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「2050年の社会課題を考える」では、「人口減少・少子高齢化」「都市問題・コミュニティの課題」「気候変動・サステナビリティ」など、日本の未来を左右する社会課題について、2050年からのバックキャスティングで解決のヒントを探っていく。今回ご登場いただくのは、2024年2月に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(プレジデント社)を上梓された古屋星斗(ふるや・しょうと)氏。古屋氏は、「人」と「組織」に関する研究機関、リクルートワークス研究所の主任研究員として、「未来予測2040 労働供給制約社会がやってくる」のプロジェクトリーダーを務め、この報告書をベースに本書をまとめ上げた。その内容は企業経営者や行政関係者に大きな衝撃を与え、国内のみならず海外からも注目を集めている。まず、研究の動機と意義について伺った。

「第1回:超⾼齢化社会が労働市場を変える」
「第2回:全領域で深刻化する人手不足」はこちら>
「第3回:省力化投資のヒントは現場にあり」はこちら>
「第4回:活動持続のカギは「楽しさ」」はこちら>
「第5回:現場参謀の力を借りて、日本発のイノベーションを」はこちら>

コロナ禍で若年失業率が上がらなかった理由

――ご著書『「働き手不足1100万人」の衝撃』によれば、今後は生活を維持するために必要な働き手の数を供給できなくなり、2040年には1100万人足りなくなる、とあります。これは、近畿地方の就業者数が丸々消失してしまうほどの規模だそうですね。私自身、先日の道路陥没事故を思い浮かべながら、この問題はすでに始まっていると感じ、大きな衝撃を受けました。古屋さんは経済産業省を経て、リクルートワークス研究所にて、労働市場や人材育成分野の研究をされています。今回、なぜ、こうしたテーマを設定されたのでしょうか?

古屋
私は特に若年労働を専門にしているのですが、この研究を始めた2021年12月頃に、「今後、日本では慢性的な働き手不足になるのではないか」という初期仮説を立て、多くの方にぶつけてみたんですね。すると、主に首都圏の経営者や行政の方などから、「いや、働き手不足は一過性のものだ」と反論が返ってきたのです。一方、半数くらいの方からは、「まったくその通り!」と熱烈な同意をいただきました。つまり、反応が両極端に分かれたのです。この真っ二つに分かれた反応は、大きな社会変動が起こる前触れなのではないかと感じ、研究を深める必要があると思いました。

画像: 図 労働需給シミュレーション 古屋氏らの研究により、労働需要と労働供給の差である労働需給ギャップは今後毎年増加し、2040年には1100万人の供給不足に達するとのシミュレーション結果が得られた。 (出典:リクルートワークス研究所,2023,「未来予測2040」)

図 労働需給シミュレーション

古屋氏らの研究により、労働需要と労働供給の差である労働需給ギャップは今後毎年増加し、2040年には1100万人の供給不足に達するとのシミュレーション結果が得られた。
(出典:リクルートワークス研究所,2023,「未来予測2040」)

――なぜ、そのような仮説を思いついたのでしょうか。

古屋
一つは、リーマンショックとコロナショックの比較です。前者の若年失業率は11%でしたが、後者は4%にとどまりました。コロナ禍では、リーマンショックと伍するような景況への打撃を受けたにもかかわらず、なぜか若年失業率はほとんど増加しなかった。なぜ景況感が悪化したのに、最も景気変動の影響を受けやすかった若年労働者への悪影響が限定的だったのだろうという疑問が起点にありました。

2015年頃から若者の採用が難しくなるなか、コロナ禍で、いまがチャンスとばかりに採用を強化し、実際に人材を確保できた企業が出るなどしていたのですよね。「不況期こそ人材獲得」のような不思議な動きを見せる企業が顕在化した結果、若年失業率の上昇が避けられたわけです。

では、なぜ日本では慢性的に人が採用できなくなっているのか。そう考えた際に、高齢化が労働の需給ギャップを生み出し、社会の維持のために必要な労働力を供給できなくなって、働き手不足をもたらしているのではないか、という仮説に行きつきました。

高齢化による最初の局面では、日本の氷河期世代に代表されるように、景気後退により失業率が高まる。また、現役時代と比べて高齢になれば需要は減少しますから物価が上がらずデフレになります。ところが、その局面が過ぎ、高齢化率が一定水準以上を超えて、現役世代の比率が下がってくると、むしろ逆に働き手が決定的に不足して、賃金上昇が牽引するかたちでインフレがもたらされるのではないか、と。

実は専門家の間では以前から、高齢化がデフレ、インフレのどちらを招くのか、論争が続いていました。インフレになると主張するのは、ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス名誉教授のチャールズ・グッドハート氏です。しかし、世界で高齢化のトップランナーである日本が長年デフレであった現状から、教授の説は軽視されてきた。それがいま、やはり教授の説が正しかったのでは、と逆転しつつあるというわけです。

画像: ――なぜ、そのような仮説を思いついたのでしょうか。

――高齢化における局面が変わってきた、と?

古屋
はい。高齢化がより進むことで、生活維持サービス、つまりエッセンシャルワーカーによって支えられる労働集約的な産業の需要が高まり、社会全体の生産性が押し下げられて、1万円稼ぐのに必要な人数が増えてしまうといった現象が起きつつある。それが、私が明らかにした慢性的な働き手不足のメカニズムです。

だから、いくら採用を頑張っても社会全体の問題は解決しない。誰かが採用できたということは、別の誰かから人を奪っただけなのです。

「高齢者の高齢化」で何が起こるか

――古屋さんたちの研究により、高齢化が労働市場に与える影響が見えてきたわけですね。

古屋
確かに、ここ3年ほどで、高齢化が働き手不足をもたらすという認識が広まり、社会の意識は大きく変わりました。しかし、高齢化が労働市場にもたらすメカニズムの理解はまだ途上です。

人口動態予測を見れば、65〜85歳の人口は2040年まで約2900万人のまま横ばいですが、85歳以上は急増していく。つまりこれから「高齢者の高齢化」が一気に進みます。これにより、いったい何が起こるのか、まだ世界の誰も経験していません。

一方で、1990〜2000年代に就職した日本の就職氷河期世代は、いわゆるベビーブーマーの子ども世代で、世代としての人口は多いけれど、失業率が高く、非正規労働者も多かったために、結婚・出産への障壁が高く、(3度目のベビーブームが起きずに)少子化が加速しました。この日本の現状は、人類に向けた大きな教訓でしょう。

画像: ――古屋さんたちの研究により、高齢化が労働市場に与える影響が見えてきたわけですね。

ちなみに、先述のように日本は高齢化社会のトップランナーであり、65歳以上人口(数)のピークは2043年頃と推計されています。高齢化率では2040年頃には韓国に抜かれる見通しであり、中国も猛追します。現在、中国で若年失業率が20%近くに上っているのは、まさに“中国版氷河期世代”の登場であり、高齢化の最初のフェーズを経験していると言える。今後、自国で起こりうることを見通すために、韓国も中国も日本の状況を注視しているはずです。

だからこそ日本は、高齢化が労働市場にもたらす影響をさらに深く掘り下げると同時に、その解決の緒を示す役割を担う必要があると考えます。

エッセンシャルワーカーが足りなくなる!

――具体的に、今後どういった変化が起こってくるのでしょう。

古屋
端的には一世帯当たりの人員が減ります。日本では、2009年から人口減少が始まっているにもかかわらず、世帯数は同じペースで増え続けている。なぜなら、高齢世帯の5割が一人暮らしだからです。一世帯当たりの人員が減ることは、今後を左右する重要なポイントです。

例えば、一人暮らし世帯が増えれば、物流の効率は極端に悪くなります。5人家族が一世帯に住んでいれば、5人分の荷物を1カ所に届ければすみますが、バラバラに暮らしていれば、移動時間も労力もエネルギーも5倍になる。訪問看護も同じです。雪の降る地域で、看護師が何世帯も回る必要があれば、移動に時間を取られてしまい、8時間従事しても実質は3時間しか看護の仕事ができないといったことが起こりうる。そうなれば当然、人も足りなくなるし、エッセンシャルワークの賃金も減ってしまいます。

これからの日本社会は、まさにこういった深刻な問題に対処していかなければならないのです。(第2回へつづく
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

「第2回:全領域で深刻化する人手不足」はこちら>

画像: 「働き手不足1100万人」の衝撃を超えて
【第1回】超⾼齢化社会が労働市場を変える

古屋星斗(ふるや・しょうと)
リクルートワークス研究所主任研究員

2011年、一橋大学大学院社会学研究科修了。同年、経済産業省に入省、産業人材政策、投資ファンド創設、福島の復興・避難者の生活支援、政府成長戦略策定に携わる。2017年より現職。労働市場分析、未来予測、若手育成、キャリア形成研究を専門とする。一般社団法人スクール・トゥ・ワーク代表理事。著書に『「働き手不足1100万人」の衝撃』(古屋星斗+リクルートワークス研究所著、プレジデント社)のほか、『ゆるい職場』(中公新書ラクレ)、『なぜ「若手を育てる」のは今、こんなに難しいのか』(日本経済新聞出版)、『会社はあなたを育ててくれない』(大和書房)など。

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