「第1回:超⾼齢化社会が労働市場を変える」はこちら>
「第2回:全領域で深刻化する人手不足」
「第3回:省力化投資のヒントは現場にあり」はこちら>
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「第5回:現場参謀の力を借りて、日本発のイノベーションを」はこちら>
一気に顕在化しつつある現場の人手不足
――すでに日常のさまざまな場面で人手不足の影響を感じます。
古屋
建設現場では工事の遅延だけでなく、足場が崩れたとか、クレーンが倒れたために⼈がケガをされたといった痛ましいニュースが⽬に⼊ることが多くあります。その背景には、現場の技術水準が保てなくなったり、働き手の絶対数が足りなくなったりといった問題がある。とりわけ市町村の道路保全や下水道管理などの人員は慢性的に不足しています。埼玉県八潮市の道路陥没事故は、まさにその一端と言えるでしょう。
そうしたことから現在、工業高校や高等専門学校、工業大学の卒業生の採用は大激戦です。民間の大企業が高い賃金で採用してしまうため、現場にまで人が回ってこないんですね。いまや国土交通省ですら、技術系職員の採用に大苦戦しているほどです。同様に、消防士や警察官を志望する人も大幅に減少してきているし、薬剤師もIT技術者もまったく足りていません。全領域で人手不足に陥っている状況です。

実はこうした危機は2019年頃から指摘されていたのですが、コロナ禍により一時的にインバウンド需要が減ったことで、問題が隠されてしまった。しかしいま、再びインバウンド需要が急激に伸びるなか、介護福祉士をしていた人が、賃金の高いホテルに転職してしまう、といったことがあちこちで起こっている。地域における現役世代の取り合いはますます激化しています。
福祉業界において、さらに深刻なのがケアマネージャーの不足です。介護福祉士の待遇改善に伴い、本来ならその上位職であったケアマネのなり手が減ってきているのです。ケアマネが減ると、介護認定からケアプランの立案、施設のマッチングまでに時間がかかるようになり、その間、家族が介護をしなければならなくなります。
ちなみに、都内のある公立小学校では、教員不足により担任がいないクラスがあって、臨時で副校長が担任をしています。少子化にもかかわらず先生が足りないというのは、一見、奇妙に聞こえるかもしれませんが、教員の賃金が上がらないなかで、他の業界に人が流れていることが一因で、地方はもっと深刻です。そうしたこともあって、国も教員の処遇改善に向けて動き始めていますが、それだけで教員不足は解決しないでしょう。
日本社会はすでに十分頑張っている
――高齢者や女性の労働参加をさらに促すということはできないのでしょうか?
古屋
いや、すでに日本では女性も高齢者もめいっぱい働いている状況です。2015年頃から女性の働き手が増えて、いまやフランスやアメリカよりも労働参加率は高い。高齢者も同じで、日本の70歳の男性は、すでに半数が働いています。2024年の日本の就業者数は6781万人となっていて、ここ数年、過去最高を更新し続けていますからね。日本社会はすでにものすごく頑張っているのです。
しかも、アメリカのある大学の研究チームの研究結果によれば、14〜64歳までに限定した場合、日本の1人当たり生産性の向上率は、先進国で世界トップなんですよ。これを押し下げているのが働く高齢者です。これは高齢者の方々の生産性が低いということを言っているわけではまったくなくて、現役世代ほどの時間を働くことが難しいし働く必要もない、ということを言いたいのです。実際に、日本の労働時間はここ10年で7%ほど減っていますが、65歳以上の就業者では10%近く減っています。ですから、1人当たりの生産性が減るのは当たり前なんです。フルタイムで働いていない・働けない就業者も社会参加しているのですから。結局、いまの日本は、過去最も多くの社会人が働くことで、社会がようやく維持でき、現場の頑張りでなんとかギリギリ回っている状況なのです。

危機をチャンスに変えるしかない
――少子化による需要減は起こっていないのでしょうか?
古屋
分野によります。家計消費額を分析すると、高齢世帯では被服費や教育費などは顕著に減っていますから今後の人口動態を考えれば需要減が見込まれる分野があります。他方で、食費や光熱費、交通費といった費用は減っていません。特に1人暮らしになると、2人よりも1人で住んでいたほうが食費や光熱費の1人当たり平均額は高くなる、つまり消費効率が落ちますからその影響もあります。こうしたなかで、最近よく聞く意外な話があります。「この地域は少子化なのに、保育士が足りないんです」という話です。子どもの数はこの10年で半減しているにもかかわらず、です。それはなぜか。
地元で就職し、地元で働いて、結婚や出産をする人も多くいるわけですが、実家が側にある家庭も多い。そして、これまでは3歳になるくらいまでは、子どもの面倒を、近所に住む祖父母がみるケースが多かった。ところが現在は、高齢者も働いたり地域でさまざまな活動をするようになり、孫の世話をすることが難しくなったことで早い時期から保育園に預ける方が増えているのです。いまや年齢や性別に関係なく、誰もが働きながら、家事や育児といった、マルチロールをこなす時代です。その結果として、少子化でも保育士が足りないという現象が起きているんですね。働く人が増えるということは、家庭内で行われていた家事や育児、介護といったシャドーワークが、労働需要として顕在化するということでもあります。
でも、視点を変えてみると、こうした危機は大きなチャンスでもある。夫婦と子ども2人の4人家族という標準世帯とは違った家族形態が増え、新しい生活ニーズが生まれてきているからです。今後は一人暮らしの世帯がさらに増えることを前提に、行政も民間企業も、必要なサービスを生み出していくことが求められていく。まさに、そこにこそ大きなビジネスチャンスがあります。(第3回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員
2011年、一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省、産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(古屋星斗+リクルートワークス研究所著、プレジデント社)のほか、『ゆるい職場』(中公新書ラクレ)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)、『会社はあなたを育ててくれない』(大和書房)など。
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