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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
「ゆっくり」という仕事の時間軸を持つことの意味、そして人生における本当に大切な資産についての楠木教授の考察。第3回は、仕事に追われるのではなく、仕事を追うという時間軸を掘り下げる。

「第1回:ゆっくりと」はこちら>
「第2回:イギリスという手本」はこちら>
「第3回:仕事を追う」
「第4回:記憶資産」はこちら>

※本記事は、2024年8月1日時点で書かれた内容となっています。

これまで何度もお話していますが、もう十数年も僕はファーストリテイリングの仕事の手伝いをしています。自分で経営をしたことはない僕にとって、柳井さんの行動を間近で観察できるということは、「門前の小僧習わぬ経を読む」という話で、経営という仕事について多くのことを学ばせてもらっています。

その1つが、時間軸での仕事への構えです。すなわち、仕事を追う。仕事にただ追われていると、急かされて一つひとつの仕事を終わらせることが目的になり、パフォーマンスは確実に低下します。仕事は、自分から追うという構えが重要だということです。これは確かにそうで、自分に照らし合わせてみると、例えば原稿を書く仕事で締め切りが近づいて慌ててやると、ろくなことにならない。

考える仕事の場合、特にそうかもしれません。スピードや集中はもちろん必要なのですが、それだけだとどんどん収斂して思考が狭くなっていく。時間的にも精神的にも、ゆとりがないと俯瞰できない。自分の考えがうまく転がっていかないという感覚を覚えることがあります。ですから僕は、締め切りまでに十分に間があるうちに取りかかることにしています。

時間軸でいうと、「ゆっくり急げ」と言う人がいます。僕はなるほどと同意はするものの、どうも意味が分かったように思えない。ただ、ゆっくりするために急ぐということならよく分かります。締め切りがある仕事に取りかかるのが早い、これはある意味で急いでいるわけです。なぜかといえば、早めに仕上げることで一度寝かせておくことできます。つまり、ゆっくりできる。ゆっくりと自分の仕事を見返すと、思いもよらない視点や論点が浮かぶことがある。それは、おそらく集中している時には見過ごしていたことに気づくのだと思います。

どんな人にも時間は連続して流れているので、どこかでスピードアップしないと、どこかでゆっくりできない。僕はこれが仕事を追うという柳井さんの言葉の裏にあるロジックだと考えています。

仕事を追いかける状態をキープしておくためには、仕事の総量の管理が重要になってきます。僕は1人で仕事をしているので、量的にキャパシティを超えそうな時には仕事をお断りするようにしています。仕事の総量規制に加えて、こちらから仕事を追う状態にするために重要なのが、これも柳井さんの言葉で「前始末」です。

ある時ファーストリテイリングの役員の方から、面白い話を聞きました。その方は毎週日曜日、大体20分くらいかけて次の週明けの月曜日から1週間の仕事のシミュレーションを脳内でするそうです。別に何かメモを取るとか、アプリを開いてどうのこうのではなく、ただじっと座って、手帳を見ながら、20分間脳内シミュレーションをする。

いつどういう仕事がどういう順番であって、そのために何を考え、事前に何をしておくべきか。この仕事の次にあの仕事があるなら、こういう議論ができるな。といったように、1週間の流れをイメージするそうです。これは、To Doリストの確認ではなく、あくまでもいろいろな仕事の流れを1週間という時間軸で考えるところがポイントです。「実際に月曜日からやる仕事というのは、僕にとって2回目の仕事です」というその方の言葉を聞いた時、僕は「なるほど、これが前始末か」と納得しました。

僕も週末に次の1週間分のスケジュールをゆっくり見て、なんとなく流れのイメージを組み立てることはやっていて、それは仕事体力の配分のためです。1週間の中でいちばん負荷がかかる仕事がどこにあるのかを確認して、心構えをしておく。とことん疲れる仕事がある時には、集中治療室と呼んでいる何もやらずにひたすら横になって休む時間をとっておく。どこか1日は相手のいない自分で考えるだけの日にする。丸一日が無理だったら、半日だけでも誰にも会わない時間を作っておく。

そんな流れをイメージするには、1週間という単位が僕にはちょうどいい。2週間とか1カ月という単位になると、もう流れはイメージできません。だから僕は、目の前の1週間に集中して、その先の細かい段取りは考えないようにしています。(第4回へつづく

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画像: 仕事の時間軸―その3
仕事を追う

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。

楠木健の頭の中

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山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。

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