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「第2回:日本企業の飛躍に向けた価値創造のためのDXとCX (後編)」
ホワイトカラー消滅
例えば今のテレビ事業の競合は、テレビ事業ではありません。テレビ事業の付加価値で利益を得ているのは、NetflixやAmazonプライムです。テレビは単なるディスプレイで、消費者はそこにお金は使わずサブスクのコンテンツに気持ちよくお金を払います。デジタルイノベーションというのは、そういう異種格闘技を戦わざるを得ない状況を生み出す。この付加価値のシフトという破壊性が、今度は生成AIによってさらに大きなインパクトを引き起こそうとしています。
産業革命というのは、人間能力の代替です。最初に起きたのはジェームズ・ワットの蒸気機関による動力革命でした。筋肉運動が一気に代替できるようになりました。次に起きたのは情報革命で、見る、聞く、話すといった知覚の代替が進みました。そして今の生成AI革命では、人間の脳の代替が可能になりました。

産業革命は、産業の構造を一変させる破壊力を持っています。動力革命で何が起きたかといえば、農業から工業への大幅なシフトです。動力革命の前には先進国でも50%くらいあった農業人口が、5%にまで減少しました。45%は工場へと動いたわけです。次の情報革命では、工場で働く人たちがホワイトカラーへと動きました。そして今度の生成AI革命では、ホワイトカラーが消滅に向かうことになります。
これからホワイトカラーは、上下に分離すると思います。最近私も生成AIを利用するようになりましたが、スマホの中に何人も部下がいる感じです。リサーチャー、アナリスト、秘書、いろいろな得意分野を持つ専門家が瞬時に答えを返してくれる。これは生産性が確実に上がります。ということは、ロウワーホワイトカラーは要らなくなっていくでしょう。プロンプトという指示を出すボスの仕事は残りますが、指示されるホワイトカラーは劇的に減っていく。これは、企業の形を大きく変えることになります。
ホワイトカラー型組織からの脱却
日本企業の場合、終身年功型のホワイトカラーによる組織でこれまできましたから、本気でコーポレート・アーキテクチャーを変えないと、今の時代に適した組織は作れなくなります。これは革命的な変化なので、かなり早い段階からトランスフォーメーションを仕掛けておく必要があります。というのは、人の問題こそ一番時間がかかるからです。戦略を変える、事業を変える、人を変える。おそらく戦略は2~3年の時間軸で、事業は5年ぐらい、そして人は10年かかります。ということは前倒しで仕掛けておかないと、戦略の転換や事業の転換に組織が付いていけなくなるでしょう。
一般的な日本企業は、どちらかというと単線的で一律的な人事体系です。大量生産・大量販売、キャッチアップ型、オペレーショナルエクセレンス(※)といった量産向上を頂点とした仕事の体系がまだ残っています。でも今は、テレビが儲からなくなったらテレビは設計だけでファブレスにしましょう、ということが日常的に起きる。オペレーショナルエクセレンスはもちろん大事ですが、これで動いている部分とそうではない部分を共存させられないと、DXやCXについていけなくなります。
※ 卓越したオペレーションを実現することで、競争力の強化を実現する経営戦略。

ゲームチェンジングゲーム
今起きていることは、ゲームチェンジングゲームです。これから全く違うゲームを戦わなければならなくなるという厳しい局面を迎えているのが今であって、表層的に生成AIを使ってみましたという話ではないのです。おそらく日本企業の多くは、その認識が間違っています。これまで野球の上手な人間を集めてプロ野球で戦ってきた会社が、これからはプロサッカーで戦うことになる。それがゲームチェンジングゲームです。
その時急にサッカーに切り替えようと思っても、同質的で連続的な組織にはサッカーをやったことのある選手がいませんし、監督やコーチもいません。しかし多くの日本企業は、野球をやってきた選手にサッカーをやらせようとします。ところがその相手は素人サッカーではなく、GAFAが仕掛けてきているのは超一流のプロサッカーの試合です。戦う場所は県大会レベルではなく、いきなり欧州チャンピオンズリーグなのです。それでボコボコにやられてきたのが、2000年代の戦いです。
これからは、人財の構成をもっと多様化していく必要があります。稼ぐために本業の野球も大事にしながら、サッカーやバスケット、場合によっては個人種目のブレイキングとかクライミングができる人間もいる、そういう組織構造に変えていかなければゲームチェンジングゲームに勝ち目はありません。企業の一番コアなところの人事システム、組織構造にメスを入れていかないと、やがて組織が戦略に付いていけなくなります。組織と事業は、一緒にトランスフォームする必要があるのです。
バーチャルからリアルへ
これからデジタルで価値を生むフィールドというのは、サイバー空間からリアル空間に移ってきています。SNSなどのB to Cの世界から、自動運転に代表されるB to Bの領域に変わってくる。これは日本企業にとってグッドニュースです。というのは、リアルでシリアスであればあるほど、日本の強みであるオペレーショナルエクセレンスが生きてきます。ものすごく複雑なことを確実に提供できる、これは決して簡単なことではありません。
今日本の観光はインバウンドで盛り上がっていますが、それを支えているひとつの要因は公共交通機関です。これだけ鉄道が正確に走る国は、他にありません。海外からの観光客が、鉄道やバスの公共交通機関で自由に快適に移動することができるというのは、実はすごいことです。こういう複雑なオペレーションをトータルに提供できる、これは日本の強みです。
この追い風を逃さないようにしようということを書いたのが、『ホワイトカラー消滅』という本です。タイトルを見て皆さんドキッとされますが、あの本に書いたことは極めて楽観論になっています。雇用を守らなければいけないという呪縛から解放されて、本当に合理的な戦略、合理的なビジネスモデル、合理的な組織構造を追求していけば、日本にはまだまだ勝ち目がある。それが今日私の伝えたかったことです。ご清聴いただき、ありがとうございました。
第3回は、6月4日公開予定です。

冨山和彦(とやまかずひこ)
IGPIグループ会長 兼 日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長
ボストンコンサルティンググループ、コーポレートディレクション代表取締役を経て、産業再生機構COOに就任。その後経営共創基盤(IGPI)を設立し、代表取締役CEOとして活動。現在はIGPIグループ会長であり、日本共創プラットフォーム(JPiX) 代表取締役会長を務めるほか、パナソニックホールディングスやメルカリの社外取締役、日本取締役協会の会長も務める。さらに、内閣官房や内閣府、金融庁、国土交通省などの政府関係委員も多数務める。主著に『ホワイトカラー消滅 私たちは働き方をどう変えるべきか』『コーポレート・トランスフォーメーション 日本の会社をつくり変える』など。東京大学法学部卒、スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。
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