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一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)楠木建氏
リクルートワークス研究所の労働需給予測では、2040年の日本は1,100万人の人手不足に陥るという数字が発表されている。私たちが直面せざるをえないこの課題は、経営者にとって厳しい現実をつきつけることになるが、日本にとっては失われた30年から浮上するビッグチャンスになるかもしれない。そんな楠木教授の人手不足の論考を、9月は5回に渡ってお届けする。その4は、人手不足というビッグチャンスをピンチに変える危険性をはらんだ、外国人の雇用について。

「第1回:千載一遇のチャンス」はこちら>
「第2回:「失われた30年」ゆえの伸びしろ」はこちら>
「第3回:職業選択の自由」はこちら>
「第4回:解決にならない解決策」

※ 本記事は、2025年7月1日時点で書かれた内容となっています。

人手不足になると、その解決策として一番手っ取り早い方法は、海外から安価な労働力を調達するということです。しかし外国人による人手不足の解決は、ヨーロッパでは仕事が奪われてしまって若者の失業につながっている国もあります。さらに深刻なのは、政治的な分断や対立まで引き起こしてしまうことです。

ダイバーシティは大切で、これからはいろんな国の人に日本に来て活躍してもらうことは、もちろん賛成です。しかしこの賛成には、条件が必要だと思います。僕は人件費が安いからというだけの理由で、つまり安価な労働力を求めるという動機で外国人労働者を受け入れることには、基本的に反対です。

日本人の働く人が来てくれないような、まともな賃金を払えない企業が、自分たちの存続のために外国人という安価な労働力に頼ろうとする。これはその2で話したように、失われた30年の繰り返しにしかならないし、働かされる外国人にとっても辛い経験にしかならない。お互い不幸になるのは目に見えています。日本での暮らしがネガティブな情報として本国へも伝わりますから、これは日本のソフトパワーをも阻害することになるでしょう。

僕は、外国人労働者を批判しているわけでは全くありません。日本で働くことが効率のいい稼ぎ方であれば、国境を超えてくることは当然だし、数ある国の中から日本を選んでくれてありがたいと思います。

僕は日本で働きたい外国人には、一定の教育を受けたうえで、日本でキャリアを築くという動機で来日する人に限る必要があると思っています。そういう人を正社員として迎え入れ、日本人と区別せずにビジネスの戦力として働いてもらう。これが正しい姿で、短期的なコスト削減のためだけに安価な労働力を外国人に求めることには反対です。

人手不足を安直に外国人で解決すると、将来ヨーロッパのような政治的な問題をはらんでしまう。もっと深刻なのは、今回の人手不足というビッグチャンスをぶち壊しにする危険性があります。ようやく労働市場で機能してきた規律を、また緩めてしまうことになる。正当な賃金を支払えないような企業が存続してしまえば、経済活動の新陳代謝が妨げられ、必要なセクターへの人財の移動が阻まれることになります。

さらに、新しい技術への投資や活用も遅れてしまいます。例えばコンビニで考えてみると、レジの自動化や新しい決済の仕組みを積極的に導入すべきところを、安価な外国人の労働力で代替してしまえば、将来への投資が行われずに、目先の延命を目的とした時代遅れの石器時代を続けてしまうことになります。「石器時代は、石がなくなったから終わったのではない」という言葉があります。石器よりいい道具、青銅器などが発見されてそちらに移行したから石器時代が終わったわけで、石がなくなるまで石器時代を続けるのは愚の骨頂です。

大卒程度の一定の教養やスキルを持った外国人が、日本に来てキャリアを磨き、その習得した能力を生かして日本で活躍してもらえれば、日本で消費もするし日本のコミュニティの多様化にも貢献してもらえます。たとえ本国へ帰っても、彼ら彼女らは日本での経験を国で広めてくれるでしょう。ダイバーシティというのは、低賃金で働いてくれる人を日本に連れてきても逆効果です。人手不足の解決策を安直に低賃金の外国人労働者に求めることは、何の解決にもなりません。

第5回は、9月29日公開予定です。

画像: 人手不足―その4
解決にならない解決策

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

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パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

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寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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