「第1回:小西利行氏とは?」はこちら>
「第2回:「挽肉と米」のサクセスストーリー」
※ 本記事は、2025年2月28日時点で書かれた内容となっています。
「挽肉と米」とは?
楠木
さまざまなことをなさっている小西さんですが、小西さんのお仕事の本領を知るために、「挽肉と米」というお店を題材に話をしたいと思います。実は僕も2~3週間前に伺ったばかりなのですが、今のところ日本で4店舗、アジアに6店舗展開されている大人気の飲食店です。ご存知ない方のために、小西さんから「挽肉と米」について説明していただけますか。
小西
「挽肉と米」は、ハンバーグを提供する飲食店です。このお店には「3たて」というコンセプトがありまして、「挽きたて」の牛肉を使って、「焼きたて」のハンバーグをお出しして、「炊きたて」のご飯で食べていただく。メニューはこれしかないという、非常にシンプルなお店です。
楠木
このコンセプトだけで、間違いなくみんな大スキになりますね。
小西
ありがとうございます。味の特徴としては、ソースがベースではなく、お肉の味が楽しめる塩味で提供しています。お肉は熟成させないとおいしくないという人もいますが、プロに話を聞くと、その場で挽いたお肉がフレッシュで一番おいしいということで、毎朝お店で「挽きたて」のお肉を使ってハンバーグを作ります。

ハンバーグのおいしいサイズは270グラムと言われていて、それを鉄板に乗せたりして熱々を提供する工夫を皆さんされています。でも結局食べているうちに冷めてしまう。それなら冷めないうちに食べきれるサイズにして、分けて提供すれば本当の「焼きたて」が味わえるのではないか。ということで「挽肉と米」では、90グラムの焼きたてのハンバーグを3回に分けて提供しています。
「炊きたて」は、ご飯が炊けてから20分以内という定義を作り、そのために4つのお釜で時間をずらしてご飯を炊いて提供しています。お店のレイアウトも、焼きたてをお出しするには、焼いた場所から短い距離でお客さまにサーブする必要がありますから、U字のカウンター席だけでテーブル席はありません。最初に言語化したコンセプトを忠実に守りながら、それをメニューやデザインやオペレーションに落とし込んでいったお店が「挽肉と米」になります。
「挽肉と米」夜明け前
楠木
小西さんがご自身で事業として飲食業をやってみようと思われたのは、なぜですか。
小西
古い話になりますが、亡くなった父がシェフだったので、昔から料理界には興味がありました。中学校2年生の時、父に料理人になりたいと言うと、お前には才能がないから無理だと言われました。
楠木
お父様はどこかのオーナーシェフでいらしたんですか。
小西
京都の都ホテルの総料理長でした。フランスにも修業に行っていたような、当時としては少し変わったタイプの人でした。
楠木
都ホテルが華やかだった頃ですね。
小西
皇族の方々が挙式をされるとか、有名なタレントや俳優の方が挙式を行うような場所でした。
楠木
それでお父様に言われたように、小西さんは料理とは別の世界に進まれた。
小西
はい。でも料理にはすごく興味はあって、友人にも飲食店の経営者やシェフが多いんです。「挽肉と米」の原案は、僕の食事仲間でもある「鳥貴族」COOの清宮さんと、「山本のハンバーグ」を運営しているORES CAMPANY代表取締役の山本さんを中心に作られました。それを関係者で練っていた時に、今回は飲食だけでなく、小西さんのようなコンセプトやアイデアを仕事にしている人間を入れた方が面白いのではということになり、僕に声がかかりました。
最初山本さんに、「一番おいしいハンバーグの食べ方って何?」と聞くと、「焼きたてのハンバーグを炊きたてのご飯といっしょにむしゃむしゃ食べるのが一番うまいです」という答えが返ってきたので、じゃそれをやろうと盛り上がって、お店をはじめる前に会社を作りました。会社名を考える時、このハンバーグは何で勝負するのかをまた山本さんに聞くと、「挽肉と米」ですと答えたのでそのまま会社名にし、それがお店の名前になりました。
話したくなるか、いじりたくなるか
楠木
言われてみると、ごく自然なコンセプトですね。奇をてらったり、特別にとんがったものではない。僕は実際に渋谷のお店で体験してきましたが、メニューは3回に分けて出てくる焼きたての小ぶりのハンバーグとごはんとみそ汁だけ。塩味だけで十分においしいのですが、いろいろな薬味や卵などで自分の好みにアレンジできるので、食べ終わった時には次回はあの味も試したいと思わされます。このシンプルな料理を目当てに、開店から閉店までずっと満席で回転しているというとてつもない繁盛を続けていて、僕が行った時には半分以上が外国のお客さまでした。

小西
今は6割~7割ですが、コロナ禍明けは、もう9割がインバウンドの外国人でした。
楠木
ということは、日本で「挽肉と米」を体験した外国人を通して、SNSで口コミが拡散されるバイラルが起きたということですね。
小西
はい、特にTikTokとInstagramの威力が強烈なのだと思います。僕らは「挽肉と米」に広告費を一切かけたことはありませんが、このコンセプトなら流行るという確証は持っていました。
楠木
普通だと、これからはSNSですよ、バイラルですよ、TikTokですよ、ショート動画ですよということで、予算を立てて必死に流行らせようとしますが、「挽肉と米」はお店で経験したことをお客さまが自分から発信している。
小西
おっしゃる通りで、今は企業が提供するコンテンツよりも、それを見た人たちが二次的、三次的に展開していくUGC(ユーザー・ジェネレイテッド・コンテンツ)が主流になっているので、それをどう獲得するかが成否の鍵になります。僕はもともと広告代理店にいた人間なので、マス広告の威力はわかっていますが、テレビCMや新聞広告で1億人に到達させるためには何十億円をかけた大キャンペーンが必要になります。
しかし1億は100の4乗で到達します。1×100×100×100×100の最初の1を、2か3にすること、それが今の時代のコミュニケーションです。そのためには、話したくなるか、いじりたくなるかのどちらかしかないと僕は思っています。誰かに話したくなるような内容であるかどうか、自分が関与できる余白があるかどうかがバイラルには重要なので、ここはかなり細かくチェックします。
楠木
それは、具体的に説明できますか。
小西
例えば「挽肉と米」で提供されるように、茶碗のご飯にハンバーグを乗せて卵を乗せた写真を撮ってSNSにアップするのが世界中で流行っていますが、実はあの写真、最初は公式で一切出したことがなくて、イラストで店名のロゴとして掲げているだけだったんです。あの写真をもしお店側が出していたら、つまりこうやってくださいと言った瞬間に、おそらく誰もやらなくなるからです。
イラストと同じものを自分も作ってみようという参加欲求を創出して、「自分でもできました」「はじめてうまくいったよ」「大失敗しました」といった自分の感情や経験を乗せてコミュニケーションするからこそ、広がるわけです。それを計算した上でデザインしています。
楠木
戦略として意図的に設計していたということですね。
小西
最初はお盆の上にハンバーグのお皿があって、ご飯があって、おみそ汁があるという想定でデザイナーと写真を撮ってみたんです。その時に「俺なら絶対にこんな写真撮らないわ」と気づきまして、どう撮ればいいかを話し合っていた時、「ロコモコみたいに上に乗っけちゃったらどう?」という案を出したんです。それをイラストにしたら、これは絶対に真似したくなると直感したので、デザイナーがロゴ化してお店やSNSに載せたわけです。すると勝手にアクションする人たちが出てきて、世界中で流行りはじめました。
楠木
あからさまに説明しなくても、顧客が特定の行動をとってくれるように、プロダクトや顧客接点をつくり込んでいく。この辺が小西さんのお仕事の余人をもって代えがたいところです。
第3回は、5月19日公開予定です。

小西利行(こにしとしゆき)
POOL inc.Founder、コピーライター、クリエイティブ・ディレクター
博報堂を経て、2006年POOL inc.設立。言葉とデザインでビジョンを生み、斬新なストーリーで世の中にムーブメントをつくり出している。主な仕事に、「伊右衛門」「ザ・プレミアム・モルツ」「PlayStation」「日産セレナ・モノより思い出。」などの1000を超えるCM・広告作品、「伊右衛門」「こくまろカレー」などの商品開発、ハウス「母の日にカレーをつくろう」、スターバックス「47 JIMOTOフラペチーノ」など多数のプロモーション企画も担当。「Visional」のブランド開発、三菱鉛筆のリブランディングも成功させた。 また2017年に施行された「プレミアムフライデー」の発案・企画・運営にも参画。都市やホテル開発では、越谷「AEON LakeTown」、京都「GOOD NATURE HOTEL」、立川「GREEN SPRINGS」などをトータルプロデュース。話題のハンバーグ店「挽肉と米」オーナー兼クリエイティブ・ディレクターでもある。著書に『すごい思考ツール 壁を突破する100の<方程式>』『伝わっているか?』『すごいメモ。』『プレゼン思考』『売れ型』などがある。

楠木 建(くすのきけん)
経営学者。一橋大学特任教授(PDS寄付講座競争戦略およびシグマクシス寄付講座仕事論)。専攻は競争戦略。企業が持続的な競争優位を構築する論理について研究している。著書として『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年、日本経済新聞出版)、『絶対悲観主義』(2022、講談社)、『逆・タイムマシン経営論』(2020、日経BP、杉浦泰との共著)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010、東洋経済新報社)などがある。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。