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「第2回:都市の縮退と「逆6次産業化」」
少子化対策には賃金の上昇を
――前回のお話では、2050年頃には、居住地域の66.4%で⼈⼝が半減し、21.6%のメッシュでは無⼈化するという予測とのことですが、その対策としてどのようなことが考えられるでしょうか。
山﨑
まずは幻想の国土計画から脱却することです。「デジタル田園都市国家構想総合戦略」で設定された、「2027年度に地方と東京圏との転入・転出を均衡化させる」という目標の実現を図ることが、第三次国土形成計画(2023年7月)でも謳われていますが、この目標設定は実現困難な幻想、あるいは願望でしかありません。
実際、2024年に政府が東京23区から地方に結婚のため移住する女性に60万円の支援金を出す案を検討していたところ、大きな批判を浴びました。2023年には東京の合計特殊出生率は1を切っていて、若い女性が地方に移り住めば出生率を上げることができるのではないかという仮説に基づいて提案されたわけですが、炎上してしまいました。そもそも、東京圏で学び、働き、生活をしたい人たちの行動の自由を奪うべきではありません。
もちろん、出生率を上げない限り、遅かれ早かれ、多くの自治体の消滅は避けられません。ではどうすればいいのでしょうか。

マクロの話をすれば、日本の1人あたりの実質GDPは2025年現在、世界29位ですが、将来予測では2075年には45位くらいまで下がるとされています。もはや先進国とは言えない状況です。そしていまや、年収の高い人ほど子どもを産み育てやすく、年収が低い人ほど結婚しにくくなっている。そう考えるなら、いかにして所得を引き上げていくのかを真剣に考えていく必要があります。そうした意味では、実は地方創生に一番貢献するのは、最低賃金の引き上げなのかもしれません。
「逆線引き」という選択
――人口密度の低下に対してはどのような施策が考えられるのでしょうか。
山﨑
やはり、都市のコンパクト化が必須です。しかし憲法で「居住、移転の自由」が保障されている以上、容易に立ち退きを迫ることはできません。ただ、そろそろ、各エリアを維持していくためにトータルでいくらのコストがかかっているのかを算出したうえで、議論をしても良いのではないでしょうか。道路の補修や豪雪地帯の除雪、下水道管の修繕、通信網の維持などをしていくには、莫大な費用がかかります。結局、そうした費用は、国民一人ひとりの公共料金や税金に上乗せされているわけです。
また、総務省の住宅・土地統計調査(2023年)によれば、国内の住宅総数に占める空き家の比率は、過去最高の13.8%(899万戸)に達しています。うち、居住や使用目的のない「放置空き家」は385万戸にも及びます。
こうした状況を踏まえると、人口減少による自然的縮退に任せるのではなく、郊外開発の禁止や低密度居住地区、災害危険地域からの撤退を進めるべきです。実際に、人口減少率の高い北九州市では、1160ヘクタールを対象に、「逆線引き」(災害リスクの高い斜面地宅地の市街化区域を市街化調整区域へ編入すること)という大胆な提案がなされました。結果的に、市民の強い反対で大きく後退し、当初案の2%以下まで縮小してしまったのですが、それでも一石を投じた意味はきわめて大きいと思います。
あるいは、山形県鶴岡市で行われている、特定非営利活動法人つるおかランド・バンクによる「ランド・バンク事業(小規模連鎖型区画再編事業)」も参考になると思います。この取り組みでは、空き家・空き地を有効活用して狭隘道路の解消や、1区画を広くして駐車場付きの宅地にするといった再開発を進めています。

「逆6次産業化」など、発想の転換で危機を乗り切る
――一方で、コンパクト化などで都市中心部への移住を進めるとなった場合、その財源もまた問題になりますね。
山﨑
そろそろ国の財源に頼る、という発想自体をやめたほうがいいと思うんですね。2024年12⽉末に日本国民の家計の金融資産は2230兆円にも上り、過去最高を記録しました。自分の住む地域が魅力的になるのであれば、元本保証の上で、手持ちの資産を低利子や無利子で貸してもいいという人はいるかもしれません。ふるさと納税で2024年度に1兆2728億円が集められているわけですからね。もちろん、そうした危機的な状況にあることを、市民に丁寧に説得していく必要もあるでしょうし、国が都市縮退のスキームを示すべき時にきているとも思います。
発想の転換も必要です。いま、農林水産業(1次産業)の事業者によって生産された1次産品を地域内で加工し(2次産業)、その製品を販売(3次産業)し、地域内で付加価値を高めるという「6次産業化」の取り組みが全国で行われています。例えば、イチゴをジャムに加工して道の駅やレストラン、ネットで販売するといった取り組みです。この取り組み自体は良いのですが、人口減少に伴い国内市場は縮小し続けるため、今後は6次産業化でも輸入代替と輸出に取り組むべきです。
そこで有用なのが、「逆6次産業化」です。たとえるなら、商社によるアジア諸国・地域へのアイスクリーム輸出の増加が、日本国内でのアイスクリーム工場の生産や北海道などの酪農を牽引するといった流れを創出することです。実際に、ポッカサッポロフード&ビバレッジ株式会社は、原料のレモンの輸入を減らす目的で、2019年から広島県大崎上島町でレモン栽培に乗り出しました。また、うどんの消費量・生産量が日本一の香川県では「さぬきの夢」、博多ラーメンで有名な福岡県では「ラー麦」というブランド麦を生産し、麺の原料の小麦を輸入から国産に置き換える動きがあります。
さらに、近年目立っていた酪農業の倒産件数が2025年上半期に4年ぶりにゼロになった背景にも、輸入代替があります。酪農家が牧草やトウモロコシなどの家畜の飼料を自家栽培することで収益が改善したという。まさにこうした発想の転換で危機を乗り切っていくことが地域創生の鍵を握っています。
第3回は、9月10日公開予定です。
(取材・文=田井中麻都佳/写真=佐藤祐介)

山﨑朗(やまさき・あきら)
1981年京都大学工学部卒業。1986年九州大学大学院経済学研究科博士課程修了。博士(経済学)。九州大学助手、フェリス女学院大学講師、滋賀大学助教授、九州大学教授を経て、2005年より中央大学経済学部教授。
著書に『日本の国土計画と地域開発』(東洋経済新報社、1998年)、『半導体クラスターへのシナリオ』(共著、西日本新聞社、2001年)、『地域創生のプレミアム戦略』(編著、中央経済社、2018年)、『地域創生の新しいデザイン』(編著、中央経済社、2025年)など多数。
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