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人手不足解消には、大きなパラダイムシフトが必要だと古屋さん。その代表的な打ち手が「ワーキッシュアクト(Workish act)」や「シニアの小さな活動」である。前者はコミュニティ活動や趣味など、仕事以外で人助けとなる活動のこと。後者は、まさに高齢者の社会参加のことである。一人ひとりが仕事や仕事以外でさまざまに社会と関わることによって、誰かの困り事を解決できるとしたら、これほど好都合なことはないだろう。ただし、その活動を続けていくためには、「楽しさ」が欠かせないと言う。

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「第4回:活動持続のカギは「楽しさ」」
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本業以外での人助け、「ワーキッシュアクト」

――四つの打ち手の二番目である「ワーキッシュアクト」とは、どのようなものでしょうか?

古屋
これは、コミュニティ活動や趣味、娯楽といった本業の仕事以外の活動のうち、「誰かの何かを助けているかもしれない活動」を指し、一人の人間がいろんな場面で活躍する社会へのパラダイムシフトを意味しています。今後、あらゆる職種、あらゆる地域で労働の担い手が足りなくなるなか、単なる「労働力の移動」だけでは問題は解決できません。発想の大きな転換が必要になります。

具体例として、スマホゲームの中で地域のマンホールや電柱などを撮影し、位置情報と紐づけることで地域のインフラの状態を一覧化する、という取り組みがあります。ユーザーはゲームで遊びながら、地域のインフラの点検に一役買うわけです。これにより、下水道の維持管理を行う自治体や、電柱の管理をする電力会社などの職員が、本来労力を割くべき修繕や交換業務に集中できるようになる。すでに大手電力会社が電柱のデータを初期点検に活かしはじめています。

ほかにも、ランニングやウォーキングをしながら地域の見守りパトロールをする「パトラン」も全国に広がっています。警察や自治体だけで地域の見守りが難しくなっているなか、参加者が合間の時間を活かして無理なく活動している。さらには、旅行のアクティビティとして、農家の収穫や旅館の手伝いを組み入れる試みもあります。

ただし、これらのワーキッシュアクトは、単なる共助や互酬など、善意の搾取では長続きしません。金銭報酬や心理報酬、社会的報酬など、なんらかの報酬があることが重要です。今後のサステナブルな地域づくりを考えたときの最大のキーワードは、「楽しい」と「楽(ラク)」。何らか報酬があって楽しいからこそお客さんも喜んで参加してくれるのです。

画像: ――四つの打ち手の二番目である「ワーキッシュアクト」とは、どのようなものでしょうか?

シニアはケアの受け手とは限らない

――三番目の打ち手、「シニアの小さな活動」も、ワーキッシュアクトに似ていますね。

古屋
その通りです。これは、高齢者が現役世代と同じように働くのではなく、できる範囲で無理なく社会活動を行うことをめざすものです。働くことにより、収入も得て、生活リズムを整えることができるだけでなく、結果的に現役世代の働き手を助けることになる。ここでも、報酬や楽しさ、楽にできる、がカギを握っています。

例えば岐阜県飛騨市では、高齢化率がすでに40%を超えていて、介護や雪かき、買い物、草むしりなどの住民の困り事に、それこそ高齢者も含めて全員参加で臨んでいます。

それだけ聞くと、なんだか大変そうだなと感じるかもしれませんが、私自身は実際に現地に赴き、76歳でヘルパーをされている方とお話しして、その考えが吹き飛びました。「何か生活で困ったことはありますか?」とお聞きしたところ、「いえ、いまは日々の生活が楽しいんです。幸せです」とおっしゃったのを聞いて、ハッとさせられました。高齢者はケアの受け手・消費者であるという発想自体が思い込みであり、とても失礼なことだったと気づかされました。そして、日々の社会参加に楽しみを感じている高齢者の方の存在に、大きな希望を感じたのです。

画像: ――三番目の打ち手、「シニアの小さな活動」も、ワーキッシュアクトに似ていますね。

「自己重要感」という言葉がありますが、これは自分が地域でかけがえのない存在であるとか、自分がいることで誰かを笑顔にできているとか、自分がいないと困る人がいると感じることを言います。実は、この自己重要感と幸福感の相関はきわめて高い。まさに、飛騨市のお年寄りは自己重要感を感じておられるからこそ、幸せなんだと思います。

ちなみに、飛騨市の都竹淳也市長は、これから必要になるのは「仕高住」だとおっしゃっていました。サービス付き高齢者向け住宅を略して「サ高住」と言いますが、それよりも「仕事付き」のほうがいい、と。介護施設でのレクリエーションで幼稚園児のように手遊びなどをやるよりも、仕事をするほうが幸せだと感じる高齢者は少なくないのではないでしょうか。

中長期的な視点での打ち手も不可欠

――古屋さんは、四つの打ち手によって早期に解決策に着手することで、生活面への悪影響の発生を2030年まで遅らせることができる、と試算されています。数年間の猶予の間、何をすべきでしょうか?

古屋
より根本的な解決策を考える必要があります。例えば、エッセンシャルワーカーの効率を押し下げる原因となる、高齢者の一人暮らしの増加に対しては、コンパクトシティの推進など、都市空間のあり方自体を変えていくことがきわめて重要になるでしょう。

そのほかにも、労働力としての外国人の来日を促すような施策も必要です。ただし、従来のような技能実習生の受け入れは、今後、難しくなっていく可能性が高い。日本の競合相手が増えてしまっていますからね。すでに、インドネシアの若者をめぐって、韓国、中国、シンガポール、台湾、オーストラリアなどの国々で奪い合いが始まっています。他国より良い条件を出せるかどうかというと、中小企業は難しいでしょう。10年前とは、状況が大きく変わってしまっているのです。

そもそも外国人の受け入れだけで労働力不足の問題が解決するとは到底思えませんし、やれることはなんでもやるといった姿勢で短期・中長期両方において取り組む必要があるでしょう。これは一過性の問題ではなく、今後半世紀以上続く可能性のある、持久戦の始まりなのです。(第5回へつづく

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像: 「働き手不足1100万人」の衝撃を超えて
【第4回】活動持続のカギは「楽しさ」

古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員

2011年、一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省、産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(古屋星斗+リクルートワークス研究所著、プレジデント社)のほか、『ゆるい職場』(中公新書ラクレ)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)、『会社はあなたを育ててくれない』(大和書房)など。

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