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「第5回:評価より評判」
※ 本記事は、2024年12月12日時点で書かれた内容となっています。
僕が社会に出たのは三十数年前になります。当時と比較して今はフリーのような形で仕事をする人の割合は増えています。組織の中で仕事をしている人でも、受注仕事的な要素は以前より増えている。これはこの人にやってもらおうというバイネームでの起用とか、ジョブ型雇用の組織の中で契約を結ぶというのもそうだと思います。副業に関しても受注仕事的な面があります。会社に勤めてる人も、受注仕事のセンスが求められるようになってきました。
僕と同世代の人たちも、そろそろ第2の仕事生活を意識するようになる年頃です。知り合いの経営者と話をしていると、サクセッションプランをどうするのかという話がしばしば出るようになりました。退任後はどうするのか。多くの人は受注仕事に回っていく。キャリアの終盤になるほど受注仕事的な要素が増えていく傾向がある。
僕はそういう方に、ぜひお伝えしておきたいことがあります。受注仕事というのは、最初に注文が来なければ何も始まらないし、いつ注文が来るかどうかも不安定です。受注仕事は常に開店休業というリスクと隣り合わせです。今日仕事があっても明日仕事が来るとは限らない。
こういう局面では、とにかく自分の評価を高めようとしがちです。目の前の、今のお客さまに評価されなければいけない。それはその通りなのですが、しかし「評価」と「評判」は似て非なるものです。
僕が大学で教えたことがある人なのですが、常見陽平さん(千葉商科大学准教授)が、最近『50代上等!』という本を出しています。その中に、評価と評判は違うものだという話がありまして、これには膝を打ちました。自分に対する評価を一生懸命上げようとすると、かえって評判が落ちることがある。これは全然別物で、最後は評判が物を言うという話を常見さんはしています。
目の前にある自分の評価を獲りに行くというのは、自分のためにやっていることです。お客さまではなく、自分を向いてしまっている。低い評価を受けてしまうと、「なんでこんな評価なんだよ」とますます意固地になっていく。受注仕事の初期症状として、自分を大切にし過ぎるあまり、自分が重過ぎる状態に陥ってしまうということがよくあります。この連載でも繰り返し言ってきましたが、仕事の定義というのは自分以外の誰かの役に立つことです。自分が重た過ぎるとどんどん仕事から遠ざかって、趣味的になってしまう。その結果、逆に評判を落とすという成り行きです。
自分の名前を出してやる受注仕事というのは、自分ファーストになりやすい条件が揃っています。学者の仕事でもそういう面があります。若い時は誰でも競争的です。業績を認めてもらうために自分の業績を増やそうと頑張ってしまう。しかし目先の評価を得ようとすればするほど、相手にとっての仕事のクオリティが削られていくということがあります。
オレがオレがと個を立てているうちは、本当に個が立った仕事はできません。むしろ自分が重過ぎると、そのうちかならず行き詰まる。そこからが本当の受注仕事のスタートです。
僕も受注仕事を始めて30余年となりました。受注仕事の宿命として、いずれは世の中の需要とズレが生じて徐々に注文が来なくなり、最後は誰も注文しなくなる時がかならずやって来ます。これはもう間違いない。僕はその時が来たら絶対にあがくことだけはしないと心に決めています。何か全く新しいことにチャレンジするなんてもうまっぴらごめん。細々とした才能と芸風だけを頼りにこれまでやってきました。需要を失ったらそこでおしまいだと割り切っています。受注仕事の引退は自分で決めるものではありません。注文が来なくなった時が潮時です。
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楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。
著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。
楠木特任教授からのお知らせ
思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。
・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける
「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。
お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/
ご参加をお待ちしております。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
寄稿
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。