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一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)楠木建氏
本連載恒例となった夏休み読書企画。今年も、楠木教授が休暇を過ごすことの多い長野県軽井沢町にある複合施設『軽井沢コモングラウンズ』で取材を行った。今月は、今もその価値が色あせることのない経営者必読の名著を、毎週1冊解説していただく。その2で取り上げるのは、ハロルド・ジェニーンの『プロフェッショナルマネジャー 58四半期連続増益の男』。

「第1回:『競争の戦略』マイケル・E・ポーター」はこちら>
「第2回:『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン」

※ 本記事は、2025年5月16日時点で書かれた内容となっています。

次に紹介するのは、ハロルド・ジェニーンという経営者が書いた『プロフェッショナルマネジャー』です。株式会社ファーストリテイリング会長兼社長 柳井正さんの「これが私の最高の教科書だ」という言葉が帯に書かれています。

画像: 『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン著 プレジデント社

『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン著 プレジデント社

柳井さんがジェニーンの本に影響を受けたと聞いていたので、僕はご本人に「この本のどこにいちばん大きなインパクトを受けましたか」とお聞きしたことがあります。柳井さんは、「本を読む時は、はじめから終わりへと読む。経営はそれとは逆だ。終わりからはじめて、そこへ到達するためにできる限りのことをするのだ」という言葉に衝撃を受けたそうです。本は最初1ページ目から読むけれども、商売は最後から逆算して読む。最終的にこうなるという状態を決めてから、その実現の方法を考え、現時点でやるべきことを実行する。バックキャストでビジネスを動かすジェニーンの考え方は多くの経営者に影響を与えました。

ジェニーンは、1959年にアメリカのITTというコングロマリットの社長兼CEOに就任し、本の副題にあるように58四半期連続増益を実現した人です。就任していた17年間に買収・合併・吸収した企業は、エイビス・レンタカーやシェラトン・ホテルなど350社におよぶという、アメリカの大企業ではコングロマリット経営が王道だった時代の経営者です。ジェニーンの引退後、ITTグループは解体しています。

この本が今も全く色あせない価値を持っているのは、ジェニーンという人が徹底した現実主義、現場主義の人で、本当に自分が100%納得できることしか書いていないからです。表層的なふわふわした話が一切ない。本書の大きな美点です。

画像1: 経営者必読の名著―その2
『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン

例えば「大企業の人間も起業家精神が必要だ」ということを口にする経営者を、ジェニーンは強烈に批判しています。なぜかと言えば、大きなリスクを取って一発当てるという起業家の仕事と、すでに何百万ドルという資産を株主から委託されて上場公開している大企業の仕事は、根本的に違うものだからです。もし大企業の経営者が何か1つの試みに会社を懸けたとすれば、それは最悪の経営者でしかない。起業家精神というのは、自分のような大企業の経営者の思考とは根本的に反している――実に地に足が着いた主張です。

起業家というのは、大きなリスクを背負って頑張るけれども、「俺が、俺が」という人が多い。大企業では、まず会社が提供できる報酬や仕事、挑戦にみんなが満足していることが重要であって、起業家のような自己中心的な飢餓感はむしろ邪魔になる。彼は、会社の中で創造的な働き方をした人を6人選んで賞金を出すジェニーン賞という制度を設けているのですが、その評価基準は創造性であって起業家精神ではないと念押ししています。

着任する以前に読んだり聞いたりしたITTの情報は間違いだらけで、その知識はマイナスでしかなかった。組織図のような情報だけでは生きた企業はわからない。実際に中に入って仕事をしている日常的な相互作用こそが企業の本当の姿で、それを動かしていくのがマネジメントの仕事なのだ――人間中心主義で現場や現実を理解する深い洞察力を持った人でした。

僕が一番好きなのは、最終章にある「実績のみが実在だ」という言葉です。実績だけが人の自信、能力、勇気の最良の尺度であり、人の成長する自由を与えてくれる。他のことはどうでもいい。これがビジネスの大原則であり、この実績をもたらす人間こそがマネジャーであると定義しています。これこそ、経験に裏付けられたプロの言葉だと思います。

画像2: 経営者必読の名著―その2
『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン

ジェニーンは、いろいろな経験をエピソードとして書いています。成功した経営者がエピソードをベースに本を書くと、大体は自慢話や武勇伝になりがちです。この本にはそんな自己顕示の匂いが一切ありません。自分の経験に基づいたプロのマネジャーの仕事というものを、純粋にこれからの人に伝えたかったからだと思います。そのための有効な方法として自分の経験を書いているので、自慢話に陥らない。

芸能人のような「スター経営者」とは真逆の人、自分に厳しく仕事に対して献身的な人です。この本から学ぶべき最大のポイントはジェニーンの経営者としての倫理観だと思います。虚飾がなくて地味な本なのですが、経営者になるための資質や条件がよく分かる本です。僕は読み終わって、「自分に経営者は絶対に無理だ」と思わされました。

第3回は、8月18日公開予定です。

(撮影協力:軽井沢コモングラウンズ 軽井沢書店 中軽井沢店)

『楠木建のEFOビジネスレビュー』特設コーナーのお知らせ

取材にご協力いただいた軽井沢コモングラウンズ 軽井沢書店 中軽井沢店に、今回の記事でお薦めしている書籍や楠木教授の書籍を取り揃えた特設コーナーを設置していただきました。軽井沢にお出かけの際には、ぜひお立ち寄りください。
(コーナー設置期間:~2025年9月1日まで)

軽井沢コモングラウンズ

Karuizawa Commongrounds
〒389-0111
長野県北佐久郡軽井沢町長倉 鳥井原1690-1
お問い合わせ:0267-46-8590

画像3: 経営者必読の名著―その2
『プロフェッショナルマネジャー』ハロルド・ジェニーン

楠木建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座およびシグマクシス寄付講座)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

Key Leader's Voice

各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

経営戦略としての「働き方改革」

今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

ニューリーダーが開拓する新しい未来

新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。

日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性

日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。

ベンチマーク・ニッポン

日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

デジタル時代のマーケティング戦略

マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

EFO Salon

さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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