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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
「ゆっくり」という仕事の時間軸を持つことの意味、そして人生における本当に大切な資産についての楠木教授の考察。第2回は、イギリスから学ぶ、ゆっくりという原理原則。

「第1回:ゆっくりと」はこちら>
「第2回:イギリスという手本」
「第3回:仕事を追う」はこちら>
「第4回:記憶資産」はこちら>

※本記事は、2024年8月1日時点で書かれた内容となっています。

僕はイギリスで暮らしたことはありませんが、仕事や私的な旅行で何度かロンドンを訪れています。ロンドンに行くと、がつがつしていない、ゆっくりとしたイギリス独特の文化を感じることがあります。英文学者の小林章夫さんが『イギリス紳士のユーモア』という本を書かれていて、ユーモアを切り口にイギリス文化を論じています。この本を読んでなるほどと思ったのは、イギリス文化の特徴は「速度の遅さにある」というところです。

あまり他人のことを気にしない――ゆっくりと生きる上で大切なポイントです。例えば日常の服装については非常に質素で地味。セーターをすり切れるまで着ようが、流行遅れの服を着ようが当人が良ければそれで良し。他人がどう思おうが、自分にとって自然なものを着て、必要以上に飾り立てようとしない。これは服飾のスタイルにイギリスの文化が表れているところだと思います。

イギリス製品はドイツ製品と共通点があって、あまり洗練されていないけれども丈夫で長持ちするものが多いそうです。アフターサービスも充実していて、電気製品でもモデルチェンジとともに部品がなくなるといったことはない。やみくもに新しいものを求めるのではなく、気に入ったものを愛用し続ける。そういう文化が定着している。けちといえばけちなのですが、合理的といえば合理的です。その点では、アメリカや中国の消費文化の対極にある。僕も35年ぐらい前に買ったイギリス製のダッフルコートを今でも使っていますが、いよいよ味が出てきて気に入って着ています。

小林章夫さんがはじめてイギリスへ留学した時、恩師である指導教官からこれだけは注意するように言われたことがありました。イギリス人と付き合う場合にはこちらから積極的に声をかけなさい――なぜかというと、イギリス人というのは、人は人、自分は自分で他人にはあまり関心がないので、干渉したり余計な親切心を発揮しようとはしない。だから一見冷たくて不愛想に見えるが、こちらから話しかけると次第に胸襟を開いてくれる人たちだと言われたそうです。

つまり、人間関係においてもゆっくりが大切だということです。顔が広いことが自分の能力だといわんばかりに、人脈づくりにやたらと積極的な人がいますが、僕はそういう人を信用しません。人脈というのは仕事上のつながりであって、仕事である以上は価値の交換ですから、自分に価値があるからこそ相手は関係を持ってくれる。こちらから提供できることがあるのが大前提だと思いますが、人脈人脈と言っている人はそのつながりを利用して、相手から取ることばかり考えているように見えます。そういう人はすごく社交的で、人間関係の構築でもいきなり打ち解けてぐいぐい来ますが、仕事上の人間関係の作り方として有効であるとは思えません。

作家の開高健さんがよく使っていたジョークに、こういうのがあります。

無人島に男二人と女一人が漂着した。
イタリア人なら殺し合い、生き残った男が女を愛する。
フランス人なら一人は夫、一人は愛人となってうまくやる。
イギリス人なら紹介されるまで口をきかないから、何も問題は起こらない。

もちろん実際の仕事においては急いだ方がいい場合もあります。例えばスケジュール調整の時に、3つの日時の中で都合のつく時間を知らせて欲しいというメールが来た場合、僕はなるべく早く返事を出すようにしています。それはこういう場合、相手はその3つの時間帯をブロックしているわけで、こちらの返事が遅れるとそれだけ先方のスケジュールの自由度が失われることになるからです。

自分がそうしてもらうとありがたいことは、相手にも同じことをした方がいい。自分がされて嫌なことは、相手にもしないようにする。当たり前の話ですが、これを基準にしておけば大体のことは間違いないと思います。特定の相手との具体的な話については、スピードが大切。一方で仕事やキャリアなど自分を向いた長期的なことについては、できるだけゆっくり構える。これが仕事の原理原則です。(第3回へつづく

「第3回:仕事を追う」はこちら>

画像: 仕事の時間軸―その2
イギリスという手本

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

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この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

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ご参加をお待ちしております。

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