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楠木建の「EFOビジネスレビュー」
先方からの依頼があって、はじめて動き出す「受注仕事」。今月は、大学の仕事に一区切りつけたことによってほぼすべてが受注仕事になった楠木教授に、その難しさやメリットなどこれまでの経験から学んだ心得を披露していただく。その4は、マーケットインの仕事には全く向かない自分を思い知らされた経験について。

「第1回:下積みの過ごし方」はこちら>
「第2回:ワンアウト・ゲームセット」はこちら>
「第3回:受注仕事の3つのメリット」はこちら>
「第4回:向き不向き」
「第5回:評価より評判」はこちら>

※ 本記事は、2024年12月12日時点で書かれた内容となっています。

受注仕事をやっていると、仕事を通しておのずと自分の土俵がわかってくるものです。自分の不向きを一発で教えられた苦い経験があります。それは26歳の大学院生だった時代に、はじめてコンサルティングという仕事、実際には「コンサルティングのまねごと」をやった時のことです。クライアントはある通信会社でした。なぜこの仕事が僕に回ってきたのかはもうよく覚えていません。今になってみれば、おそらく予算消化の発注だったのだと推察します。

僕に与えられた課題はこういうものでした。アナログの通信交換機がデジタルに変わることで、アナログの技術者の仕事が大量に減ってしまう。その彼らをどうすべきか――エンジニアでもない、アナログ・デジタル以前に交換機なんて見たことも興味もない僕にとっては、これ以上どうでもいい話はない。本来はお断りすべき仕事です。しかし、当時は貧乏でとにかくお金が欲しかった。躊躇なく受けました。

インターネットなどない時代です。図書館に行ってあわてて調べ物をしたり、いくつか経営学の理論を援用して何とか報告書をまとめました。中身の方は全然覚えていませんが、自分で書きながらそのクオリティの低さに頭を抱えてしまうようなひどい報告書だったことは間違いない。

その通信会社の新宿にある本社でプレゼンテーションを行いました。当然ですがお粗末な内容です。自分でしゃべりながら「おまえ、いいかげんにしろ」と突っ込みたくなるような代物でした。質疑もいただいたのですが、僕のにわかの知識ではうまく答えられるはずもなく、しどろもどろのやりとりに明け暮れました。今にして思えば、本当に失礼なことをしたと思います。

プレゼンテーションの後で、その部門の役員みたいな方が会食に誘ってくださいました。当時の僕には、よく知らないおじさまと個室でひたすら当たり障りのない話をするという経験はありません。ここでも途方に暮れました。

しかしこの経験は、僕にとって実に大きな収穫でした。多少お金が入ったというだけではなく、コンサルティングという仕事がいかに自分に向いてないかを、この最初の経験が一発でわからせてくれたからです。

どういうことかと言うと、コンサルティングはいつも先にクライアント側の解決すべき課題があります。つまり、基本的にマーケットインの仕事なわけです。誰かが立てた問題に対する答えなり解決策を出す。それが自分にとって面白いかどうかなんてどうでもいい。こうしたマーケットインの仕事が、本当に苦手だということにその時気づかされました。僕が研究の道を選んだのも、自分で問題を設定し、その問題に対して自分なりの答えを出すというプロダクトアウトの仕事が好きだったからだと遡及的に理解できました。

そんなポンコツ野郎(僕のこと)に対してもその通信会社はあくまで親切で、会食が終わった後に帰りのタクシーまで用意してくださいました。生まれてはじめてタクシー券でタクシーに乗ると、カーラジオから歌謡ショーの実況放送が流れていました。司会者が「次はお待ちかね、五木ひろしさんの登場です。歌っていただきましょう。『よこはま・たそがれ』」――ターラタララ、タララララララという例のイントロが流れてきました。実況放送なのでぶわーっと拍手が起きて、五木さんが「よこはま・たそがれ/ホテルの小部屋」と歌い出します。

今でもはっきりと覚えているのですが、その瞬間に「これだっ」と得心しました。自分の歌を自分の好きなように歌って、しかも人々がそれを求めている。お客さんは何回も『よこはま・たそがれ』を聴いたことがあるはずなのに、イントロが流れてきただけで大喜び。ここにプロダクトアウトの理想があると思ったのです。

僕はその時タクシーの中で、もう二度とコンサルティングはやめておこう、自分が自然に興味を持てることだけを考えて、いつかはお客さまを前にして自分の歌を思い切り歌えるようになりたいものだ、と思いました。実際になんとか自分の持ち歌みたいなものを歌えるようになったのは、それから20年ほど経ってからでした。

受注仕事の駆け出しのころは、自分に何ができるのかを知ることより、自分は何が嫌いなのかを知ることの方が大切だと思います。はっきりと嫌いなことを知れば、背理的に自分の好きなことが見えてくる。僕はあの「よこはま・たそがれ」の瞬間が自分にとって大切な機会だったと今でも思っています。(第5回へつづく

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画像: 受注仕事―その4
向き不向き

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『楠木建の頭の中 戦略と経営についての論考』(2024年,日本経済新聞出版)、『楠木建の頭の中 仕事と生活についての雑記』(2024年,日本経済新聞出版)、『経営読書記録 表』(2023年,日経BP)、『経営読書記録 裏』(2023年,日経BP)、『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
https://lounge.dmm.com/detail/2069/

ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

シリーズ紹介

楠木建の「EFOビジネスレビュー」

一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。

山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」

山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

協創の森から

社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。

新たな企業経営のかたち

パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。

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各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。

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今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。

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日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。

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マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。

私の仕事術

私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。

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さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。

禅のこころ

全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。

寄稿

八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~

新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。

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