「第1回:愼 泰俊(シン・テジュン)氏」はこちら>
「第2回:小林賢治(コバヤシケンジ)氏」
※ 本記事は、2025年8月5日時点で書かれた内容となっています。
2人目は、小林賢治(※)さんです。ベンチャーファイナンスの世界では有名な方です。親しみを込めて「コバケンさん」と呼ぶ人が多い。僕がお手伝いしている投資会社の仕事で一緒になるという関係がこのところ続いています。そこでの僕の仕事は、投資対象になるかもしれない企業の経営や戦略について評価をするというものです。
コバケンさんは、ご自身でシニフィアンという投資会社を経営されていますが、その前はDeNAの執行役員としてゲーム事業を成長させ、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括されていました、さらにその前は、本誌でもおなじみの冨山和彦さんや石井光太郎さんがいらしたコーポレイトディレクションというコンサルティング会社で、最短でマネージャーになっています。
はじめてお会いした時から、僕はコバケンさんの物事の本質をつかむ力に驚かされました。「いろいろあるけれど、要するに」――彼の着眼点はことごとく本質をついています。投資の仕事をしている人たちは、基本的に皆さん頭が良くて頭の回転が速い。その反面、思考が上滑りして本質をつかむ力が弱い人が少なくありません。本質は横に置いて、ある特定の断片についてすごく高速かつ的確に議論を進めていく。そんな人が散見されます。とにかく議論が面白くない。ある種の能力のトレードオフがあって、頭が良くて回転が速い分、大局観で本質をつかむ力が犠牲になってる人が多い業界だと僕は思っています。
その中でコバケンさんとの議論は異様に面白い。瞬時にして本質を見極める。どんな議論をしている時でも、常にそうなのです。単に有益だとか勉強になったというだけではなく、誰も思い付かないような視点が突然出てくる。「そうか、要するにこっちが本質なんだ」とみんなが気づいて、議論の方向性がそこでがらりと変わるといったことが、コバケンさんといると起きるのです。聞いている人が生理的な快感を覚えるほど、本質をつかまえる力が強烈な人を、僕は彼以外に知りません。
コバケンさんは東京大学を卒業してから、東京大学大学院の人文社会系研究科で、美学藝術学を研究しています。学位論文は「ある演奏が良い演奏と判断されるのはどうしてか」というテーマだったそうです。小学生の時にベートーベンの第九に涙を流して感動して以来クラシック音楽が大好きで、大学時代には自分でオーケストラを創ってしまうほど熱中します。ご本人もフルート奏者で、今もオーケストラで演奏するほどの腕前の持ち主。つまり、コバケンさんは本来的な気性からして音楽、芸術、美学といった世界の人です。
投資の世界で活動していますが、経済学とか経営学といったバックグラウンドの人ではありません。しかしコンサルタントとしても、DeNAの要職について事業を動かし、投資家になっても超一流。オールラウンダーの稀有な能力を持つ人だと思います。
コバケンさんの特筆すべき点として、愛嬌が抜群です。人が仕事をする時に、愛嬌というものがいかに大切かということが、彼を見ているとよくわかります。投資の世界は、愛嬌がない人が多い。ばたばたしている、細かい数字を追いかけて右往左往している、せわしない、ぎらぎらしている。そういう人たちの中で放つ彼の明るさ、愛嬌というのは本当に光り輝いて見えます。
コバケンさんは、言語的な説明能力も高い人なので、雑談しているだけで楽しくなります。ある時、彼が登山が大好きだということを知りました。登山というのは、僕にとって絶対にやりたくないことのひとつなので、その面白さが何なのかを聞いてみました。もちろん山の頂上に到達することが喜びだけれども、頂上に到達するためには上がったり下がったり苦しい思いをする。そして頂上にたどりつくと、一瞬にしてさーっと景色が開けていく時の感動は、他では絶対に味わえないものだと話してくれました。
その感動は一人で登らないと味わえないそうで、かなりハードな山を登る時には肉体的にも精神的にも追い込まれる。その時コバケンさんは、がんがん声を出して泣くというのです。人がいたら絶対にできない、自分の感情むき出しみたいな状況を乗り越えて、視界が開けた時の感動は、何物にも代えがたい。「そんな経験、日常生活であります?」――僕は何回生まれ変わっても登山だけはしないタイプですが、登山の醍醐味は頭ではよくわかりました。
「今日はコバケンが来るよ」と聞いただけで、打ち合わせが楽しみになる。僕にとって彼は、そんなかけがえのない存在です。
※ 小林 賢治 氏 シニフィアン株式会社 共同代表 兵庫県出身。東京大学大学院人文社会系研究科修了(美学藝術学)。コーポレイト ディレクションを経て、2009年に株式会社ディー・エヌ・エーに入社し、執行役員HR本部長として採用改革、人事制度改革に従事。その後、モバイルゲーム事業の急成長のさなか、同事業を管掌。ゲーム事業を後任に譲った後、経営企画本部長としてコーポレート部門全体を統括。2011年から2015年まで同社取締役を務める。事業部門、コーポレート部門、急成長期、成熟期と、企業の様々なフェーズにおける経営課題に最前線で取り組んだ経験を有する。朝倉祐介、村上誠典と共に、2017年7月にシニフィアン株式会社を設立、共同代表を務める。2019年6月、上場前段階に差し掛かるレイターステージのスタートアップを主たる支援対象とする総額200億円のグロースファンド「THE FUND」を設立。SmartHRをはじめ、急成長企業の継続グロースに向けたエンゲージメントに重きを置いた投資を行なっている。2020年10月よりラクスル株式会社 独立社外取締役(現職)。株式報酬イノベーションによってスタートアップの成長を加速させるNstock株式会社のアドバイザーも務める。
第3回は、10月20日公開予定です。

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。