THINK AGAIN―その3
トータリタリアン・エゴ。

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「第3回：トータリタリアン・エゴ。」
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※本記事は、2022年7月11日時点で書かれた内容となっています。

僕はこの『THINK AGAIN』を読んでいくうちに、身につまされました。アダム・グラントさんが主張するように「考え直す」ことを考え直さなければいけないとは思ったんですが、自分自身を振り返ってみると、考え直すのがかなり難しくなっている気がしたんです。

僕の仕事は、企業の競争戦略やその基盤にある経営のあり方、経営者の思考様式について思考し、言語化して、いろいろな形で人々に提供するというものです。その都度自分なりに考え、その時点では心底「そうだ」と思えることしか書かない。当たり前ですけど。自分の作るものに対しては責任を持たなくてはならない。自分が確信できない主張を、相手が受け入れられるわけがない。当然ですけど。これを仕事のルールにしてずっとやってきました。強固な信念を持つことが、仕事の大前提になっている。言い換えると、信念を形成していくプロセスが僕の仕事です。

「考える」とは基本的にはクリティーク、批評です。世の中にあるいろいろな見解や主張に対して、「本当にそうか？」という批判的な視点から検討し、評価する。そこから自分ならではの思考が生まれ、それが場合によっては受け手から「価値がある」とみなされる。みんなが言っていることと同じことを主張しても意味はありません。「価値ある思考」は、基本的にはクリティークから生まれます。

ただ、クリティークは「考え直す」とは違う。人が言ったことを考え直しているのであって、自分の考えを考え直しているわけではないのです。クリティークをすればするほど自分の信念形成が強くなります。しかも僕の場合、そうやって生まれた自分の考えを言語化して、本や論文を書いたり、人前で話したりしています。世の中にきちんと届かないと意味がない。ですから何とか受け手に伝わるようにするわけです。受け手が僕の考えを理解し、受け入れてくれて「あれはなかなか役に立ったよ」なんて言っていただくと、ヒジョーにうれしい。それが仕事の達成です。

『THINK AGAIN』でグラントさんは、心理学の専門用語「トータリタリアン・エゴ（全体主義的エゴ）」のリスクについて指摘しています。知的柔軟性のところでもお話ししたように、自分の信念を脅かすような情報が思考に流入するのを制御してしまう。その状態に非常に陥りやすいのが僕の仕事です。しかも知的柔軟性のように、簡単には解消できないジレンマなんです。批評的な視点がなければ考えられないし、同意や支持を得られなければ仕事にならないし、信念がなければ人に対してものを言うことなんてできません。

信念も批評的な視点も捨ててしまえば、トータリタリアン・エゴからは解放されます。でもそれは何も考えていないということなので、仕事になりません。思考なければ、再考なし。思考があればあるほど、再考が難しい。まさに僕自身が直面している問題だなと思いながら、この本を読み進めました。（第4回へつづく）

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楠木 建
一橋ビジネススクール教授
1964年東京生まれ。幼少期を南アフリカで過ごす。一橋大学大学院商学研究科博士課程修了（1992）。一橋大学商学部専任講師、一橋大学商学部助教授、一橋大学イノベーション研究センター助教授、ボッコーニ大学経営大学院（イタリア・ミラノ）客員教授、一橋大学大学院国際企業戦略研究科准教授、2010年より現職。

著書に『逆・タイムマシン経営論』（2020，日経BP社）、『室内生活 スローで過剰な読書論』（2019、晶文社）、『すべては「好き嫌い」から始まる』（2019、文藝春秋）、『「好き嫌い」と才能』（2016、東洋経済新報社）、『好きなようにしてください：たった一つの「仕事」の原則』（2016、ダイヤモンド社）、『「好き嫌い」と経営』（2014、東洋経済新報社）、『戦略読書日記』（2013、プレジデント社）、『経営センスの論理』（2013、新潮新書）、『ストーリーとしての競争戦略：優れた戦略の条件』（2010、東洋経済新報社）などがある。