「第1回:使命は日本企業のIT利活用の促進」
「第2回:初の女性トップとして改革に挑む」はこちら>
「第3回:DXに求められる競争と協調の両輪」はこちら>
「第4回:重要性を増す非財務情報にどう対応するか」はこちら>
「第5回:DX時代だからこそ人財を経営に生かす」はこちら>
2000年代に経産省で企業のIT化に挑む
八尋
お久しぶりです。私はこの3月に日立コンサルティングの社長を退任したところですが、在任中はたいへんお世話になりました。退任後はテンダという、マニュアル自動作成ツールなど法人向けDXソリューションを提供する東証スタンダード上場企業の社外取締役のほか、5月からは厚生労働省のデジタル統括アドバイザーという、非常勤職員として働いています。2005年から2010年にかけての経済産業省時代に続き、また官庁の仕事に携わることになりました。
コロナ禍では、経済活動は医療、介護、救急隊などの懸命な活動によって支えられていると実感しました。医療や生活インフラのDXへの期待も一気に高まった。そうしたことから、これまでの産業DXの経験を生かしながら、こうした分野を中心に社会貢献できたらと考えています。
片倉
八尋さんに初めてお会いしたのは、私が2005年から2年ほど、経産省の商務情報政策局へ出向してIT政策に関わっていたときでしたね。
八尋
私が中途採用で経産省に入省した折、たまたま窓際の隣同士の席になって、よくお話しさせていただきました。1990年代の日米貿易摩擦時の日米交渉や多国間協議をけん引された豊田正和さんという局長がいらして、「日本のイノベーションの死の谷について調べてこい」という難問を出され、片倉さんと僕のコンビでいろいろな企業へヒアリングに回ったこともありましたね。
片倉
行きました! 懐かしいですね。
八尋
その折、印象深かったのは、ベンチャーの若い社長だろうが大企業のシニアの人だろうが、大臣だろうが、片倉さんが持ち前のものおじしない態度で接しておられたことです。
当時は、どういう使命を帯びてIT政策に携わっていらしたのですか?
片倉
一番は、日本企業のIT利活用の促進です。それはいまも変わらず大きな課題として携わっています。
ただ、当時はCIO(Chief Information Officer)がいない企業がほとんどでしたので、まずはCIOを立てて、トップダウンでITを進めていけるよう、さまざまな組織にヒアリングしながら成功事例を集めたり、施策を打ったりしていました。
また、当時のIT、ソフトウエア業界はまだ若い産業で不正も多かったのです。健全な業界にしていくために、研究会で内部統制のあり方をまとめて、IT業界に働きかけていました。
ビジネスとITをつなぐ人財を
八尋
片倉さんご自身は、なぜIT政策に興味をもたれたのでしょう?
片倉
当時、電機メーカーの監査を担当していてITとは少なからず縁がありましたし、経産省で課長をされていた羽藤秀雄さんから出向のお誘いをいただき、私が役所で務まるのかなと思いつつも、面白そうなので行ってみようと。
八尋
やはり、ものおじされなかったわけですね。
その後の状況を見ると、事業を熟知したCIOのいる企業のほうが業績を大きく伸ばしていますね。
片倉
ええ。やはり技術だけではダメで、ビジネスとITをつなぐ橋渡し役が必要です。それは現在のDXも同じで、インテリジェンス機能にどうITを使っていくのか、ビジネスがわかったうえで取り組まなければうまくいきません。
そういう意味では、当時、八尋さんがいち早くIT人材の重要性を訴えて、資格制度改革に臨まれたのは画期的でした。
八尋
経産省の情報処理振興課長の頃に、ソフトウエアを開発する高度IT人材育成の裾野を広げるためにつくったのが「ITパスポート試験」です。ITは決して一部のエンジニアだけのものではないし、裾野を広げることで未来のCIOが出てきてくれたら、という思いがありました。
つまり、当時の片倉さんのIT施策と私の資格制度改革は、企業のIT化を促すうえで表裏一体の取り組みだったと言えます。そして、いま関わっている社会インフラ分野のDXでも、まさにこれまでアナログであった国家資格試験のデジタル化に着手しようとしています。
女性の公認会計士はいまだに2割弱
八尋
ところで当時、官庁はもちろん、公認会計士の女性の比率も低かったのですよね。
片倉
私が会計士になったとき、公認会計士の女性比率は3%ほどでしたが、現在でも、全体としては16.1%(※2022年12月末時点)です。日本公認会計士協会は2048年に30%をめざすと言っていますが、ずいぶん先ですよね。当時は業種によっては男性しかいない会社、特に経理の部署が男性ばかりの会社もあって、「女性の会計士さんは来ないでください」などと言われることもありました。女性は細かくてうるさそうだと。でもいまはジェンダーによって担当できる会社が限られるなんてことはありません。むしろ「その業界に強い人に来てほしい」と変わってきています。
八尋
そういえば当時、経産省が世界中からアナリストを20名くらい招聘して、日本の課題についてヒアリングしたことがありましたね。そこで指摘されたのが、「日本は最大の宝を忘れている」と。欧米はもちろん、お隣の中国に比べても、日本は女性の社会進出が大きく遅れていました。その状況はいまも続いています。
片倉
欧米は社会システムとして女性を引き上げてきた歴史がありますが、日本と韓国を除くアジアの国々では、早くから女性の社会進出が進んでいました。実際、タイやフィリピンでは現在、監査法人の共同経営者として経営に責任を負う「パートナー」は女性の方が多いのです。
私自身、日本において、もっと女性がパートナーになってこの業界を引っ張っていってほしいし、そのためには女性の会計士を増やしていく必要があると思っています。(第2回へつづく)
(取材・文=田井中麻都佳/写真=秋山由樹)
片倉正美(かたくら・まさみ)
EY Japan マネージング・パートナー/アシュアランス EY新日本有限責任監査法人 理事長
EY のメンバーファームであるEY新日本有限責任監査法人の理事長であり、EY Japanにおけるアシュアランスサービスをけん引するマネージングパートナーでもある。
1991年同法人入所後、IPOから米国上場するグローバル企業に至るまで、多くの日本企業の監査に従事。テクノロジーセクター、中でもソフトウエア、電子部品産業に対する深いナレッジを持つ。
2005年から2年間、経済産業省商務情報政策局にて課長補佐として日本のIT政策の立案に携わった後、政府の委員を歴任するなど幅広い経験を有する。
八尋 俊英(やひろ・としひで)
株式会社テンダ 社外取締役、厚生労働省 デジタル統括アドバイザー
東京大学法学部卒業。ロンドンスクールオブエコノミクスにて法律修士号、ロンドン市立大学コミュニケーション政策センターにて修士号取得。
1989年に日本長期信用銀行(現・SBI新生銀行)に入行。1997年、ソニー株式会社にて出井社長直下に新設された通信サービス事業室に参加。事業企画室長、合弁子会社COO等を経て退社。2005年、経済産業省に社会人中途採用1期生として入省。商務情報政策局情報経済課企画官、情報処理振興課長、大臣官房参事官 兼 新規産業室長を経て2010年退官。その後、シャープ株式会社にてクラウド技術開発本部長、研究開発本部副本部長等を経て2012年退社。
2013年、株式会社日立コンサルティング 取締役に就任し、2014年には代表取締役 取締役社長に就任。2023年3月退任、現在に至る。
シリーズ紹介
楠木建の「EFOビジネスレビュー」
一橋ビジネススクール一橋ビジネススクールPDS寄付講座特任教授の楠木建氏の思考の一端を、切れ味鋭い論理を、毎週月曜日に配信。
山口周の「経営の足元を築くリベラルアーツ」
山口周氏をナビゲーターに迎え、経営者・リーダーが、自身の価値基準を持つための「リベラルアーツ」について考える。
協創の森から
社会課題の解決に向けたビジョンの共有を図る研究開発拠点『協創の森』。ここから発信される対話に耳を傾けてください。
新たな企業経営のかたち
パーパス、CSV、ESG、カスタマーサクセス、M&A、ブロックチェーン、アジャイルなど、経営戦略のキーワードをテーマに取り上げ、第一人者に話を聞く。
Key Leader's Voice
各界のビジネスリーダーに未来を創造する戦略を聞く。
経営戦略としての「働き方改革」
今後企業が持続的に成長していくために経営戦略として取り組むべき「働き方改革」。その本質に迫る。
ニューリーダーが開拓する新しい未来
新たな価値創造に挑む気鋭のニューリーダーに、その原動力と開拓する新しい未来を聞く。
日本発の経営戦略「J-CSV」の可能性
日本的経営の良さを活かしながら利益を生み出す「J-CSV」。その先進的な取り組みに迫る。
ベンチマーク・ニッポン
日本を元気にするイノベーターの、ビジョンと取り組みに迫る。
デジタル時代のマーケティング戦略
マーケティングにおける「デジタルシフト」を、いかに進めるべきか、第一人者の声や企業事例を紹介する。
私の仕事術
私たちの仕事や働き方の発想を変える、膨らませるヒントに満ちた偉才たちの仕事術を学ぶ。
EFO Salon
さまざまな分野で活躍する方からビジネスや生活における新しい気づきや価値を見出すための話を聞く。
禅のこころ
全生庵七世 平井正修住職に、こころを調え、自己と向き合う『禅のこころ』について話を聞く。
岩倉使節団が遺したもの—日本近代化への懸け橋
明治期に始まる産業振興と文明開化、日本社会の近代化に多大な影響を及ぼした岩倉使節団。産業史的な観点から、いま一度この偉業を見つめ直す。
八尋俊英の「創造者たち」~次世代ビジネスへの視点~
新世代のイノベーターをゲストに社会課題の解決策や新たな社会価値のつくり方を探る。