「第1回:『競争の戦略』マイケル・E・ポーター」はこちら>
「第2回:『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン」はこちら>
「第3回:『ザ・会社改造』三枝匡」
※ 本記事は、2025年5月16日時点で書かれた内容となっています。
3冊目は、三枝匡さんの『ザ・会社改造』です。三枝さんの著書は、『戦略プロフェッショナル』『経営パワーの危機』『V字回復の経営』というご自身の経営経験をストーリー仕立てにした3部作で読まれた方が多いかもしれません。

『ザ・会社改造』三枝匡著 日経ビジネス人文庫
『ザ・会社改造』は、実話をもとにした企業変革ドラマと表紙にあります。三枝さんが2002年に代表取締役CEOとして就任されたミスミグループでの経験を、三枝匡という実名で描いた改革ストーリーです。「350人から1万人のグローバル企業へ」とサブタイトルにあるように、実際に非連続的な成長を成し遂げた経営者が書いた本なのですが、これだけなら類書はあります。ところが、『ザ・会社改造』は他に類例が見つからない傑作です。
どういうことかと言いますと、前回のジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー』は、経営者自身が書いた本なので、インパクトがあって洞察も深い。彼の信念が詰まっている。その反面論理はあまりありません。一方で前々回のマイケル・E・ポーターの『競争の戦略』は、客観的かつシャープな論理で構成されていますが、経営者ではないので経験に基づいた洞察はない。ところが三枝さんの本は、経営者としての経験に基づいた洞察が深い上にきわめて論理的。
経営者が自分の経験に基づいて書いている名著は、他にもさまざまなものがあります。例えば永守重信さんの『情熱・熱意・執念の経営』は、僕のような学者には絶対に語れない迫力が満ちあふれていて、実際の経営者にとって本当にためになる本ですが、どんな優秀な人でもそれは自分の経営経験という文脈に縛られているわけです。臨場感や迫力がある一方で、文脈を超えて自分の仕事には当てはまりにくい面もある。

逆に学者が書いた優れた本で、経営者に対して強いインパクトをもたらしたものもいろいろとあります。マイケル・E・ポーターの『競争の戦略』やクレイトン・クリステンセンの『イノベーションのジレンマ』、ジム・コリンズの『ビジョナリー・カンパニー』といった名著は、多くの人に強い影響を与えました。それは、その本が主張している論理が素晴らしいからであって、ポーターやジム・コリンズやクレイトン・クリステンセンに、永守さんやジェニーンのようなグッとくる本を書いてと依頼してもそれは無理な話です。逆に、永守さんやジェニーンに、ポーターやジム・コリンズやクリステンセンのような論理的な本を書くことはできないでしょう。そこには経営者と学者の仕事のトレードオフがあるわけです。
三枝さんがユニークなのは、本当にあった個人の成功の話なので、普通であれば単なる武勇伝になってしまうはずなのに、それが学者以上に汎用的な論理で展開するところです。永守さんやジェニーンさんは文字通り「経営の鬼」なのですが、論理という「金棒」は持っていません。一方で学者は論理という「金棒」は持っていますが、「経営の鬼」ではない。三枝さんには、その両方がある。「鬼に金棒」そのものなんです。
松下幸之助さんの『道をひらく』や稲盛和夫さんの『生き方』も名著で、広範な影響力を与えた本ですが、これはもう個人の哲学そのものです。『ザ・会社改造』は、その対極にあると思います。自らの思考と行動を論理で説明する。

『ザ・会社改造』の山場はいくつかありますが、僕が一番しびれたのはミスミがいよいよ国際化の勝負に出る場面です。ミスミはもともと商社ですが、メーカーを買収してそこから業務変革を進めていく。その時に因果関係を見い出して戦略を組み立て、組織を動かしていくところは、経営とはこういうことかと感動しました。
三枝さんはミスミグループの社長に就任した時、社長になった第1の目的は経営人材の育成であると言っています。日本経済の停滞の根本的原因は経営者人材の枯渇にあると言い切っている。『ザ・会社改造』はジェニーンと同じように心の底から優秀な経営人材に育って欲しいという意図を持って書かれた本です。それだけに多くの経営者を志す人に読んでもらいたいと思います。
第4回は、8月25日公開予定です。
(撮影協力:軽井沢コモングラウンズ 軽井沢書店 中軽井沢店)
『楠木建のEFOビジネスレビュー』特設コーナーのお知らせ
取材にご協力いただいた軽井沢コモングラウンズ 軽井沢書店 中軽井沢店に、今回の記事でお薦めしている書籍や楠木教授の書籍を取り揃えた特設コーナーを設置していただきました。軽井沢にお出かけの際には、ぜひお立ち寄りください。
(コーナー設置期間:~2025年9月1日まで)

Karuizawa Commongrounds
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楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
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寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
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