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株式会社テンダ 社外取締役 厚生労働省 デジタル統括アドバイザー 八尋俊英氏/EY新日本有限責任監査法人 理事長 片倉正美氏
2020年の春、コロナ禍において日本企業および監査法人は世界に先駆けて決算・監査を乗り切った。その背景には、企業のリモートワークへの素早い切り替えや、業界同士、さらには業界を超えた連携があったという。監査のDXにおいても同様に、4大監査法人が共同で残高確認システム共同プラットフォームの構築を進めるなど、競争だけなく、協調でDXを加速していく必要がある、と片倉氏は指摘する。

「第1回:使命は日本企業のIT利活用の促進」はこちら>
「第2回:初の女性トップとして改革に挑む」はこちら>
「第3回:DXに求められる競争と協調の両輪」
「第4回:重要性を増す非財務情報にどう対応するか」はこちら>
「第5回:DX時代だからこそ人財を経営に生かす」はこちら>

コロナ禍で、世界に先駆けて決算・監査を乗り切った日本

八尋
前回、コロナ禍前にインフラ整備をしていたことが、スムーズなリモートワークにつながったというお話がありました。

片倉
はい、ご承知の通り日本企業は3月決算が多く、監査法人として業務が集中する時期を控えながらも、2020年の3月第一週から在宅勤務を実施できていました。実は、コロナ禍になって集中的な決算を実現したのは世界でも日本が最初でした。欧米は12月決算がメインですからね。このような状況で決算・監査を完了できるのかと世界中が注目するなかで、きっちりやり遂げたことを日本は誇るべきです。

八尋
素早いアクションで、EY新日本監査法人や日立グループだけでなく、中小も含めた日本の企業の多くが大きな環境変化に対し、うまくチューニングできたと思います。

片倉
官庁との連携、監査法人同士の連携もそうで、「絶対に資本市場をつぶさない」という目標に向かって、普段はライバル関係にある組織も協力しながら臨んだ結果だと思っています。

ボトムアップで始まったEY新日本監査法人のDX

八尋
DXに関しても、EY新日本監査法人は他の監査法人と協調もしながら進めていらっしゃいます。どんな経緯があったのでしょうか?

片倉
DXを組織全体で動かすためにはトップダウンが不可欠ですが、実は私どもは2015年頃から、課題に応じて少人数のグループがボトムアップでDXを進めてきたのです。

画像: ボトムアップで始まったEY新日本監査法人のDX

その背景にあるのが、世の中の急激な変化に伴うリスクの高まりです。そうしたなかで監査への要求事項が増えて、会計士が長時間労働を強いられる状況になっていました。そこをデジタルで効率化し、AIに高度な作業を委ねることで会計士が判断業務に専念して、監査自体を楽しめるようにしたい、会計士の未来を変えていきたいというのがチームの考えでした。私もその考えに共感して、理事長になる以前からサポートしてきました。その後の世の中の変化とも相まって、DXのチームが組織として大きく成長してきたというわけです。

八尋
具体的に、どのような取り組みをされてきたのですか?

片倉
2016年には、データとテクノロジーを活用した未来の監査の実現をめざす研究組織「アシュアランス・イノベーションラボ」を設置し、総勘定元帳を対象とした全世界共通のデータ分析ツールの導入や、東京大学の首藤昭信准教授と協働で不正会計をAIで予測する仕組みの導入をしました。また、2018年には、監査業界では初となる共同プラットフォームの構築をめざし、「残高確認システム共同プラットフォーム化推進協議会」を4大監査法人が共同で発足させ、会計監査確認センター合同会社という新会社を設立しました。

八尋
4大監査法人がシステムの共同利用で手を結んだというのは画期的ですね。

片倉
これまでは、クライアントの債権先に直接確認して、紙の残高確認書に記していたんですね。これを共通のプラットフォーム上で実施しようという取り組みで、自社での開発が困難な中小の監査法人も使えるシステムをめざしています。競争は大事ですが、DXのなかには、むしろ協力して標準化したほうがいい領域もあると思っています。

八尋
競争領域と協力領域を分けることで、効率的にDXを進めていこう、と。

片倉
はい。さらに、2020年7月にはAIを使った全量データの分析や、監査のリアルタイム化など、次世代の監査・保証サービスを提供するビジネスモデル「Assurance 4.0」の実現に向け、理事長直轄のアシュアランスイノベーション本部を設立しました。こうした時代を先取りした取り組みにより、監査のDXをさらに加速していこうとしています。

DXでサプライチェーンの営みを可視化する

八尋
世の中が大きく変わるタイミングで、積極的にDXにチャレンジしてこられたのですね。

いまやいずれの企業でもSDGsへの取り組みは不可欠ですが、これを実現しようとするなら、自分たちの企業を含むエコシステムが地球環境にどのような負荷をかけているのか、デジタル技術を使って可視化する必要があります。もはやデジタルの助けなくして、すべてのサプライチェーンの持続可能性を判断することは不可能ですからね。

画像: DXでサプライチェーンの営みを可視化する

片倉
とても無理ですよね。

八尋
そのときに、監査側からDXを促していただけると、企業は取り組みやすくなります。日々の財務会計をデジタルで記録するのはもちろんのこと、これまでデータにしてこなかったような項目まで数値化し、可視化することができれば、経営戦略に役立てることもできるはずです。

ただ、このときに気をつけなければならないのは、すべて自動でできるようになると、自分で考えて手計算しながら、経験として身につけてきた経営的感覚が身につかない可能性があるということ。経験則の重要性はやはり忘れてはいけないと思います。

片倉
よくわかります。実際に、新人の会計士の場合、財務分析で異常値が出ても、すべて自動化されているので、理由が見つけられないことがよくあります。そう考えると、DX時代においては、人財育成の方法も大きく変えていかなければならない。財務分析で出てきた結果をどう読み解くのか、経験を補うかたちで学んでもらう必要があるということですね。(第4回へつづく)

(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)

「第4回:重要性を増す非財務情報にどう対応するか」はこちら>

画像1: 監査のDXから見える企業と社会の未来図
【第3回】DXに求められる競争と協調の両輪

片倉正美(かたくら・まさみ)
EY Japan マネージング・パートナー/アシュアランス EY新日本有限責任監査法人 理事長

EY のメンバーファームであるEY新日本有限責任監査法人の理事長であり、EY Japanにおけるアシュアランスサービスをけん引するマネージングパートナーでもある。
1991年同法人入所後、IPOから米国上場するグローバル企業に至るまで、多くの日本企業の監査に従事。テクノロジーセクター、中でもソフトウエア、電子部品産業に対する深いナレッジを持つ。
2005年から2年間、経済産業省商務情報政策局にて課長補佐として日本のIT政策の立案に携わった後、政府の委員を歴任するなど幅広い経験を有する。

画像2: 監査のDXから見える企業と社会の未来図
【第3回】DXに求められる競争と協調の両輪

八尋 俊英(やひろ・としひで)
株式会社テンダ 社外取締役、厚生労働省 デジタル統括アドバイザー

東京大学法学部卒業。ロンドンスクールオブエコノミクスにて法律修士号、ロンドン市立大学コミュニケーション政策センターにて修士号取得。
1989年に日本長期信用銀行(現・SBI新生銀行)に入行。1997年、ソニー株式会社にて出井社長直下に新設された通信サービス事業室に参加。事業企画室長、合弁子会社COO等を経て退社。2005年、経済産業省に社会人中途採用1期生として入省。商務情報政策局情報経済課企画官、情報処理振興課長、大臣官房参事官 兼 新規産業室長を経て2010年退官。その後、シャープ株式会社にてクラウド技術開発本部長、研究開発本部副本部長等を経て2012年退社。
2013年、株式会社日立コンサルティング 取締役に就任し、2014年には代表取締役 取締役社長に就任。2023年3月退任、現在に至る。

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