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一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授 楠木建氏
今回取り上げるテーマは、テスラやスペースXなどの経営でつねに世界の注目を浴び続ける、イーロン・マスク。彼の評伝に基づいて楠木建特任教授が人物像を語る。

「第1回:冒険家。」
「第2回:ジョブズとの共通点。」はこちら>
「第3回:時空をひずませる力。」はこちら>
「第4回:前提を覆す。」はこちら>

※ 本記事は、2024年1月12日時点で書かれた内容となっています。

先日、ウォルター・アイザックソンという人が書いた評伝『イーロン・マスク』(文藝春秋,2023年)を読みました。

イーロン・マスクは不思議な人です。僕にとって彼がとりわけ興味深い理由は、年代こそ違いますがお互いに子ども時代を南アフリカ共和国で過ごしていることにあります。僕が暮らしていた1960年代の南アフリカは、悪い意味でアパルトヘイトが安定していた時期でした。少なくとも白人カテゴリーが暮らしている分には、非常に豊かな国でした。

マスクは1971年生まれです。1990年代初めにアパルトヘイトは終了し、黒人が解放されます。その反動で南アフリカは治安が悪化し、混乱期を迎えます。物騒な国で育ったことが、彼の人格形成――弱肉強食の考え方などに、何かしら影響を与えたはずです。

マスクは子どもの頃、父親から精神的な虐待を受けます。虐待から逃れるために彼は、アメリカに渡ることを考えます。当時、世界の人々がアメリカに対して抱いた典型的なイメージが、「アメリカに行けば何かすごいことができるんじゃないか」でした。

マスクはとんでもない野心家です。アメリカに渡った彼は「すごいこと」を実行しようと、3つのテーマを決めました。1つ目がインターネット、2つ目がクリーンエネルギー、3つ目が宇宙です。

インターネット黎明期の1995年、20代のマスクはインターネットを使った情報サービスを提供するZip2を起業します。1999年、Zip2の売却資金を元手にオンライン金融サービスのX.com、のちのPayPalを共同設立します。ですが、彼の性格からして当然、ほかの創業メンバーと対立する。PayPalを追い出されたマスクは2002年、宇宙輸送事業を行うスペースXを起業しCEOに就任します。

2004年には、前年に設立されたTesla Motorsに出資。誤解されがちですが、マスクはテスラの創業者ではないんです。エジソンみたいな発明家でもない。一般的な意味での経営者とも違う。本質的には起業家ですらない。

プロの起業家は、リスクを回避します。ですがマスクは、とんでもなく大きなリスクを取る。リスクに耽溺すると言うか、リスクを取ること自体が喜びの源泉みたいなところがある。

世界で最初にイノベーションの概念を提唱した経済学者のヨーゼフ・シュンペーターは言っています。スタートアップのリスクを取る人は投資家である。起業家とは、投資家がリスクを取った上で、自分がやりたいことを実現する人だ――。

マスクとともにPayPalを設立したピーター・ティールは、正真正銘のプロの起業家です。成功するためにリスクを最小化しようとする。ところがマスクはいつも、敢えてリスクを大きくしようとする。自分の船に自分で火をつけるようなものです。持っているものを全部投入して賭け続ける。そうした中で当たった事業がテスラであり、スペースXでした。

イーロン・マスクという人は、抜群に頭がいいだけではなく、ガッツがあります。2018年前後に話題になった「テスラの生産地獄(※)」を乗り切った力量は大したものです。

※ 参考記事:『テスラ、「生産地獄」を脱出 新型車の量産が軌道に』(日本経済新聞,2018年10月3日)

イーロン・マスクの正体は冒険家じゃないか――これが僕の見立てです。人類で初めて南極点に到達したノルウェーの探検家、ロアール・アムンセン(1872年~1928年)に近いタイプ。だれもが不可能と思っていることにチャレンジする。リスクそのものを欲する。生きるか死ぬかの状況でないと、元気が出ない。衝動的な野心に突き動かされて無理難題に挑戦するプロセスにしか、精神の高揚を感じない――要するに異常体質です。

こういう人は本来、経営には向いていません。近年、電気自動車業界は普通の競争の時代に突入しようとしています。ですが、当のイーロン・マスクはSNSのX(旧・Twitter)を買収して経営している。そんなことにかまけている場合じゃないのでは?と思うのですが、こういう行動こそマスクの本領発揮です。彼のような冒険家にとって、安定している現在のテスラの経営は退屈なのだと思います。

これからの電気自動車業界は、ガソリンエンジン車業界よりもさらにレッドオーシャンになると僕は想像しています。参入障壁も低いので、多数乱戦になる。いずれ、テスラの前途にはもう一山も二山もあるはずです。するとマスクはまた元気になって、テスラの経営に再び本腰を入れるんじゃないか――これが僕の予想です。

マスクのモチベーションの在り方や行動様式を一言で表すと、「フロンティアの追求」。人間が持っている本能的な欲求ですが、それが極端に強い。20世紀に活躍し、「地球上の富の半分を持つ男」と言われたアメリカの実業家、ハワード・ヒューズ(1905年~1976年)にそっくりです。

ヒューズは当時の最先端分野、航空産業と映画産業、飛行機の開発・製造に突っ走った人です。現代を生きるマスクにとっては、宇宙とインターネット、グリーンテックがそれに当たる。僕が思うに、マスクは古いタイプの人です。古典的な起業冒険家。20世紀前半的なアメリカンフロンティア追求資本主義者と言ってよいでしょう。

ヒューズはいろいろな分野で大暴れした結果、隠遁生活に入ってしまいます。イーロン・マスクには、ぜひ最後の最後まで今の調子で、行けるところまで突っ走ってもらいたい。その先にいったい何があるのかは、きっと本人にもわからない。結果ではなくプロセスにしかやりがいを見いだせない人――これがイーロン・マスクの人物像についての僕の結論です。(第2回へつづく

「第2回:ジョブズとの共通点。」はこちら>

画像: イーロン・マスク―その1
冒険家。

楠木 建
一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授。専攻は競争戦略。一橋大学大学院商学研究科修士課程修了。一橋大学商学部専任講師、同助教授、ボッコーニ大学経営大学院(イタリア・ミラノ)客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科助教授、同ビジネススクール教授を経て2023年から現職。有名企業の経営諮問委員や社外取締役、ポーター賞運営委員(現任)などを歴任。1964年東京都目黒区生まれ。

著書に『絶対悲観主義』(2022年,講談社+α新書)、『逆・タイムマシン経営論』(2020年,日経BP,共著)、『「仕事ができる」とはどういうことか?』(2019年,宝島社,共著)、『室内生活:スローで過剰な読書論』(2019年,晶文社)、『すべては「好き嫌い」から始まる:仕事を自由にする思考法』(2019年,文藝春秋)、『経営センスの論理』(2013年,新潮新書)、『ストーリーとしての競争戦略:優れた戦略の条件』(2010年,東洋経済新報社)ほか多数。

楠木特任教授からのお知らせ

思うところありまして、僕の考えや意見を読者の方々に直接お伝えするクローズドな場、「楠木建の頭の中」を開設いたしました。仕事や生活の中で経験したこと・見聞きしたことから考えたことごとを配信し、読者の方々ともやり取りするコミュニティです。
この10年ほどX(旧・Twitter)を使ってきて、以下の3点について不便を感じていました。

・140字しか書けない
・オープンな場なので、仕事や生活経験の具体的な中身については書きにくい
・考えごとや主張をツイートすると、不特定多数の人から筋違いの攻撃を受ける

「楠木建の頭の中」は僕のXの拡張版というか裏バージョンです。もう少し長く書ける「拡張版」があれば1の問題は解決しますし、クローズドな場に限定すれば2と3の不都合を気にせずに話ができます。加えて、この場であればお読みいただく方々に質問やコメントをいただき、やりとりするのも容易になります。
不定期ですが、メンバーの方々と直接話をする機会も持ちたいと思います。
ビジネスや経営に限らず、人間の世の中について考えることに興味関心をお持ちの方々のご参加をお待ちしております。DMM社のプラットフォーム(月額500円)を使っています。

お申し込みはこちらまで
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ご参加をお待ちしております。

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