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日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 技術顧問 兼 日立東大ラボ長 松岡秀行/ 日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 主任研究員 吉本尚起
日立東大ラボの「エネルギー プロジェクト」は2016年からスタートしたが、現在に至るまでの間、日本政府が2050年にカーボンニュートラルを実現すると宣言したことや、ウクライナ侵攻などにより、エネルギーを取り巻く環境は激変した。こうした社会情勢を踏まえて、日立東大ラボが発表してきた提言書も版を重ねるごとに内容を大きく更新してきた。4つの異なる社会像のシナリオを描きながら、よりよいエネルギーシステムの姿を模索している。

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「第2回:統合的・定量的にエネルギーの未来を描く」
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電力だけでなく、エネルギー全般を視野に

――エネルギー プロジェクトのPhase2ではどのような取り組みをされたのでしょうか。

松岡
Phase1では電力だけに焦点を当てていたのですが、Phase2からは「非電力」を含めた領域まで広げて、エネルギーシステムの全体設計について提言にまとめました。非電力というのは、産業部門や運輸部門、民生部門で電力以外の主に化石燃料の燃焼や熱を利用したエネルギーのこと。カーボンニュートラルの観点からいうと電化はきわめて重要な取り組みになりますが、日本ではまだ全体エネルギーにおける電気の割合は30%弱程度なのですね。そこで、エネルギーをトータルに見ていく必要があると考えたのです。

例えば、ガソリン車やディーゼル車をEVに置き換えたり、石炭火力による工場の自家発電をLNGに換えたり、脱化石燃料としての水素やアンモニア、合成燃料などへの置き換え・利用促進を行っていくことも、非常に重要な取り組みです。

吉本
また、カーボンニュートラルの実現には、エネルギーの供給側だけでなく、使う側も同時に変わっていく必要があり、需要サイドの取り組みについても議論を始めました。太陽光発電であれば朝から夕方まで、風力であれば風が吹くときしか発電できないわけですが、今後、変動する再生可能エネルギーが増え、電源構成が変わっていくなかで、どのようにエネルギーシステムをトランジション(移行)していくのか、統合的に考えていくためのシナリオづくりもPhase2(提言書 第3版)から新たにスタートしました。つまり、エネルギーを取り巻く環境を全般的に網羅しつつ、2030年までの短期と、2040〜2050年までの中長期のトランジション・シナリオを描くために、その策定プロセスを考案し、実際にシナリオ案を示した、というのがPhase2の主な成果になります。

画像: ――エネルギー プロジェクトのPhase2ではどのような取り組みをされたのでしょうか。

4つの異なる社会像のシナリオを提示

――2020年には、政府が2050年にカーボンニュートラルを実現すると宣言し、80%目標から大きく引き上げられましたね。

松岡
はい、2020年10月に菅首相(当時)がカーボンニュートラル宣言をし、翌年4月には、2030年度の温室効果ガス排出削減目標を、2013年度から46%削減するという意欲的な目標が掲げられました。また、それと前後して、2020年12月にはグリーン成長戦略において14の重点分野が発表されたこともあり、提言書の第3版では、本当にそれが可能かどうか、専門家へのインタビューや既存の統計、報告書などの知見を用いながらカーボンニュートラル実現の道筋について議論しました。

吉本
さらに続く第4版では、再生可能エネルギー導入と電化促進を前提にして、4つのまったく異なる社会像を想定し、需給バランスやコストを定量的に評価しながら、グリーン成長戦略で掲げられた14の重点分野について、それぞれどのような課題があるのかを検証しました。

――4つの異なる社会像というのは?

吉本
①「再エネ100%」、②「CCS(二酸化炭素回収・貯留)制限(1億トン/年)」、③「原子力活用」、④「水素積極活用」になります。これらについて、東大の藤井・小宮山研究室で開発した「技術選択モデル」に基づくエネルギー・経済シミュレーションモデルを用いて定量的に試算しました。

――実際にどのシナリオが良さそうか、見えてきたのでしょうか?

吉本
検証の結果、安定供給の観点から、原子力発電も含めて、バランスをとったエネルギー供給が適切だろうと見ています。シナリオで言えば③ですね。その理由は、やはり再エネ100%では、天候不順が続いた際に供給不足が心配されますし、ウクライナ侵攻以降、特に注目されている経済安全保障の観点から、さまざまなエネルギー源をバランスよく上手に使いこなしていくことが安定供給につながると考えるからです。

ただバランスをとったうえでも、再エネの割合が増えた場合はどうするのかとか、CCSによるCO₂の回収・貯留を増やしていく――例えば年間CO₂を3億トン貯留するとしたらどのように進めていくのかなど、4つのシナリオから派生して、個別のテーマごとに議論を深めていく必要があります。つまり、この4つのシナリオというのはあくまでも議論を深めるための仮定であって、よりよいベストミックスを探るための議論の土台として示しているにすぎないのです。

定量的評価により統合的な検討が可能に

――このようなエネルギーシステムに関するシナリオづくりというのは、ほかの機関でも行われているのでしょうか?

松岡
もちろん、さまざまな専門家が、多種多様な手法で試みています。ただ、日立東大ラボの特徴としては、工学部だけでなく、経済、法学、人文など多岐にわたる分野の先生方が関わっていることに加え、日立側もエネルギーをはじめ、環境や都市、データ解析、セキュリティ、デザインなど、多様なバックグラウンドを持つ研究者が参画していて、統合的、俯瞰的な検討ができていると思います。実際、他にはないような具体的な提言を出すことを目標に活動してきました。

画像: ――このようなエネルギーシステムに関するシナリオづくりというのは、ほかの機関でも行われているのでしょうか?

吉本
定量的なシミュレーションがベースになっているというのも、大きな強みですね。例えば、太陽光発電が増加したことから、九州では夏の日中は電力が余り始めていて、出力抑制をかけているのですが、そうした余剰電力も積極的に使いたいという需要さえあれば、需給をバランスさせることができるはずです。そこでわれわれは、地域社会に分散する各種のリソースを、エネルギーデータをもとに統合して管理・制御する、「協調・制御プラットフォーム」を提案しているのです。そうした基盤が構築できれば、わざわざ遠方からエネルギーを運んでこなくても、地産地型でエネルギーを適切にマネジメントできるようにもなるでしょう。こうした提言が可能なのは、まさに定量的なシミュレーションがベースにあるからです。

――協調・制御プラットフォームの社会実装も視野に入れて活動されているのですか?

吉本
はい、まさに現在進行中のPhese3において、特定の地域でステークホルダーの皆さんとも協力し合いながら、実証していこうとしています。

また、もう一つの「ハビタット プロジェクト」においても、カーボンニュートラルはいまや重要な課題となっています。そうしたことから、日立と京都大学の連携ラボである日立京大ラボの「政策提言AI」で得られたまちづくりの姿が、それぞれカーボンニュートラルにつながるのかどうかを、連成シミュレーション(二つのシミュレーターをつなげた検証)により定量的に評価しました(提言書 第5版)。

松岡
Phase2までは別々に進んでいたまちづくりとエネルギーですが、今後はこの二つのプロジェクトをより密に連携させることで、Society 5.0という未来ビジョンをより明確に描いていきたいと考えています。(第3回へつづく

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

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画像1: 日立東大ラボ編・超スマート社会を次世代エネルギーとまちづくりで実装する
【第2回】統合的・定量的にエネルギーの未来を描く

松岡秀行(まつおか・ひでゆき)
日立製作所 研究開発グループ 基礎研究センタ 技術顧問 兼 日立東大ラボ長。1987年日立製作所入社。中央研究所で、半導体デバイスの研究開発に従事。2004年同所ULSI研究部部長、2005年基礎研究所ナノ材料デバイスラボ ラボ長、2011年日立金属株式会社磁性材料研究所所長を歴任。2013年研究開発グループ主管研究長、2016年より日立東大ラボ長を兼務。2022年より現職。理学博士。

画像2: 日立東大ラボ編・超スマート社会を次世代エネルギーとまちづくりで実装する
【第2回】統合的・定量的にエネルギーの未来を描く

吉本尚起(よしもと・なおき)
日立製作所 研究開発グループ 脱炭素エネルギーイノベーションセンタ 環境システム研究部 主任研究員。 2003年日立製作所基礎研究所入社。2017年より日立東大ラボ。専門は環境機能材料、エネルギーマネジメント、再生可能エネルギーの建築設備応用。博士(工学)、技術士(化学、総合技術監理部門)。

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