がつくものではあるけれど、リーマンショック以後、資本主義を推し進めてきた市場原理主義だけでは立ち行かなくなっています。従来のように地球上の資源を市場が利用するだけでは、いずれ枯渇してしまう。また、グローバル資本主義社会は、さまざまな格差拡大を助長してきました。もはや、マーケット主導だけではダメだと、誰もが思い始めています。
そうした中で、世界の有限な資源やエネルギー、付加価値、さらには企業が得てきた利益も含めて、世の中に最適に再分配していくためのインフラ技術を提供できないかというのが、日立の社会イノベーションの出発点になっています。少ない電力で電車や飛行機などの交通手段を運行し、人々の営みを持続させ、スマートグリッドによりエネルギーの最適化を図ることで、地球の有限な資源を大切に使っていきたい。つまり、社会全体の質を保ちながら、長期的なビジョンをもって次世代に引き継いでいくというのが、日立が進めようとしている社会イノベーションです。
一方で、野田さんがおっしゃるように、当然、市民1人ひとりを見て行動することも大切であり、企業にできることがもっとあるだろうと思っています。いわゆる「ソーシャルビジネス」と呼ばれる領域ですね。こちらは、現状では、日立の社会イノベーションの主たるテーマとはなっていません。我々がめざすのは、社会のレベルアップであり、資源の節約であり、環境破壊の防止であり、現状はB to B(Business to Business)の中にとどまっている。それをさらに、B to B to C(Business to Business to Consumer)まで進められないか、というのが野田さんの主張でしょうし、我々もこれから議論すべき議題だと思っています。
志賀
お二方のお話を伺って、社会イノベーションという言葉に、大きな広がりがあることを感じました。そして、さまざまな課題を抱える現代社会を一歩前に進めていくために、今こそ社会イノベーションが必要不可欠だということを再認識しました。
社会イノベーションに日本企業はいかに貢献し得るか
志賀
次に、社会イノベーションに対する企業の関わりと、企業がそこにどのような価値を提供できるのかについて、お話を進めていきたいと思います。
野田
私は、さきほど川村さんがおっしゃった「ソーシャルビジネス」としての社会イノベーション、そして日立さんが手掛ける社会のプラットフォームづくりとしての社会イノベーション、いずれにおいても、日本企業が主役になり得るし、また、なってほしいと強く願っています。
現在、ソーシャルビジネスに関しては、グラミン銀行のマイクロファイナンスをはじめ、すでにさまざまな取り組みがあり、欧米のビジネススクールでは、ソーシャルアントレプレナーシップの育成、いわゆるソーシャルビジネスのコースが一番の人気になっているほどです。実際に、コンサルティング会社や大手企業を辞して、ソーシャルビジネスを始める若者も少なくありません。
しかし、特にアメリカの場合、市民目線で社会課題の解決に取り組む若者と、ウォールストリートに代表される株主市場主義、効率主義に邁進して働く人と、二極化が進んでいるように思います。もっとも、昼間はウォールストリートで血眼になって働く人が、夜はNPOの慈善活動に参加したり、寄付をしていたりして、それがNPOの大きな資金源になってもいる。つまり、アメリカはグローバル資本主義を推し進める中でさまざまな社会課題を生み出しつつ、もう1つの顔を持って、チャリティやフィランソロフィーでそれらを解決しようとしているのです。これを私は「マッチポンプ・エコノミー」と言っています(笑)。
これに対して、日本の企業人に、「あなたは収益のためだけに働いていますか?」と問えば、イエスと答える人はほとんどいないでしょう。実際に、「企業が何のために存在するか」という問いに対して、ほぼ9割の経営者が「社会のために存在する」と回答しています。つまり、日本企業はそもそも社会と経済が一体化したフィロソフィーを持っているということです。だからこそ、ソーシャルビジネスであれ、インフラ整備であれ、持続可能な社会を築く上で、日本企業は主役になれると思うのです。
少し古いデータになりますが、2007年の『McKinsey Quarterly』に、大企業が公共益に貢献しているかどうか、企業経営者と消費者、それぞれに対して行われたアンケートの調査結果が掲載されました。これを見ると、中国やインドなどの新興国では、消費者は大企業の活動を評価しています。経済発展を遂げる中で、経済的豊かさを追い求める現地の消費者は、いまだ大企業に大きな期待を寄せているわけです。ところが、欧米、アジア・パシフィックでは、経営者の回答は高いパーセンテージを示しているものの、消費者の数字はかなり低い。つまりこれらの消費者は、経営者が考えるほど、企業が公共益に貢献しているとは感じていないのです。
なぜ、こういう結果が生み出されているのか。先進国において、消費者がモノの消費に飽和感があるにもかかわらず、大企業が従来通りの経済的、物質的豊かさの担い手という従来の役割から抜け出していないからでしょう。グローバル競争の中で、半期ごとに新たな製品を世に送り出し、さらなる欲望を喚起するという時代遅れのゲームにいまだ埋没している側面があるからではないでしょうか。またこうした競争の激化のなかで、自分たちの利益しか考えていないと、少なくとも消費者が感じているからではないでしょうか。そこをいかに方向転換できるか、ということでしょう。
川村
私は、企業というものは、フィランソロフィーで社会に貢献するのは一部であって、実業で利益をしっかり生み出した上で、その価値を社会に還元していくのが本筋だと思います。利益は税金に、従業員の報酬に、また取引先への支払いに、そして金融機関の利子にもなります。なにより、企業が設備や人財、教育などに投資する資金は、すべて社会に還元される。そう考えると、企業がきちんと稼いで利益を出すことが一番の社会に貢献であり、存在意義なのですね。
というのも、私自身が社会課題の中でもっとも優先すべきことは、貧困からの脱出だと思っているからです。貧困から脱出するためには、事業が芽生え、経営が持続的に行われ、そこで得た富が分配されていく、というのが確実な方法でしょう。それを担うのが企業というわけです。
ですから、今、お話のあったアンケートの調査結果などを見ると、大変に口惜しいわけです。しかし、こういう意見が出てくるのも理解できます。2011年頃から、アメリカではたびたびウォール街を占拠して、アメリカの経済界や政界に対して、反格差を訴える抗議運動が起こっていますね。特に、市場原理主義を推し進めてきた金融業に対する風当たりが強くなっています。こうした活動が起こること自体、社会の歪みの一端を表しているのでしょう。
しかし、企業が収益を上げ、社会に付加価値を還元していく役割を担うという構造は、これからも変わらないと思うのです。それによって皆が貧困から脱していく。そのイノベーションの中心に存在するのが企業です。
ところが最近、残念なことに、アメリカや日本の大学のエリートの一部は、企業は悪だとして、大企業に就職したがらなくなっている。先のアンケートのように、大企業は社会に貢献していない、という偏見があるのでしょう。確かに、大企業の中には、資源を収奪し、環境を破壊し、公害の原因をつくってきたという悪い面もあります。しかし一方で、我々大企業が、社会基盤を築く担い手となってきたのは紛れもない事実です。そのことを、世の中にきちんと説明していなければなりません。また、貧困や格差を解消するソーシャルビジネスについても、今後、我々も課題として取り組んでいきたいと思っているところです。
志賀
企業というのは、社会の経済基盤を構築し、社会イノベーションのファーストステップを担う重要な存在だということですね。
利潤追求とイノベーションの狭間で問われる企業の存在価値
野田
私と川村さんとでは、若干、考え方が違っているかもしれません。私も利益を上げることは企業の大きな存在意義だと思っていますが、それは必要条件であって十分条件ではない、と考えています。というのも、企業が何のために存在するかと言えば、イノベーションのためだと考えるからです。まさに日立の創業者である小平浪平さんがそうであったように、国産初のモーターをつくって、社会をより良くしたい、というのが起業のモチベーションになったわけですね。それこそが、企業の存在意義であり、DNAなのではないでしょうか。
だからこそ、企業が社会イノベーションの担い手になる、というのは当然のことであって、現代のグローバル資本主義の曲がり角にあって、今一度、アントレプレナーシップやクリエイティビティ、イノベイティブなマインドセットを企業人に取り戻してほしい、と願っているのです。
ちなみに、日本にも持続可能な社会を築きたいといった、大きな志を持った若者がたくさんいると思いますが、現状では、彼らは小さなリソースとネットワークの中で、孤軍奮闘している状態です。一方、大企業には、優秀な人財が集まり、リソースがあり、ネットワークがある。だからこそ、日本の企業に、今一度、社会イノベーションの中心的役割を担ってほしいと考えるのです。
川村
もちろん、イノベーションというのは、企業の大きな役割の1つです。とはいえ、私の考えは、やはり人々の生活を向上させるために、企業が収益を上げ、富のベースをつくることが最も重要だと考えます。そして、2番目に重要な役割として、富を分配して社会の人々の自立心を育み、かつ、雇用も確保するということ。それこそが、イノベーションの根幹になるものです。
それから、社会イノベーションの担い手としては、単一で事業をやっている企業よりは、むしろ複合企業、コングロマリットのほうが取り組みやすい。日立は鉄道から発電、産業機器、鉱山用の油圧ショベルまで、実に幅広い事業を手掛けています。さらには、運営管理システム、ビッグデータ解析、クラウド構築など、ICTと組み合わせた多種多様な取り組みをしている。それらをフルに活用して、より効率的で、省資源的な新たな価値を生み出そうというのが、日立が手掛ける社会イノベーションなのです。その範囲をもう少し広げてはどうか、というのが、野田さんの考えだと理解しています。
志賀
私は学生なので、これまで企業はやや遠い存在だと思っていましたが、今のお話をお聞きして、実は私たちが生きているすべての環境の基盤を企業がつくり出してくれているんだということに、気づかされました。
川村
確かに、企業はまだ、社会の一部分しか見てないという問題はあるかもしれません。それでも日立グループは、世界各地で新たな取り組みを始めています。例えば、現在、独立行政法人 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて実施している事業として、配電線も何もないインドネシアの山の中で、携帯電話を使いたいというニーズに応えて、太陽光発電電池を据え、携帯電話が充電できる施設を提供しています。同時に、水を浄化するシステムも併設し、安全な水を安価に提供できるようになりました。ほかにも、インド洋に浮かぶモルディブ共和国では、水不足解消のために、現地と協業で海水の淡水化事業を進めています。そのように、少しずつではありますが、ソーシャルビジネス的な事業についても取り組み始めているところです。
社会イノベーションを担う人財をいかにして育てるか
志賀
これまでのお話の中で、社会基盤をつくる社会イノベーションから、よりソーシャルビジネスに近い社会貢献としての社会イノベーションまで、日立さんの中でも、さまざまな取り組みをされていることがわかりました。そうした中で、社会イノベーションに取り組むには、どういった人財が必要になってくるのでしょうか。
川村
やはり、企業の中に多様性を取り入れることが必要です。外国人はもちろん、女性、分野横断的な仕事をする人など、さまざまな人財です。そうしたことから、現在、日立の取締役会は、12人中3人の外国人と1人の女性で構成されています。さらに、12人中7名が社外取締役であり、社内論理に偏らない多様な目で経営判断をしようとしています。
また、新入社員には、入社してすぐに、半年程度、海外赴任を経験してもらおうと、年間約2,000名を海外へ派遣しています。もちろん、入社したばかりですから、仕事を覚えるわけでもありませんし、語学も大して身につきません。しかし、その国の文化には触れることができる。例えば、インドから帰ってきたある新人は、インドにはものすごい極貧層がいて驚いた、と言う。「自分たちに何かできることはないだろうか」と、問題意識を持って帰ってきました。まだ、彼の思いは結実していませんが、非常にいい刺激になって将来に必ずつながるはずと思います。
野田
どのような人財を育成するか、というのは、どういう社会イノベーションに挑むかによっても、違ってくるでしょうね。具体例をお話ししましょう。
ヤマト運輸の岩手盛岡支店の課長に、松本まゆみさんという方がいらっしゃいます。彼女は、離婚して2人のお子さんを育てながら、セールスドライバーから叩き上げて課長になられた方です。松本さんが立ち上げた新規ビジネスが、セールスドライバーが買い物の代行をし、商品を配達するのと同時に、高齢者の見守りをするという「まごころ宅急便」サービスです。これは、地元のスーパーと商店街をつなぎ、さらに流通ネットワークと情報を使って、お年寄りの見守りをするという、B to B to Cのサービスです。そのきっかけとなったのが、配達先で、おばあさんの孤独死に直面したことだったと言います。地元で育ち、地元を良く知るセールスドライバーとして、何かできないかという思いから事業を立ち上げたわけです。
もう1つ、事例をお話ししましょう。図2 の写真は、韓国の首都ソウルの中心部を流れる清渓川(チョンゲチョン)です。前大統領の李明博氏が、ソウル市長選に出馬した際、「2年間で環境都市ソウルをつくる」と言って、公約に掲げた代表的な施策の1つが清渓川再生でした。当時、暗渠化され、メタンガスが溜まり、いつ爆発するともしれないその川の上を、高速道路が覆っている状態でした。さらに川のほとりには、立ち退きに反対する20万人もの露天商が住んでいたのです。当然、誰もが公約の実現は無理だろうと思ったわけですが、李氏はわずか1年半でそれをやってのけました。まさに社会イノベーションの1例でしょう。
こういう事例をつくり出すには、どういう人財が必要なのでしょうか。私は3つの視点があると思っています。そもそも、イノベーションというのは、コロンブスの卵と同じで、最初は誰もが、「そんなことはできっこないよ」と考えるのに、いざ実現してしまえば、「当たり前だよね」と思えるようなものなんですね。そのことについて李氏は、「ビジョンとは見える1%から見えない99%をつくり出す力だ」と言っています。そして、見える1%に気づくためには、「不」がつく言葉に感性を持てるかどうかでしょう。つまり、現状に存在する、不満足や不足なものやこと、何か不条理なことにどれほど敏感になれるかどうか。それが1点です。
2点目は、市民としての視線です。私たちは企業人であったとしても、企業人としてだけで完結しているわけではなく、ベースとなるのは市民としての立場です。企業の取り組みにしろ、行政にしろ、NPOにしろ、社会イノベーションというのは、単体では実現不可能で、市民とのコラボレーションが不可欠です。重要なことは、この市民がかかわる社会イノベーションの世界では名刺は通用しないということ。名刺など出すと市民が引いてしまう。自らが志をもって、あらゆる人と対等に対話し、共感しあえる人財が必要です。
そして3点目は、“Putting ourselves in the shoes of others”という姿勢が持てるかどうか。つまり、相手の立場に自身の身を置く、ということです。私は、日本の会社を世界に輝ける組織にしたいという思いで、経営者の教育活動に取り組んできたのですが、そこで大切にしているのが、企業の目線ではなく、相手の目線、社会の目線で発想するという姿勢です。テクノロジーやプロダクトありきではなく、私たちの社会や共同体こそが大事であり、それをどこまで中心において思考できるかどうか、というのが肝要です。
先述の「まごころ宅急便」の松本まゆみさんは、事業を立ち上げる際に、社内でさんざん反対され、「これはヤマトのビジネスじゃない」と、何度も企画書を突き返されたそうです。それでも、自分が見える1%から見えない99%を作り出すという志をもって、社会福祉協議会や地元のスーパー、自治体などと恊働しながら、クロスセクターで共感を得て、事業にまとめ上げました。その根底にあるのは、「自分のおばあちゃんに、孤独に死んでもらいたくない。こんな死に方が当たり前の社会に自分はいたくない」という、一市民としての思い、さらには、「こんな社会はおかしい、まちがっている」という不条理に対する義憤からでした。理想論かもしれませんが、こういうマインドセットを持った企業人が、日本の経営者の中枢に溢れるようになれば、世界に貢献でき、結果として誇りと利益が得る循環が生まれるはずだと信じています。
これから求められる企業人の生き方、働き方
志賀
お二方のお話をお聞きしていると、取り組む分野や方法は違っても、志やめざしている先は共通しているな、と感じます。とはいえ、まだいわゆるソーシャルビジネスと企業の取り組みにはギャップがあるのも事実です。それを、どのように埋めていけばいいとお考えですか。
川村
やはり、社会を形づくっているのは人間ですから、人財教育に尽きるでしょうね。どのように、企業の中で人財育成をしていくのか、というのは大きな課題の1つです。さきほど野田さんがおっしゃった、相手の立場に立って考えるというのは、すべての基本だと思います。特に日立では、かつてはモノだけを売ってきたわけですが、今ではモノと同時に高度なサービスを提供しており、そちらをメインに切り替えつつあります。その場合、当然、相手の立場に立って考えなければ始まりません。
1つ良い兆候だと思うのは、日立だけでなく、他の企業も含めて、かつてに比べ、経営陣が権力・権威主義的でなくなってきた、ということはあります。いまや、権力・権威に頼って仕事をする社長は評価されません。むしろ、自らの考えや哲学、戦略などの情報を積極的に発信し、それによって社内外で議論を巻き起こし、さらにそれを糧として考えを深めていく、そういった経営者が注目されている。経営トップみずからが積極的に情報発信をすることで、社会を巻き込みつつ、たとえ間違えたときでも、素早く間違いに気づき、直すということができる、というのはいい傾向でしょう。
野田
上は変わりつつある、ということですね。しかしその一方、私が25年以上にわたりMBA教育からリベラルアーツに至るまで、幅広く企業人の教育に携わって見てきたのは、日本に限らず、世界中で、この10年間、企業の中堅層がどんどん擦り切れるくらい追い込まれている、という現実です。来る日も来る日もやれ競争だ、生き残りだ、コンプライアンスだ、KPIだと追い立てられて、余裕がなくなっているんですね。家に帰れば、子どもの受験や親の介護などの悩みを抱え、とても社会や資本主義を論じる余裕はありません。組織の歯車として回るのが精一杯という企業人が増えていることを懸念しています。
そうした中で、自立心とプロフェッショナルの意識を持ちながら社会をよりよく変えていきたいと行動できる人財をいかに輩出するのか、それこそが最大の挑戦だと思います。そうした中で、今、日立さんの人財育成の試みをお聞きして、大いに期待できると思いました。名刺が通用しない世界で、人と付き合うということを、もっと意図的にやっていくべきではないでしょうか。
川村
野田さんの見方も、ある面では正しいんだろうと思います。日立グループも日本人だけで19万人の社員がいますから、それはもういろんな人がいますし、一人ひとりそれぞれ違います。ただ、海外の企業と関わるにつれ、日本人というのは、平均的に非常にレベルが高いと感じていますので、もし、日本人の従業員の多くが、夜遅くまで残業しなければ仕事が終わらないといった状況に追い込まれているのだとしたら、それはやはり仕事の進め方が悪いということでしょう。例えば、作らなくてもいい資料を作っていたり、回り道をしていたり、要するに仕事の捌き方が悪いのです。
これからは、仕事とプライベートの上手な切り分けというのも非常に大きなテーマの1つと言えます。ましてや、女性の労働者を増やそうというときに、深夜まで働かなければならないような職場環境では、とうてい受け入れられないでしょう。そういった意味でも、働き方を変えるというのは、間違いなく大きな潮流となってきています。また、自分は財務のプロであるとか、資材調達プロであるといったように、自らのプロフェッショナルを磨くということも重要です。そうであれば、どの企業でも働くことができるし、そのようにプロとして自立していくことが、自己実現につながっていくと思います。
志賀
それは、先ほどの野田さんがおっしゃった、名刺が通用しない世界でいかに人とつながるか、という話にも通じますね。
野田
私の友人に、「クロスフィールド」という組織で、日本の優れた技術者を世界のNGOや国際機関に派遣して、アフリカなどの発展途上国で社会貢献に参加してもらうという、ワークショップ体験型のプログラムを実施している人がいます。そこに参加した技術者たちは、自分たちが持っている技術やノウハウを世界に役立てることで、現地の人々の教育水準や生活水準が向上するのを目の当たりにし、大企業の中にいるだけでは感じられなかったやりがいを感じることができると言います。当然、アフリカでは名刺や肩書きは通用しませんから、人間同士のふれあいの中で成長していくことになります。さきほどの日立さんの新人研修もそうでしたが、こうしたトレーニングや機会というのが今後ますます重要になっていくのでしょうね。
志賀
さまざまな体験を積み、一人間として社会に向き合い、あらゆるセクターの人と恊働することにより、見える1%から見えない99%をつくり出せるような人財が育まれていくわけですね。
日本人として世界に貢献できること
志賀
いよいよお時間が迫ってきました。最後に、観客の皆様へのメッセージをお願いします。
野田
私は海外に15年住んでいた経験があり、だから余計に日本が恋しくて、日本が好きで、日本を憂い、日本人であることを誇りに生きてきました。これほどレベルも意識も高く、勤勉な人種は世界でも稀有だと思います。そもそも戦後の焼け野原から見事に復興し、繁栄を遂げてきたことも、称賛に値することでしょう。私はよくバングラデシュなどの新興国に行きますが、現地の人々から、「日本人は、焼け野原から復活した気概を持つ民族だ」と言われます。それだけ驚異的なことなのです。
だからこそ、他国に目をやれば、インフラ整備を始め、日本人が貢献できることがいっぱいある。当然、国内でもやれることはまだまだたくさんあります。そして、あらゆる社会課題に対して、多大なリソースとネットワークを持つ企業にこそ、さまざまなセクターの人と恊働しながら、未来をつくっていってほしいですね。ぜひ、日立さんに先頭に立って取り組んでいただきたいと思っています。
社会インフラとソーシャルビジネスという、並行してある 2 つの潮流は、今後、必ず融合することになるでしょう。今は、まだ見えません。それこそイノベーションというのは、目に見えないものですから。今日のような場を通じて、一人でも多くの方々が、「いっちょやってやるぞ!」というふうに思っていただければ何よりでし、私自身もその先頭に立って実践していきたいと思っています。お互い、がんばりましょう。
川村
今日の野田さんとの対話を通じて感じたのは、NGO、NPOとの関わりの大切さです。以前から政府に、「政府とつきあっているだけではカバーしきれない。企業はNGO、NPOともっと関わりをもつべきだ」、と言われていましたが、今日のお話をお聞きして、改めて、海外のNGOやNPOときちんと組んで、ソーシャルイノベーションを進めていく必要があると感じました。
そういえば、アフリカにある日立パワーアフリカという子会社で、マイクロファイナンスを手掛けていることを思い出しました。生活に窮した未亡人がお金を借りにきて、お弁当屋さんを始め、我々が建設している発電所の従業員にお弁当を売りに来たことがあります。こういう取り組みを、NGOやNPOと一緒に組むことで、さらに大きな流れにしていけたらいいですね。
野田
日立さんの本業はやはりインフライノベーションですから、ソーシャルビジネスが事業の中核になるわけでは決してないと思うのですが、ソーシャルビジネスの部分を、ぜひ、人財育成や教育の場として役立てていただきたいと思います。その部分にふれ、従来の企業内のビジネスだけでは得られない感性や能力を磨いた人々が、世界中のインフラ事業の中で、信頼され、ネットワークを広げ、プロデューサーとして活躍し、さまざまなセクターを巻き込みながらエコシステムをつくっていっていただきたいと願っています。
志賀
お二方とも、ともに手を取り合って、共創していく、すなわちコ・クリエーションをしていくということの大切さを、最後に語っていただきました。お時間になりましたので、このセッションを終了させていただきます。皆様、ご清聴ありがとうございました。
(構成・文=田井中麻都佳 顔写真=秋山由樹)
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