「第1回:日本でトップレベルに「M&A」を成し遂げている会社」はこちら>
「第2回:駅伝日本一も経験したアスリートが起業家になるまで」
「第3回:社会の果樹園の創造に向けてひた走る」はこちら>
コロナ禍に人がいない異様な街の光景を見て危機感をもつ
「中学生で駅伝日本一になり、高校では全国3位の代でしたが、自分には向いていないと思い挫折してしまいました。競技を辞めたときに何をやるべきかを見失いました。余ったエネルギーをどこに使えばよいかわからなくなったのです。そんな時に、留学先でえんどう豆を原料としたピープロテインに出会いました。ピープロテインに商機を見出してから熱量を取り戻し、2018年11月に22歳でプロテインを販売するビジネスを立ち上げました」
2020年4月には非常事態宣言も出された。コロナ禍のある日、仕事で寄った渋谷スクランブル交差点で、いつもの癖でふと飲みたくなった。知っているお店に向かっている道中には、荒井さんを含めてたった3人の姿しかなかった。異様な光景を目の当たりにして自分を客観視したことが転機になった。
「仕事は暇になり、お店もほとんど閉まっている。コロナの危機が収まった後、このまま自分だけ飲み歩いていても、多少お金があっても社会的にはほんとうに価値のない人間だし、将来も知れているなと思いました。そのとき非常に焦りを感じたんです。そこで、自分が40、50、60、70歳になった姿から逆算して、自分の中のあり余るエネルギーを社会のために還元するにはどうしたらいいのだろうと考えました。それが、現在のACROVEの事業につながるきっかけでした」
駅伝で素晴らしい成績を残してきた荒井さんだが、アスリートとしての限界も見えていた。
「私のコンプレックスは『自分はそんなに足が速くなかった』ことなんです。確かに駅伝で日本一になり、全国大会には出られるくらいのレベルには達していました。けれど、世の中には本当に足が速い人間がいる。それを一番感じたのは、大学に入ってケニアやエチオピアに合宿に行ったときです。日本に留学して箱根駅伝に出場できるようなマラソンランナーが100人、あるいは1000人単位で街のどこにでもいるように感じました。『これがセンスの違いというやつか』と思い知らされました。同じ競技ではありませんが、高校の同級生に大相撲で大関になった人がいます。ずっと同じクラスでしたが、もっているものが違うんです。体格もそうですしセンスが桁違い。そこに対するコンプレックスを感じて、『自分はやっぱりセンスがないな』と」
センスの違いはどこから来るのか、荒井さんは速いランナーに尋ねたことがある。
「本当に速いマラソン選手は何も考えていません。『何を考えて走っているの』と聞いても、『その質問自体がわからないんだけど』と返される。『調子がいいとトントントンって音が聞こえるんだよね』なんて自分には理解し難い答えしか返ってこない。私は、勉強していないといいながら100点を取る人間と一緒で、裏で努力をしているに違いないと思っていたのですが、それは勘違いでした。結局、私なりに理解したのは、『集中の方向性』がまったく違うのだということ。私は、思考が外に行くタイプで、走りながら景色が気になりますし、一緒に走っている選手が何を考えどう動くかということばかりに気を取られてしまう。“脳みその利き手”の違いなのかと考えていますが、考えているうちに体力を使ってしまい、長距離には向いていなかった」
そうしたアスリートとしての資質は、ビジネスに置き換えても一緒ではないかというのが荒井さんの主張だ。
「自分自身に集中できる人は事務作業などをきっちりやることが得意です。私の場合はいろいろな情報を得ながら、それを1つに集約するのが得意。脳みその扱い方とか性格にはある程度得意不得意があって、それと自分が志す仕事がフィットしていることは非常に大事かなと思います。
会社経営の面白いところは仕組み作りなんです。1回目にもお話ししましたが、売り上げを伸ばす仕組み、利益を生み出す仕組み、人事の仕組みなどなど。自分のセンスのなさの裏返しなのか、仕組みで誰かを喜ばせることができるのでは、という思いが私の中にはあります」
“何者でもない若造”に立ち返る大切さ
仕組みづくりが楽しいという荒井さんの“メンター”的な存在は徳川家康なのだという。徳川幕府は260年あまりつづいたが、創設者の家康が築き上げた仕組みによって長い平和を維持した。織田信長のような強烈なトップダウンによってリーダーシップを握るタイプではない。そこに共通点があると自己認識しており、家康関連の書籍から学び続けている。
その一方で、経営者として気をつけているのは、自分の態度だという。
「企業経営をしていると、自分はただの若造なのに、いろいろな場面で指示を出しますし、『何でわからないの、何でできないの』という思いを抱いてしまったり、どうしてもちょっと偉そうに見えてしまったりすることがあります。そんなときには、趣味のキックボクシングや釣りに行って自分を“何者でもない若造”の立場に身を置くようにしています。始めたばかりのスポーツですから、トレーナーからは『キックもパンチもなっていない若造』であり、釣り船の船長から見れば、『餌もつけられない邪魔者』になります。素人として、教えられる側、伝えられる側になると、『この言い方はわかりやすいな』とか、『これでは伝わらないな』など、学習プロセスの振り返りもできます。何者でもない立場になってインプットを受けると、そこから何を学ぶかという勉強のきっかけにもなるので、そこは意識的にやろうとしていますね」(第3回へつづく)
荒井 俊亮(あらい しゅんすけ)
1996年東京生まれ。学生時代にACROVEの前身となる株式会社アノマを創業。日本初のエンドウ豆由来のピープロテインブランド「anoma」を販売。2020年ACROVEに商号変更。2024年5月に、30歳以下の経営者に送られる 「Forbes30 under 30 Asia」に選出される。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。